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11時40分に外出し、自転車で京都大学吉田寮食堂へ。
第15次笑の内閣『ツレがウヨになりまして。』(高間響さん作・演出)を観る。 詳しくは、前々回の記事(観劇記録)をご参照のほど。 開演前終演後、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。 終演後、河原町まで戻り、三条京阪のブックオフやAvis、ホットラインをのぞいたり、京都市役所前で『ツレがウヨになりまして。』の観劇記録の下書きを書いたりする。 そうそう、寺町通で演劇関係の親しい知り合いに遭遇したんだけど、やっぱり自分は「ばったり」率が高いなあと痛感した。 その後、ちょっとした買い物をすませたりして、アトリエ劇研へ。 (そういえば、途中自転車の田辺剛さんにも遭遇したんだった。「ばったり」率!) 劇団飛び道具の『七刑人』(大内卓さん脚本・演出)を観る。 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。 開演前終演後、関係各氏と話しをしたり、あいさつをしたりする。 終演後、夕飯用の買い物をすませて、21時40分過ぎに帰宅した。 遅めの夕飯後、NHKラジオ第1のワクテカラジオを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、川上弘美の『天頂より少し下って』<小学館>を読み始めたりする。 今日は、オイシスのティラミスケーキを食す。 なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! 以上、5月26日の外出後の日記。 今日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆劇団飛び道具『七刑人』
脚本・演出:大内卓 レオニード・アンドレーエフ『七死刑囚物語』より (2012年5月26日、アトリエ劇研) 劇団飛び道具の公演を観るのは、確か京都府立文化芸術会館での『きょうりゅう狩り』以来だから、かれこれ10年近くぶりになるか。 継続は力なりなんて言葉を使えば安易に過ぎるかもしれないが、作品そのものにしても演者陣の演技にしても、やはりこれまでの積み重ね、長い経験が如実に示された内容となっていたように僕には感じられた。 『七刑人』は、アンドレーエフの『七死刑囚物語』を下敷きにした作品だが、20年以上前に読んだ微かな記憶(確か、ユーゴーの『死刑囚最後の日』も同時期に読んだはずだ)をたどって考えるに、原作の筋立てが巧く活かされているように思う。 帝政ロシア末期、ある大臣の暗殺を企てたことで絞首刑を宣告された5人の男女と、主殺しや強盗殺人でこれまた絞首刑を宣告された2人の男という、7人の死刑囚の死刑執行までの時間を丁寧に描いた作品だけれど、政治的なテロリズムの問題や死刑制度がどうこうというよりも、さらに普遍的な死そのものや生そのもののあり様が深く問われていたのではないだろうか。 前半から中盤にかけての監獄内での場面では、舞台上の登場人物同様、観るこちら側も出口のない場所に閉じ込められたかのような窮屈さを覚えたが、それが、後半場面が変わって、本来ならば死が迫り来ているのにもかかわらず、何かがすっと開いたというか、強い解放感を感じたことがまずもって印象に残った。 そして、極限の状態に置かれるからこそ焙り出される、人間の滑稽さ「おかかなしさ」も強く印象に残った。 劇団飛び道具の面々に加え客演陣も、ライヴ特有の傷はありつつも、これまでの経験に裏打ちされた厚みのある演技を披歴していた。 役柄との取り組み方に加え、一人一人の人間性や死生観も垣間見えたように感じられた点も、個人的には興味深かった。 また、照明や音響も作品の世界観によく沿っていたと思う。 いずれにしても、観応えのある作品であり公演だった。 次回の公演をぜひとも愉しみにしたい。
☆第15次笑の内閣『ツレがウヨになりまして。』
作・演出:高間響 アフタートークゲスト:鈴木邦男 (2012年5月26日、京都大学吉田寮食堂) 血が騒いだ。 と、言っても客入れでかかっていた軍歌にではない。 (いや、たぶん春日八郎や鶴田浩二だろうその歌声には、ちょっとばかり血は騒いだが…) 第15次笑の内閣『ツレがウヨになりまして。』というお芝居そのものに血が騒いだのだ。 28日まで公演中ということだけではなく、詳しい内容についてはあえて絶対記さないが、『ツレがウヨになりまして。』は、昨年世情を賑わせた某俳優夫妻の騒動を大きな材料に、いわゆる「ネトウヨ」の問題、さらには国を愛することに人を愛することなどなどについて、高間響の想いのたけが盛り込まれた作品で、そうしたあれこれに関し、日頃いろいろと考えていた人間にとっては、うんそうだと内心大きく頷いたり、おおそうきたかと感心したりと血が騒ぎ、心強く動く内容となっていたのである。 むろん、そこは笑の大学、ならぬ笑の内閣を標榜するだけあって、きっちりコメディのスタイルが守られていたことも事実であり、硬軟取り揃えたくすぐり仕掛けのオンパレードには大いに笑わせられた。 確かに、脚本、演技ともに粗さを指摘することは簡単だし(ただ、かつて「演劇は政治だ」と断言した鈴江俊郎だって、ここぞというときにかぎってかんだりしていたが…)、笑の内閣がさらなるステップアップを遂げるためには、やはり精度を如何に高めていくかが大きな課題となるだろうとも考えるが、そこばかりに気が行って、角を矯めて牛を殺す、じゃない、角を立てて全く笑わぬ客になってしまうのは、非常にもったいないとも思う。 (いや、実は全く笑わなくったっていいんだけれど、どうして笑えないかの本当の理由について自覚しておく必要はあるんじゃないかとは思う) 演者陣はライヴ特有の傷はありつつも、各々の役柄に合った演技を行っていたのではないか。 個人的には、脇の位置にある焼酎ステラの細かい演技が印象に残ったことを記しておきたい。 そして、忘れてならないのが、鈴木邦男を迎えてのアフタートーク。 これはもう、滋味豊麗圧巻の二語だった。 これまたあえて詳細については記さないが、様々な経験に裏打ちされた言葉は、思想信条の枠を超えて趣向するところ多く、特にその組織に対する感慨は左翼活動の経験者としては、反省するところ大だった。 いずれにしても、観て置いて正解の公演。 ああ、面白かった! あっ、あと片山杜秀だったら、この『ツレがウヨになりまして。』をどう観るんだろう。 ちょっと気になるところだ。
晴天。
いいお天気、いい青空になる。 気温も上昇し、なかなか暑い感じだ。 昨夜、3時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、坪内祐三の『探訪記者松崎天民』<筑摩書房>を読み進めたりする。 朝早めに起きて、毎週恒例の洗濯をすませる。 ああ、すっきり! KBS京都の『桂塩鯛のサークルタウン』を聴きながら、仕事関係の作業を進める。 『探訪記者松崎天民』を読了する。 何はともあれ、松崎天民の著作を読みたくなったなあ。 今日は、今から外出して第15次笑の内閣『ツレがウヨになりまして』の昼公演と、劇団飛び道具の『七刑人』の寄る公演を観る予定。 それじゃあ、行って来ます!
☆THE GO AND MO’S第3回公演『新海の虎』
脚本・演出・出演:黒川猛 構成:黒川猛、中川剛 制作・他:丸井重樹 (2012年5月25日、壱坪シアタースワン) あばたもえくぼ。 なんて言うけれど、確かに大好きな相手なら、多少のミスなど無問題(モーマンタイ)。 どころか、相手のミスがさらなる愛おしさにつながってしまう、てな具合。 初日ということに加えて、PCのトラブルまで発生してスクランブル発進となったTHE GO AND MO’Sの第3回公演『新海の虎』だったが、そんなトラブル・スクランブル発進さえもが大きな笑いと変わったのは、やはり長年黒川猛やベトナムからの笑い声に接してきたファン心理が強く働いていたのではないか。 (実際、かくいう僕もその一人) むろん、そこには舞台という修羅場をくぐり抜けてきた黒川さんの臨機応変な対処対応もあったわけで、あばたもえくぼなんて言い方をするのは、ちょっと失礼かもしれないが。 27日までまだ4公演残っているので、あえて詳しい内容については語らないが、コントや創作落語の新ネタに「電話」やドキュメンタリー映像、宮崎宏康がらみの映像といった定番ネタを揃えたラインナップで、ときに時事的なくすぐりを織り込みながら笑いのための笑いを狙うという黒川ワールド全開の公演だったと思う。 初日だけに少し間延びするというか、もっとテンポを上げてもいいかなと感じる箇所もなくはなかったが、ベトナムからの笑い声の頃からのファンにはおおっと思う趣向(今後の公演はどうなるんだろう? そこも非常に気になるところである)もあったりして、全篇存分に愉しむことができた。 (黒川さんや丸井さんたちにとっては、今夜のトラブルは当然納得のいかないことだろうし、実際明日以降はきちんと解消されることと思うけれど、だからこそある意味今夜はもうけもんだったかもしれない、なんて書いておく) いずれにしても、ああ、面白かった! そして、次回の第4回公演『後藤の銀』が待ち遠しい。
雨降り。
どんよりとしたお天気の一日。 気温はそれほど上昇せず。 昨夜、ナイナイのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、3時半近くまで仕事関係の作業を進めたり、坪内祐三の『探訪記者松崎天民』<筑摩書房>を読み進めたりする。 ナイナイのオールナイトニッポンでは、今回も岡村隆史イチオシの友川カズキの歌(傑作『トドを殺すな』等)がかかっていた。 いやあ、凄い。 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。 お昼過ぎに外出し、仕事をすませる。 ついでに、郵便局と銀行にも寄る。 帰宅後、NHK・FMのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの追悼番組を途中から聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『探訪記者松崎天民』を読み進めたりする。 NHKの番組では、フィッシャー=ディースカウの歌をけっこうたっぷり聴くことができて、とても嬉しかった。 18時少し前に外出し、壱坪シアタースワンへ。 THE GO AND MO’S第3回公演『新海の虎』(黒川猛さん脚本・演出・出演)を観る。 詳しくは、次回の記事(観劇記録)をご参照のほど。 ああ、面白かった! 上演終了後、夕飯用の買い物をすませ、ブックオフをのぞき、22時過ぎに帰宅した。 夕飯後、福田進一が弾いた武満徹のギター作品集<DENON>を聴きながら、雑件を片づける。 武満徹のギター作品では、なんと言っても編曲集の「ギターのための12の歌」が大好きだ。 特に、早春賦、星の世界、ミッシェル、ヘイ・ジュード、イエスタデイ、インターナショナルがたまらない。 今日は、日清シスコのクリスプチョコ・バニラアイス味を食す。 五条西洞院のフレスコのセールで、税込み88円だったもの。 バニラアイスチョコでコーンフレークをかためたお菓子で、さくさくとした食感もよく、なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! いわゆる名張毒ブドウ酒事件に関し、名古屋高裁が奥西勝死刑囚の再審請求を棄却する決定を行ったという。 いろいろと考えることあり。 いずれにしても、奥西死刑囚もまた「平澤ケース」になってしまうのではないか。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
18時少し前に外出し、京都文化博物館へ。
3Fのフィルムシアターで、五所平之助監督の『黄色いからす』を観る。 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。 上映終了後、夕飯用の買い物をすませて20時40分過ぎに帰宅した。 帰宅後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団が演奏したブルックナーの交響曲第8番終楽章の一部とヴェーベルンの管弦楽のための5つの小品のライヴ録音を聴く。 続けて、ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズが演奏したハイドンの交響曲第101番「時計」&第102番<EMI>、ニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団が演奏した同じくハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」&第104番「ロンドン」<TELDEC>を続けて聴く。 夕飯後、仕事関係の作業を進める。 今日も甘いものは食さず。 我慢我慢。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆黄色いからす<1957年、歌舞伎座・松竹>
監督:五所平之助 脚本:館岡謙之助、長谷部慶治 台詞:由起しげ子 撮影:宮島義勇 音楽:芥川也寸志 (2012年5月24日、京都文化博物館フィルムシアター) 昔『あばれはっちゃく』という少年少女向けのドラマがあって、善意で行動しているはずがへまをやっては東野英心演じる父親に叱られるはっちゃくという少年の気持ちが痛いほどわかるような気がしたが、この『黄色いからす』も…。 と、書きかけて、いやいや、実はそれだけじゃないんだよなあ、と思ってしまう。 五所平之助にとって初のカラー作品となる『黄色いからす』は、出征のために父親の顔を知らずに成長してきた少年(設楽幸嗣)が、中国大陸から引き揚げてきたその父親(伊藤雄之助)ばかりか母親(淡島千景)との関係にも深いひびを入れてしまい…。 といった展開なんだけれど、先日CDレビューでちらと触れたように、一年の大半を航海に出て家を留守にしていた父と子供の頃の僕の関係も、けっこう微妙なものがあったんだよね。 当然、父のことを嫌いってわけじゃないんだけど、離れて暮らす時間が長い分、うまく距離がとれないというか。 それに、父は父で、幼いときに実の父を徴用先の三菱の工場で原爆で亡くしたのち、実の父の弟(ちなみに、テレビのプロレス中継を明かりもつけずに観ていたのがこの祖父)と母親が結婚したことで、父と子の関係を身をもって知らないこともあり、僕に対してつい斜に構えたような態度をとってしまう。 映画の中の伊藤雄之助が戦地帰りの辛さ苦しさを味わっているように、僕の父もいろいろしんどかったろうな、と今だったら思えるが、その頃はこちらも幼いのでどうしても納得がいかなくて。 少年と父親のディスコミュニケーションが大きなテーマとなっているだけに、どうしても自分自身の子供の頃のことを思い起こさずにはいられなかった。 (ただ、淡島千景演じる母親が夫である父親に加えて新しく生まれて来た妹に対して愛情を強く向けることで少年をはじき出す結果となる映画と異なり、僕の母の場合は、早産で生まれた弟がすぐに亡くなってしまった上に、長く身体の調子を悪くしてしまったのだが。そのせいで、たまさか近くにあった母方祖父母の家で過ごす時間が多かった。そうそう、母の体調不良には、妊娠中に服用したある風邪薬が大きく関係しているのではないかと、僕は疑っている) それはそれとして、少年(子供)や両親(夫婦)、家族、そして周囲の人々(社会)との関係が丹念に、かつ優しい視線をもって描かれており、非常に腑に落ちる作品だった。 伊藤雄之助は、根が善人でありながら戦争体験もあって鬱屈とならざるをえない父親という役柄にぴったりだったし、淡島千景もときに母親でありときに妻であるという一人の人間の感情の変化をよく表わしていた。 また、少年たちを暖かく見守る隣人や教師を田中絹代(五所監督とは、国産初トーキーの『マダムと女房』等でおなじみ)や久我美子(五所監督では、原田康子原作の『挽歌』にも出演)がそれぞれ演じているほか、飯田蝶子、多々良純、高原駿雄、中村是好、沼田陽一らも出演している。 なお、キャメラマンは宮島義勇。 少年の描く黄と黒のみを配色した絵(作中、精神的に不安定な子供が選ぶ色である旨説明がある)をはじめ、彼にとっても初めてのカラー作品ということを十二分に意識した撮影を行っていた。 柔らかさ甘さと不安をためた芥川也寸志の音楽も作品にぴったりで、胸につんときた一本。 たまには、こういう作品もいいな。
どんよりとした感じの強いお天気。
どうやら雨降りになりそうだ。 うむむ。 気温はそれなりに上昇し、暑さを感じる一日となる。 ブルさんの愛称で知られた、声楽家で音楽評論家の畑中良輔さんが亡くなった。90歳。 東京音楽学校(現東京芸大)出身の畑中さんは、バリトン歌手として歌曲の歌唱を精力的に行ったほか、二期会の創設に関わるなどオペラの舞台でも活躍、また合唱指揮や作曲にも取り組んだ。 また、音楽評論に健筆をふるい、晩年は『音楽の友』誌に自らの生涯を振り返る文章を長期にわたって連載した。 日本声楽界のまさしく生き字引であった。 深く、深く、深く、深く黙祷。 僕自身は、かつて水戸芸術館の専門職員の試験を受けて、最終面接(?)に残った際、畑中さんからいくつか質問を受けた記憶がある。 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。 イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送交響楽団が演奏したドヴォルザークの交響曲第6番&チェコ組曲<Arte Nova>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。 お昼過ぎに外出し、下京図書館へ。 黒川鍾信の『木暮実千代』<NHK出版>、ミッキー・カーチスの『おれと戦争と音楽と』<亜紀書房>、高井英幸の『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』<角川書店>、小野正嗣の『森のはずれで』<文藝春秋>、星野智幸の『植物診断室』<同>を返却し、予約しておいた坪内祐三の『探訪記者松崎天民』<筑摩書房>、川上弘美の『天頂より少し下って』<小学館>、岡本和明の『昭和の爆笑王 三遊亭歌笑』<新潮社>、黒川鍾信の『東京牛乳物語』<同>と『神楽坂ホン書き旅館』<NHK出版>を新たに借りる。 帰宅後、ソプラノのルチア・ポップとガリ・ベルティーニ指揮ケルンWDR交響楽団が演奏したマーラーの交響曲第4番<EMI>、ポップがヴォルフガング・サヴァリッシュのピアノ伴奏で歌ったリヒャルト・シュトラウスの歌曲集<同>を聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、『探訪記者松崎天民』を読み始めたりする。 『探訪記者松崎天民』は、大阪朝日等で新聞記者として活躍した文筆家松崎天民の生涯を追った一冊。 筑摩書房のPR誌『ちくま』の1996年4月号~1997年3月号、2001年3月号~2002年2月号、2010年4月号~2011年7月号に掲載された文章をまとめたものだ。 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターまで『黄色いからす』を観に行く予定なり。 非常に愉しみだ。 それじゃあ、行って来ます!
どんよりとしたお天気の一日。
気温もそれほど上昇せず。 なんのアレルギーだろうか、目の周りがどうにも痒い。 もしかして、中国からの有害物質か? やれやれ。 昨夜、4時半近くまで仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』について考えたりする。 また、一昨日の晩友だちと話しをし、昨日の晩も別の親しくしている人と話しをしたこともあって、『夏美の夏は…』を完成させたあと、『爛れる』の小説化とシナリオの改訂作業を行おうと考えたりもした。 加えて、『爛れる』、『夏美の夏は…』に共通する登場人物石島千春を中心に据えた作品を新たに書くことにし、『千春日和』というタイトルを思いつく。 クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団他が演奏した交響曲第2番、ソプラノのバーバラ・ボニーがジェフリー・パーソンズのピアノ伴奏で歌った歌曲集<ともにTELDEC>と、メンデルスゾーンのCDを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を書き進めたりする。 『夏美の夏は…』は、原稿用紙24枚分になった。 ところで、交響曲でもバーバラ・ボニーが歌っているが、やっぱり若き日のボニーの歌声は透明感と伸びがあって本当に魅力的だ。 (なお歌曲集のほうには、メンデルスゾーンの姉ファニーの歌曲も数曲収められている) 夕方外出し、仕事関係の用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませて帰宅した。 途中夕飯を挟み、MHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ギュンター・ヴァント指揮ハンブルクNDR交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。 ヴァントの生誕100年を記念した特集で、今夜はモーツァルトの交響曲第40番とブルックナーの交響曲第7番が放送されていたが、両曲とも生で聴きたかったなあと強く思う。 生のヴァントの指揮は、かつてのケルン滞在中にフィルハーモニーでNDR交響楽団とのブルックナーの交響曲第8番を聴いたことがあるだけだ。 続けて、スヴェトラ・プロティッチが弾いたモーツァルトのピアノ作品集<キング>を聴く。 プロティッチの弾くモーツァルトは、よい意味で実に模範的だ。 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』について考えたりする。 今日も、甘いものは食さず。 我慢我慢。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆早春<1956年、松竹大船>
監督・脚本:小津安二郎 脚本:野田高梧 (2012年5月22日、京都文化博物館フィルムシアター) 実際にこういう捉え方が当たっているかどうかは置くとして、僕にとって黒澤明がぐいぐいぐいぐい引っ張る感じの作品の造り手とすれば、小津安二郎はじわじわじわじわ引っ張る感じの作品の造り手ということになる。 そして、この『早春』も、エピソードを巧く積み重ねていってじわじわじわじわと人の心を引っ張っていく、小津安二郎らしい作品だ。 ざんない言い方をすれば、話の肝は、(岸恵子演じる女性との)不倫による夫妻(池部良と淡島千景)の危機なんだけれど、それだけに留まらず、サラリーマンとして働き続けることであるとか、生や死といったことであるとかにまで思考は拡がっていく。 と、言っても、しんねりむっつり芸術家を気取らないところも小津流で、ときに乾いた笑い(杉村春子と宮口精二の夫妻のやり取りなど)を織り込みながら、細やかで丁寧な作品造りが行われていて、実にしっくりとくる。 (個人的には、池部良の同僚宅のシーンでの音楽の使い方が印象に残る。まるで、黒澤明の『酔いどれ天使』の「かっこうワルツ」のようだ) また、上述した人たちをはじめ、浦辺粂子(成瀬巳喜男の『稲妻』なんかもそうだけど、市井の母親を演じさせたら本当にぴか一だと思う)、笠智衆、山村聰、高橋貞二、中北千枝子、東野英治郎、加東大介、三井弘次、中村伸郎、三宅邦子、須賀不二夫、田中春男、長岡輝子といった面々が柄によく合った演技を繰り広げている。 ゆっくりと映画を愉しみたいという人にはぜひお薦めしたい一本である。
どんよりとしたお天気の一日。
すっきり晴れ上がってくれないものか。 気温はそこそこに上昇する。 どちらかと言うと、過ごしやすい感じが強し。 昨夜、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴いたりしながら、3時半過ぎまで仕事関係の作業を進める。 一事が万事と思うようなことあり。 やれやれ。 午前中、仕事をすませる。 ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』や、ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルが演奏したブルックナーの交響曲第5番<RCA>、セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルが演奏したドビュッシーの交響詩『海』<EMI>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。 途中、星野智幸の『植物診断室』<文藝春秋>を読み進め、読了する。 130頁弱の作品だが、様々な思考のきっかけが織り込まれた内容で、非常に読み応えがあった。 (一箇所、ある登場人物が「CDを割った」という記述に、おやと思う。と、言うのも、たとえ力を入れても、CDを割るという行為が相当困難だということを経験上知っているからだ) またぞろ真向かいのマンションがかまびすしい。 うっとうしいや! 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターまで小津安二郎監督の『早春』を観に行く予定なり。 それじゃあ、行って来ます!
青空は見えつつも、どんよりとした感じの強いお天気。
夜になって、雨降りとなる。 気温はそこそこに上昇か。 世は金環日食で盛り上がっていたようだが、諸々あってこちらは全く関係なし。 まあ、仕方ない。 そうそう、金環日食という言葉を目にすると、どうしても石川達三の小説を山本薩夫が映画化した『金環蝕』のことを思い起してしまう。 『金環蝕』、大きなスクリーンで観ておきたいなあ。 やっぱり、映画は大きなスクリーンで観ておかないとなあ。 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進める。 末長敬司の次回撮影予定作『トゥー・バレッツ』の撮影スケジュールが届く。 こちらの出演シーンは、6月30日と7月29日に撮影の予定となっている。 午前のうちに、仕事関係の予定をすませる。 クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を三度続けて聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたほか、CDレビューの下書きと投稿を行う。 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。 星野智幸の『植物診断室』<文藝春秋>を読み始める。 17時台に外出し、夕飯用の買い物をすませる。 その後、友だちより連絡があり会うこととなり、19時半に外出する。 で、あれこれと話しをし、21時半頃に帰宅した。 やはり、「わかっている」人と話しをすると話しも早いし、本当にいろいろと刺激になるものだと痛感する。 ああ、面白かった! 帰宅後、遅めの夕飯をすませ、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第16番~第18番<SONY/BMG>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。 CDプレーヤーの調子、またも芳しからず。 ああ…。 今日は、外出時にロールケーキを食す。 なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆愛の喜び/珠玉のヴァイオリン小品集
ヴァイオリン:クリスチャン・フェラス ピアノ:ジャン=クロード・アンブロシーニ (1968年12月/アナログ・ステレオ、セッション録音) よくよく考えてみたら、我が家(この場合は生家、実家)は、レコード類が少ない家だった。 一応ステレオ・セットはあったものの、目ぼしいレコードといえば、ニニー・ロッソのアルバム(父の好み)と10枚一セットの唱歌集(これは母の好み)があったきりで、あとは何かの記念でもらったおくんちの実況レコードに、僕の情操教育を目論んだらしいこれまた10枚一セットのクラシック名曲集ぐらいではなかったか。 (クラシックを本格的に聴き始めた頃は馬鹿にしきったこの名曲集だが、渡邉暁雄やヤマカズ山田一雄、はては奥田道昭が旧日本フィルを指揮するというラインナップは、今となってはとても貴重なものだ) と、言っても、両親が音楽嫌いかというとそうではなく、母はいわゆるママさんコーラスにも所属して家でもあれこれ歌っていたし、父は父でアルコールなんぞ入ると歌謡曲をなかなかの美声で口ずさんでいた。 それじゃあどうしてレコードがなかったかと考えると、一つには、父が運輸省の航海訓練所に勤めていて、一年の大半は日本丸や海王丸といった練習船の航海で家を留守にしていたからかもしれない。 そんな風だから、ヘルベルト・フォン・カラヤンが旧フィルハーモニア管弦楽団を指揮したベートーヴェンの交響曲第5番&第6番(EMIの擬似ステレオ盤)と、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン集の2枚のLPは、我が家のレコード棚の中では結構異色の存在であった。 そういえば、あれは僕が小学校低学年の頃、引っ越しをしてステレオ・セットを導入した際、浜町(長崎の繁華街。今ではすっかりさびれてしまった)の楽器店兼レコード店に、この2枚のLPを両親と買いに出かけた記憶がかすかに残っている。 残念ながら、何ゆえこの組み合わせだったのかは今となっては判然としないのだけれど、もしかしたら、クラシック音楽の中でももっともポピュラーな「運命」とヴァイオリンの美しい音色を聴くことのできるレコードを、という感じでお店の人に尋ねて薦められたのが、この2枚だったのではないか。 まあ、理由はどうあれ、NHKで放映された『音楽の広場』やベートーヴェンの第九のライヴ録画でクラシック音楽に目醒めた僕が、いっとう最初に慣れ親しんだレコードがこの2枚であることだけは間違いない。 今度、ドイツ・グラモフォンのザ・ベスト1200という廉価盤シリーズで再発されたクリスチャン・フェラスのヴァイオリン小品集を、基本的に国内盤は敬遠している僕が思わず購入してしまったのも、そうしたあれこれを思い出して、どうにも懐かしかったからである。 で、愛の喜び、愛の悲しみ、ベートーヴェンの主題によるロンディーノ、ウィーン奇想曲というクライスラーのおなじみの小品と、シューマンのトロイメライ、シューベルトのアヴェ・マリア、ディニクのホラ・スタッカート、ドヴォルザークのユモレスク、マスネのタイスの瞑想曲、サン=サーンスの白鳥という粒ぞろいの選曲に、フェラスの弾く艶やかで澄んだヴァイオリンの美しい音色があいまって、何度聴いても聴き飽きない、非常に聴き心地のよいアルバムに仕上がっていると改めて感心した。 それと、過ぎ去った時間への想いを誘うというか、ノスタルジーがこのアルバムの大きなテーマになっているだろうことも、やはり指摘しておきたい。 1960年代末の録音だが、演奏を愉しむという意味では全く問題のない音質だし、1200円という手ごろな値段ということもあって、音楽好きには大いにお薦めしたい一枚だ。 そうそう、ただ一点大きな不満があるとすれば、ブックレットのデザイン。 せっかくオリジナル(国内LP)と同じ写真を使っているというのに、枠を囲って、中央下にThe Best 1200なんて無粋なロゴを入れている。 輸入盤と違って、国内盤には帯が付いているんだから、ロゴなんてそっちですませておけばいいじゃないか。 なんとも面白くない話だ。
どんよりとした感じ、強し。
雨が降り始めるか? 気温はあまり上昇せず。 体調、あまり芳しからず。 腰に痛みがあり、身体重だるし。 身体の重だるさは、何かのアレルギーによるものか。 いずれにしても、うっとうしいかぎり。 やれやれ。 昨夜、4時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』について考えたりする。 CDプレーヤーの調子、芳しからず。 なんともかとも。 午前のうちに、仕事関係の作業を進めたり、小野正嗣の『森のはずれで』<文藝春秋>を読み進めたりする。 お昼過ぎ、仕事関係の予定をすませる。 本当はgateを観に行きたかったのだが、今日のこの時間しか予定が合わなかったため。 残念だが、仕方がない。 その後、NHK・FMで『きらクラ!』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』について考えたりする。 ふかわりょうと遠藤真理のコンビネーション、陰と陽のコントラストもあって、なかなかよさそうだ。 夕方、旧知の松田裕一郎さんから電話があり、しばらく話をする。 嬉しいお誘いなど。 それにしても、今度の週末はお芝居の公演が重なり過ぎだ。 笑の内閣はすでにチケット購入(日時予約)ずみだが、あとの公演をどう選択するか、迷いに迷っている。 こうしたバッティングは、本当になんとかならないものだろうか。 (一つ一つの公演を丁寧に観たいので、正直梯子はあんまり好きじゃないのだ) 夕飯用の買い物に外出する。 CDプレーヤーの調子、なおも芳しからず。 かなしい…。 途中、夕飯を挟み、NHK・FMの『ブラボー!オーケストラ』で、ダン・エッティンガー指揮東京フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。 ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の第1幕への前奏曲、ヴェルディの歌劇『アイーダ』の第2幕抜粋が放送されていた。 ようやくCDプレーヤーの調子が戻ったので、続けてクリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を聴く。 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を考えたりする。 小野正嗣の『森のはずれで』<文藝春秋>を読了する。 今日も、甘いものは食さず。 我慢我慢。 フランスのピアニスト、フランス・クリダが亡くなった。79歳。 リスト国際ピアノコンクールに優勝し、リストのピアノ作品全集の録音も遺した。 来日回数も少なくなかった。 深く、深く、深く黙祷。 ある人に関して少し前に予測したことが当たってしまう。 あまりよいことではないだけに、とても残念だ。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
13時台に外出し、自転車で京都造形芸大の高原校舎へ。
造形芸大映画学科生の岩佐悠毅君が、試写室を借りてアキ・カウリスマキ監督の旧作を続けて観ると先日話しをしていたので、こちらも足を運ぶことにしたのである。 で、『ラヴィ・ド・ボエーム』と『浮き雲』の二本を観たんだけど、いやあカウリスマキの作品はやっぱりしっくりくるなあ。 ああ、面白かった! そして、京都シネマで上映中の新作『ル・アーヴルの靴みがき』も観ておきたいと強く思う。 岩佐君をはじめ、関係各氏と話しをしたり、挨拶をしたりする。 百万遍の定食屋ハイライトで少し早めの夕飯をすませ、ついでに三条京阪のブックオフ、Avisをのぞき、京都芸術センターで用件を片づけたのち、20時少し前に帰宅した。 帰宅後、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を二度繰り返し聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、小野正嗣の『森のはずれで』<文藝春秋>を読み進めたりする。 今日は、甘いものは食さず。 我慢我慢。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
ドイツ出身で、20世紀を代表する声楽家(バリトン歌手)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウが亡くなった。86歳。
伸びやかな声質と鋭く細やかなテキスト解釈、精度の高い歌唱で知られ、いわゆるドイツ・リートの現代的な唱法を確立した。 また、オペラでも長年活躍し、レコードの芸術の金字塔の一つと呼ぶべきシューベルトの歌曲全集(三大歌曲集を含む)のほか、シューマン、ブラームス、ヴォルフ、レーヴェ、リスト、マーラー、リヒャルト・シュトラウスをはじめ、歌曲・オペラの録音を多数遺した。 深く、深く、深く、深く、深く黙祷。 初めて買った彼のCDは、アルマヴィーヴァ伯爵を歌ったカール・ベーム指揮のモーツァルトの『フィガロの結婚』全曲<ドイツ・グラモフォン>。 高校の入学祝いを兼ねたものだから、かれこれ30年近く愛聴している。 そういえば、大学受験で東京に出た際、六本木のWAVEで、彼がチェコ・フィルを指揮したブラームスの交響曲第4番のCD<スプラフォン>を購入したこともあったっけ。 引退以前にも、フィッシャー=ディースカウは一度指揮活動を行ったことがあったのである。 昨夜、彼の歌うCDやyoutubeの動画を聴く。 特に、大好きなシューベルトの『白鳥の歌』の「鳩の使い」を何度も何度も繰り返して聴いた。 4時近くまで、仕事関係の作業を進める。 クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を聴きながら、仕事関係の作業を進める。 末長敬司から、次回撮影予定作の『トゥー・バレッツ』の改訂(ほぼ決定)稿が続く。 こちらの台詞には、ほとんど変更はないようだ。 一応ほぼ覚えているが、改訂稿を何度か読み直してさらい直しておこう。 今日は、今から外出する予定なり。 それじゃあ、行って来ます!
どんよりとした感じはありつつも、青空の見える一日。
気温は、思ったほどには上昇せず。 俳優の中原早苗が亡くなった。76歳。 今泉善珠監督の『村八分』でデビューし、山村聰監督の『蟹工船』にも出演。 その後、日活に移って数々の作品で活躍し、テレビドラマにも活動の幅を拡げた。 また、深作欣二監督の夫人(『仁義なき戦い』シリーズや『柳生一族の陰謀』、『赤穂城断絶』等に出ていた)で、深作健太監督の母親でもある。 なお、中原早苗に関しては、ワイズ出版から『女優魂中原早苗』が刊行されている。 深く、深く、深く、深く黙祷。 深作欣二と結婚する前に、中原さんが俳優の川地民夫と事実婚の状態にあったことはけっこう有名だが、殿山泰司の『三文役者あなあきい伝 PART2』<ちくま文庫>の「ノン・タイトル」のうちの一章「不良少年と映画の関係」の中で、そこらあたりのことが軽く触れられている。 >(佐々木守を囲む会で集まった人間の中に)中原早苗もいたんだ。川地君の前の女房である。隣りにすわったので、なんとなくター坊(川地民夫)のハナシなどしてしまう。 おれはこのエナサが子役のときから知ってるんだ(近代映画協会の関係でだろう)。憎らしいほど可愛い子役であった。 今は深作さんの奥さんであるエナサと、前の亭主について語るなど、何となくケツの穴がモソモソするような気もしたけど、おれは深作欣二監督の作品には出たことがないから、意外と平気であったのかもしれない(後略)< 昨夜、ナイナイのオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時近くまで仕事関係の作業を進める。 ナイナイのオールナイトニッポンでは、先週から岡村隆史が推している友川カズキ(かずき)の『トドを殺すな』が何度も放送されていた。 なかなかマニアックな放送だ。 毎週恒例の洗濯をすませる。 思ったほどには乾きがよろしからず。 まあ、仕方ない。 KBS京都の『妹尾和夫のパラダイスkyoto』を聴いたり、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を三度続けて聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。 高井英幸の『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』<角川書店>を読了する。 後半、いささか駆け足的になったような気がしないでもなかったが、読んでおいて正解の一冊だったとは思う。 夕方、夕飯用の買い物に出かける。 真向かいのマンションがどうにもかまびすしい。 腹立たしいかぎり。 途中夕飯を挟み、NHK・FMで、広上淳一指揮NHK交響楽団の定期公演の実況中継を聴く。 バーバーの弦楽のためのアダージョやバーンスタインの交響曲第1番「エレミア」などが演奏されていた。 ほかに、余った時間で、エマーソン弦楽4重奏団が演奏したバーバーの弦楽4重奏曲第1番(第2楽章は、弦楽のためのアダージョの原曲)のCD録音が放送された。 そういえば、今夜は京都市交響楽団の定期演奏会があるんだった。 生のオーケストラ、久しく聴いていないなあ。 聴いておきたかったなあ。 続けて、フェラスが弾いたヴァイオリン小品集を聴く。 夕飯後、仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を書き進めたりする。 『夏美の夏は…』は、原稿用紙21枚分になった。 小野正嗣の『森のはずれで』<文藝春秋>を読み始める。 今日は、オイシスのティラミスケーキを食す。 千本三条のローソンストア100で、50円びきだったもの。 ココアパウダーのかかったホイップクリームののったコーヒー地のスポンジケーキという、ティラミス・スタイルのケーキで、なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! コンプガチャがどうこうと取り沙汰されている。 なぜ今頃になって、何を今さら、という気がしないでもないのだが。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
18時少し前に外出し、京都文化博物館へ。
3Fのフィルムシアターで、豊田四郎監督の『夫婦善哉』を観る。 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。 ああ、面白かった! 上映終了後、夕飯用の買い物をすませ、21時少し前に帰宅する。 夕飯後、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を二度続けて聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、高井英幸の『映画館へは、麻布十番で都電に乗って。』<角川書店>を読み進めたりする。 今日は、オイシスの抹茶ケーキを食す。 六角通のローソンストア100で、50円びきだったもの。 抹茶クリームと小豆クリームののった抹茶地のスポンジケーキで、なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! フランスの新内閣は、閣僚の半数(閣外相を含む)が女性とのこと。 残念ながら、この国では「まだ」ありえないことだ。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆夫婦善哉<1955年、東宝>
監督:豊田四郎 原作:織田作之助 脚本:八住利雄 (2012年5月17日、京都文化博物館フィルムシアター) 毎週木曜日は、週刊文春の発売日で、きまって小林信彦の連載エッセイを立ち読みしているのだが、今号は連載700回を記念して通常の見開き2頁が4頁に増頁されていた。 で、小林さんの名著『日本の喜劇人』の総括が改めて行われていたのだけれど、森繁久彌、それも今日観る予定にしていた『夫婦善哉』に関して詳しく紹介されている。 おまけに、助演者山茶花究のことまで記されていて、これはまさしくグッドタイミングだった。 織田作之助の原作を、八住利雄の脚本、豊田四郎の監督で映画化した『夫婦善哉』だが、小林信彦ならずとも絶賛したくなるというものだ。 大阪船場の商店の跡取り息子柳吉が、芸者の蝶子と惚れあって、妻や娘を放り出し駆け落ちしたまではよかったが…、という切るに切れない男女の関係を、ときにユーモアを交えながらたっぷりじっくり描いた作品なのだけれど、まずもって柳吉を演じる森繁久彌と蝶子を演じる淡島千景の丁々発止の掛け合いには惚れ惚れしてしまう。 どないもこないもしゃむないが、どこかにくめない男の哀しさ情けなさ屈折具合を軽やかに体現する森繁久彌(ぼそっと口にする捨て台詞がまたいい)。 一方、そんな男を恋し尽くし愛し尽くしやまない蝶子の感情の様と美しさ色っぽさを巧みに表現してみせる淡島千景。 絶妙のコンビネーションというほかない。 むろんそこには、豊田四郎の細部まで目配りの届いた作劇があることも忘れてはならないだろうが。 また、小林信彦も高く評価する山茶花究の冷徹で神経質な女婿ぶりも強く印象に残るし、浪花千栄子、司葉子、田中春男、田村楽太(蝶子の父親役。とても魅力的な役者さんだ)、三好栄子、小堀誠、志賀廼家弁慶ら助演陣も粒ぞろいだ。 観てよかったと心底思える一本。 ああ、面白かった!
どんよりとした感じは強いものの、一応青空の見えるお天気。
このまますっきり晴れ上がってくれると嬉しいのだが、どうやらまた雨になりそうな…。 気温も上昇し、暑さを覚える一日。 俳優の小林すすむが亡くなった。58歳。 ヒップアップのメンバーとして『オレたちひょうきん族』などで活躍したのち、俳優に転身。 『踊る大捜査線』シリーズ等で知られた。 CX系列のウェルメイド・ドラマで、手堅い脇役だったと思う。 それにしても、まだ58歳。 若すぎるよ。 深く、深く、深く黙祷。 昨夜、京都文化博物館3Fのフィルムシアターで、今井正監督の『にごりえ』を観る。 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。 そういえば、加藤治子といっしょにいた男性が、『お茶漬の味』にも出ていた長谷部朋香に似ていたように思ったんだけど、長谷部さんは文学座ではなく松竹の所属だろうから勘違いかな。 ご存じの方がいらしたら、ぜひともお教えくださいませ。 帰宅後、4時近くまで仕事関係の作業を進める。 真向かいのマンションがまたもやかまびすしい。 近所迷惑以外の何物でもなし。 厚顔無恥の住人、厚顔無恥のオーナー、忌むべし。 クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を4度続けて聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、高井英幸の『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』<角川書店>を読み進めたりする。 『映画館へは…』で一点気になるのは、著者の東宝入社のくだりで、高井さんはさらりと流しているが、お父様が東宝の経理部で出納課長をされていたこと(ただし、敗戦後すぐに亡くなられているが)や、お母様が宝塚歌劇団の生徒だったことは全く関係なかったのだろうか。 根掘り葉掘り尋ねることでもないだろうが。 今日は、今から京都文化博物館のフィルムシアターまで豊田四郎監督の『夫婦善哉』を観に行く予定なり。 愉しみ愉しみ。 それじゃあ、行って来ます!
☆にごりえ<1953年、文学座・新世紀映画社>
監督:今井正 原作:樋口一葉 脚色:水木洋子、井手俊郎 脚本監修:久保田万太郎 (2012年5月16日、京都文化博物館フィルムシアター) その長い生涯のうち、数多くの作品を遺した今井正だが、この『にごりえ』は、そうした彼の作品の中でも屈指の一本の一つということになるのではないか。 水木洋子と井手俊郎によって脚本化された、樋口一葉の『十三夜』、『大つごもり』、『にごりえ』(もっとも尺数が長い)の三作品をオムニバスのスタイルで映画化したものだが、樋口一葉自身が日々直面し痛感していたであろう明治の女性の苦境・悲劇(貧しさと切っても切れない)が丁寧に、なおかつ抑制された表現で描かれていて、こちらの心に切々と伝わってくる。 また、役者陣も作品の世界観に沿って見事である。 優しく善人であるがゆえに過ちを犯してしまう『大つごもり』のみねを演じた久我美子の可憐さや、酌婦の様々な顔を巧みに演じ分けた『にごりえ』の淡島千景の達者さと色っぽさはもちろんのこと、脇を固める文学座の面々も流石だ。 (当然そこには、脚本監修で名を連ねている、くぼまん久保田万太郎との共同作業の成果も大きく影響していると思う) 京都文化博物館フィルムセンターのプログラムにクレジットされているのは、『十三夜』で田村秋子、丹阿弥谷津子(金子信雄夫人。第一話とはいえ、彼女がヒロインを演じていることからも、当時の文学座での彼女の位置がわかる)、三津田健、芥川比呂志、『大つごもり』で中村伸郎、長岡輝子、龍岡晋、仲谷昇、荒木道子、『にごりえ』で杉村春子、宮口精二、南美江、北城真記子、賀原夏子、文野朋子、十朱久雄だけだが、ほかに気がついた範囲で、北村和夫、岸田今日子、有馬昌彦、小池朝雄、青野平義、北見治一、稲垣昭三、神山繁、加藤和夫、加藤治子、小瀬格、加藤武、内田稔も出演していた。 あと、『にごりえ』には山村聰が重要な役回りで出演しているし、子役として前進座の河原崎次郎と松山政路も出ている。 フィルムの状態はあまり芳しくなかったが、大きなスクリーンで改めて観ておいて正解の作品だった。 演劇関係者にも強くお薦めしたい。
晴天。
いいお天気、いい青空となる。 気温も上昇する。 昨夜、京都文化博物館まで行って、3Fのフィルムシアターで小津安二郎監督の『お茶漬の味』を観る。 詳しくは、前回の記事(映画記録)をご参照のほど。 上映終了後、ちょうど同じ回を観に来ていた、京都造形芸大映画学科の岩佐悠毅君と夕飯をとりながら、いろいろと話しをする。 岩佐君とは、月世界旅行社のマチヤ映画夜行や同じ造形芸大の小川泰寛監督の『ネックレス』の現場等で度々接してきた間柄だ。 24時過ぎに帰宅後、5時近くまで仕事関係の作業を進める。 午前のうちに起きて、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を4度続けて聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、高井英幸の『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』<角川書店>を読み進めたりする。 今日は、これから京都文化博物館のフィルムシアターで今井正監督の『にごりえ』を観る予定なり。 それじゃあ、行って来ます!
☆お茶漬の味<1952年、松竹大船>
監督・脚本:小津安二郎 脚本:野田高梧 (2012年5月15日、京都文化博物館フィルムシアター) 実の甥、黒川鍾信による本格的評伝『木暮実千代』<NHK出版>を紐解くと、木暮実千代にとって唯一の小津安二郎監督出演作となる『お茶漬の味』で散々な目にあったことが、詳らかにされている。 詳しくは、同書の297頁から301頁、第六章の「日本映画の黄金時代を舞い上がる」のシーン9をご参照いただきたいが、親友役で出演した上原葉子(小桜葉子。上原謙の妻。加山雄三の母)から嫌がらせを受けるわ、小津安二郎との相性は悪いわと、「踏んだり蹴ったりの目にあった」木暮実千代は、後年彼女の付き人の経験もある妹がお茶漬を食べようとしている際、「顔色を変え、ひっつかむように茶碗を手にすると台所へ走って中身を捨て」、「自身もお茶漬を口にしなかった」というのだから、相当のものがある。 ただ、実際作品を観てみると、役とのつき具合は置くとして、そんな裏の事情など露ほど見えてこないのだから、やっぱり映画は面白い。 ええとこの生まれの妻と田舎出の夫のぎくしゃくした関係(味噌汁かけご飯のくだりなど巧いし、子供がいない夫婦という設定も重要だ)に、姪御の見合い話が絡まって…、というのは小津作品ではおなじみの展開だが、プロ野球の試合風景を皮切りに、当時流行のあれやこれやがふんだんに取り入れられているのは、戦時中に書かれた脚本を戦後になって仕立て直したことも大きいのだろう。 思うに任せない人間(夫婦)関係、女性どうし男性どうしの友情、戦争の記憶、さらには子供の効果的な使い方等、小津作品に欠かせない様々な要素が巧みに盛り込まれていて観飽きない*。 木暮実千代に対する佐分利信のぬーぼーとした雰囲気はいつもながらに嬉しいし、淡島千景、津島恵子、鶴田浩二、笠智衆、柳永二郎、十朱久雄、望月優子らも役柄に合った演技を各々披歴している。 なお、上原葉子同様、ジャーナリストで随筆家の石川欣一が社長役として「特別出演」しているが、なかなか堂に入った演技だ。 また、日活以前の北原三枝の姿を初めのほうのシーンで観ることができる。 まさしく、お茶漬の味的な一本だった。 *ただし、今回上映されたフィルムにはけっこうカットがある。
雨の一日。
どんよりとしたお天気となる。 気温はあまり上昇せず。 昨夜、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴いたりしながら、4時半近くまで仕事関係の作業を進める。 午前中、仕事をする。 ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』や、クリスチャン・フェラスが弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を二度聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。 ミッキー・カーチスの『おれと戦争と音楽と』<亜紀書房>を読了する。 ミッキー・カーチスという人のかっこよさがストレートに伝わってくる一冊だった。 ああ、面白かった! 続けて、高井英幸の『映画館へは、麻布十番から都電に乗って。』<角川書店>を読み始める。 1964年東宝に入社、有楽座、スカラ座、日比谷映画など映画館に勤務したのち、製作現場へ移動、さらには東宝の社長となった著者が、映画とともに歩んだ半生を綴った一冊。 ジブリの月刊誌『熱風』に連載した文章をまとめたものだという。 今日は、これから京都文化博物館まで小津安二郎監督の『お茶漬の味』を観に行く予定なり。 それじゃあ、行って来ます!
晴天。
いいお天気、いい青空の一日。 だったが、夕方頃から徐々にどんよりとし始める。 どうやら雨降りになるようだ。 気温は上昇し、穏やかな感じとなる。 首筋のがさがさがなかなかとれず。 いったいなんのアレルギーだい。 やれやれ。 昨夜、クリスチャン・フェラスがジャン=クロード・アンブロシーニのピアノ伴奏で弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、5時近くまで仕事関係の作業を進めたり、黒川鍾信の『木暮実千代』<NHK出版>を読み進めたりする。 件の知人から「総選挙だね!」というタイトルのメールが届いたので、おや政治の話か、そういえば、先日民主党の幹事長が同日選挙を云々かんぬんと口にしていたからなあ、と思ってメールを開いてみたら。 AKB48の総選挙のことがちまちまと綴られていた…。 で、朝日新聞の朝刊を開くと、AKB48の総選挙に関するでっかい広告が掲載されていた。 ううん。 (どこの党派かは別にして、10年か15年経ったら、本当の総選挙に立候補する人間がもしかしたらいるんじゃないだろうかとふと思ったりもしたが) メールもあって、総選挙、といってもAKB48のほうじゃなく、本当の総選挙のほうについて、いろいろと考える。 フェラスのヴァイオリン小品集を三度続けて聴きながら、仕事関係の作業を進める。 『木暮実千代』を読了する。 著者自身、映画監督を目指していただけあって、エピソードの盛り込み方も巧みで、最後まで読み飽きることがなかった。 それにしても、この『木暮実千代』を下敷きにした映画かドラマができないものか。 木暮実千代本人ばかりでなく、父親の輔、母親の登喜、夫の和田日出吉(彼と著者とのエピソードも印象深い)等々、魅力的な登場人物が揃っていると思うのだけれど。 続けて、ミッキー・カーチスの『おれと戦争と音楽と』<亜紀書房>を読み始める。 ミュージシャン、俳優、そして立川談志の弟子でもあった異才ミッキー・カーチスが、自らの波乱万丈な半生について語った一冊。 あまりの面白さについつい読み進めてしまっている。 17時過ぎに外出し、京都芸術センターで用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物をすませ、18時過ぎに帰宅した。 夕飯後、フェラスのヴァイオリン小品集を二度続けて聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、『おれと戦争と音楽と』を読み進めたりする。 それにしても、フェラスのヴァイオリン小品集はかっぱえびせんみたいだなあ。 やめられないとまらない! 今日は、甘いものは食さず。 我慢我慢。 明日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
16時過ぎに外出し、歩いて河原町へ。
まず藤井大丸7Fのくちばしニュートロンに行って、中比良真子の作品展示(Returns of”The world turns over”)を観る。 中比良さんの作品は、まだニュートロン京都があった頃、何度か接したことがあるのだが、虚と実のとらえ方が面白く、また色遣いも自分にしっくりくることもあって、とても大好きだ。 今回も、彼女の作品を愉しむことができた。 なお、くちばしニュートロンは小粋なカフェで、お茶ぐらい注文すべきだったのだけれど、今日はどうしてもパスしてしまう。 その後、BALに入ってブックオフとタワーレコードをのぞき、CDの確認をしたのち、元立誠小学校へ。 職員室でイッパイアンテナの13th session『ドリリズム』(大崎けんじさん脚本・演出)を観る。 詳しくは、前回の記事(観劇記録)をご参照のほど。 ああ、面白かった! 開演前終演後、大崎さんをはじめイッパイアンテナの全ての面々や関係各氏と話しをしたり挨拶をしたりする。 終演後、タワーレコードに再び行ってCDを購入し、ついでに夕飯用の買い物をすませて、21時ちょうどに帰宅した。 行き帰り、末長敬司の次回撮影予定作『トゥー・バレッツ』の台詞をさらいながら歩く。 「司法解剖の結果死因」がどうしたとか、「戦場よろしく蜂の巣に」といった独り言を呟くおっさんは、周囲からはただの機智害にしか見えないだろうが、えいままよだ。 帰宅後、購入したばかりの、クリスチャン・フェラスがジャン=クロード・アンブロシーニのピアノ伴奏で弾いたヴァイオリン小品集<ドイツ・グラモフォン>を2度聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、黒川鍾信の『木暮実千代』<NHK出版>を読み進めたりする。 フェラスのヴァイオリン小品集は先日リリースされたばかりの国内盤だが、実はこの録音、両親が買ったLPレコードを子供の頃から何度も繰り返し聴いており、それが懐かしくもあって購入したのである。 愛の喜びや愛の悲しみ、ベートーヴェンの主題によるロンディーノ、ウィーン奇想曲等のクライスラーの小品に、シューマンのトロイメライ、シューベルトのアヴェ・マリア、ディニクのホラ・スタッカート、ドヴォルザークのユーモレスク、マスネのタイスの瞑想曲、サン・サーンスの白鳥といった有名曲のカップリング、フェラスの艶やかなヴァイオリンの音色ともによく、非常に満足のいく一枚。 1968年のアナログ録音だけれど、音質も全く問題がない。 ただ、一点大きな不満は、せっかくLPと同じ写真をブックレットに使っているにも関わらず、下部に「The Best 1200」などという文字を付け加えたことだ。 国内盤はいわゆる帯があるのだから、ブックレットのデザインはそれこそLP時代と同じ状態にすればよい。 こんな文字を付け加えて自ら安っぽく見せるとは、無粋以外の何物でもなく、関係者には猛省を促したい。 真向かいのマンションが夜になってもかまびすしい。 いいかげんにしろってんだ、全く! 今日は、オイシスのチョコクリームパフサンドを食す。 六角通のローソンストア100で、50円びきだったもの。 チョコクリームをサンドした柔らかいチョコ地のパフケーキで、なかなか美味しうございました。 ごちそうさま! 以上、5月13日の日記。 今日がいい日でありますように! それじゃあ、おやすみなさい。
☆イッパイアンテナ 13th session『ドリリズム』
脚本・演出:大崎けんじ* (2012年5月13日、元・立誠小学校職員室) 水を得た魚。 って言葉をどうしても使いたくなっちゃうのが、彼彼女らにとって13回目の本公演となる『ドリリズム』を演じるイッパイアンテナの面々だ。 明日のお昼まで公演が続いていることもあって、あえて詳しい内容については触れないが、元立誠小学校の職員室と中庭というロケーションを存分に活かして流れに流れる展開で、約1時間半、全篇観飽きることなく愉しむことができた。 出演者の一人阿部潤が大の落語好きということもあってだけれど、作品中に、ある人情噺を想起させるモティーフが組み込まれていたことに、個人的にはにやりとしたりもした。 また、演者陣も各々の特性魅力を十二分に発揮するとともに、テンポ感のよいアンサンブルを生み出していたのではないか。 加えて、例えば小林由実をはじめ、他団体への客演が個々の演者に大きな刺激を与えているようにも感じられた。 テキスト、演技両面で細かいことを指摘し出せばいろいろと指摘できないこともないし、もっと長期的な視点であれこれと考えることもあるのだけれど、まずはイッパイアンテナの小気味よい舞台に大きな拍手を贈りたい。 (今回の『ドリリズム』で、イッパイアンテナは自家薬籠中のスタイルに戻ったことになる訳だが、やはり『パリンドローム』や『討上げベイベー』を通過した意味も少なくなかったように僕は観た) いずれにしても、今後のさらなる変化が愉しみだ。 次回の公演も心待ちにしたい。 ああ、面白かった! *本当は、大崎の崎は、大ではなく立。
青空は見えつつも、どんよりとした感じも強いお天気。
気温は少し上昇したか。 昨夜、5時過ぎまで仕事関係の作業を進めたり、『夏美の夏は…』を書き進めたりする。 母の日。 午前のうちに実家に電話をかけ、感謝の気持ちをこめて母としばらく話しをする。 NHK・FMの『トーキング・ウィズ松尾堂』と『きらクラ!』を聴きながら、仕事関係の作業を進めたり、黒川鍾信の『木暮実千代』<NHK出版>を読み進めたりする。 今日も、真向かいのマンションがかまびすしい。 なんともかとも。 豆腐の角に頭をぶつけて…。 どのようなジャンルであれ、表現するということには、やはりなんらかの切実さが必要なのではないかと、改めて強く思う。 少なくとも、表現する人の切実さや痛切さが表われた作品に、今の僕は強く心魅かれる。 巧拙などひとまず置いて。 今日は、これから河原町まで出て、元立誠小学校でイッパイアンテナの『ドリリズム』を観る予定なり。 愉しみ愉しみ。 それじゃあ、行って来ます!
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