人気ブログランキング | 話題のタグを見る
<< 日本洋楽の夜明け(CDレビュー) 自分へのバースデープレゼント(... >>

うそなき鳥クロニクル 第1部・泥棒かささぎ編(CDレビュー)

 ☆ロッシーニ:序曲集
  クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団
  1989年録音
  <DG>431 653−2


 台所でスパゲティーをゆでているときに、電話がかかってきた。僕はCDにあわせてロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を菜箸で指揮していた。スパゲティーをゆでるにはまずうってつけの音楽だった。
 電話の呼び出し音が聞こえたとき、すぐに無視しようと思った。スパゲティーはゆであがる寸前だったし、クラウディオ・アバドは今まさにヨーロッパ室内管弦楽団をその音楽的頂点に持ちあげようとしていたのだ。僕はガスの火を弱めず、台所で菜箸を振り続けた。
「はあっ」、留守番電話の電子音の後、しばらく間を置いてから、かすかな女の声がした。そして電話は切れた。
 僕は人の声色の記憶にはあまり自信を持っていない。それは知っているかもしれないし知らないかもしれない声だった。
(村上春樹『ねじまき鳥クロニクル 第1部・泥棒かささぎ編』<新潮文庫>冒頭より引用)

 やれやれ。
 パロディーやパスティーシュのふりをして、自分に起こった「何か」を語るなんて、●●らしいし卑しいしうっとうしいだけだ。

 クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団によるロッシーニの序曲集は、まずもって、『セビリャの理髪師』、『セミラーミデ』、『アルジェのイタリア女』、『ウィリアム・テル』、『ラ・チェネレントラ(シンデレラ)』、『絹のきざはし(はしご)』、『泥棒かささぎ』という選曲が抜群だし、小回りがきいて、きびきびしゃきしゃきくれしぇんどくれしぇんどしている演奏も素晴らしい。
 さらには、ロッシーニの音楽の持つ「狂気」すらも見事に表現されていると思う。
 例えば、タカタタッタッタッタと、『泥棒かささぎ』序曲の音楽的ピークに達するあたりなど。
 オーケストラはロンドン交響楽団と違えども、何ゆえ村上春樹がアバドの『泥棒かささぎ』序曲にこだわったかがよくわかる。
(って、これは嘘。村上さんはあんまりそういうことは考えてないんじゃないかな。筒井康隆や小林信彦とは違って)

 いずれにしても、ロッシーニの音楽の愉しさと怖さを十二分に識ることのできる一枚だ。
 大推薦。


 ところで、『泥棒かささぎ』の慣用訳名(変な日本語)が『盗っ人かささぎ』とか『とっちゃうかささぎ』とかだったら、『ねじまき鳥クロニクル』という作品は生まれていたのだろうか?
by figarok492na | 2007-07-08 12:55 | クラシック音楽
<< 日本洋楽の夜明け(CDレビュー) 自分へのバースデープレゼント(... >>