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バスに乗り遅れろ 2

 ところで、京都の演劇界を考えてみた場合、広い意味での「政治性」が欠落しつつある反面、狭い意味での「政治性」、と言うよりも、自らの利権や権威を維持強化するという意味での「政治性」が、どんどん蔓延しているように僕には思われてならない。
 ことに、太田省吾の入洛以降、その傾向は一挙に強まっているのではないか。

 太田省吾と転形劇場の果たした役割は小さくない。
 特に、『小町風伝』や一連の沈黙劇は、高度経済成長期以降の急速な社会的変化へのアンチテーゼとして、演劇界に大きな影響を与えた。
 彼らの業績は、今後も高く評価され続けてしかるべきだと、僕も思う。

 しかしながら、今の太田省吾はかつての太田省吾ではない。
 少なくとも、扇田昭彦のインタビューに対して誠実に答えようとするあまり、疲れきってしまった彼はいない*。
(*扇田昭彦『日本の現代演劇』<岩波新書>第一章の5「普通の人々の形而上学」参照)
 例えば、京都の劇場や芝居小屋で、自らの身内の公演に接してにやけ顔を呈している太田省吾と、今もなお萩本欽一で在り続けようとする萩本欽一とを比べれば、その違いはあまりにも歴然としているだろう。
 今あるのは、かつての太田省吾の残骸だけだ。
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by figarok492na | 2005-11-16 13:05 | バスに乗り遅れろ
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