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『赤い猫』の版組を終える(CLACLA日記)

関弘子さん死去

 いいお天気、いい青空が続く。

 今日も気温が上昇。
 日中はTシャツ1枚で過ごすのが当たり前の、暑い一日だった。

 お昼過ぎに外出し、郵便局に寄ったあと室町通のストアデポでテープのりを購入する。
 それから、京都芸術センターと中京青少年活動センター/ウィングス京都で用件をすませて帰宅した。

 で、早速テープのりを使って原稿を原版用の台紙に貼りつけて、個人誌『赤い猫』刊行用の版組を終える。
 あとは、京都こぴいでコピーして修正を加え、その原版を元に「大量コピー」を行う予定だ。

 NHK・FMで、尾高忠明指揮NHK交響楽団の定期公演の実況中継を聴く。
 ブルーノ・レオナルド・ゲルバーの独奏によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番とエルガーの交響曲第1番が放送されていた。

 続けて、ニコラウス・アーノンクールの指揮したモーツァルトの初期のオペラ『ルーチョ・シッラ』のCDを聴く。
 指揮者の本多優之さんとアーノンクールやモーツァルトのオペラについて話しをしたこともあって。

 『戦後政治家暴言録』を読了する。
 まさしく真っ当至極の一冊というか、いわゆる「」つきの正論ではない、真摯で強い危機意識に貫かれた内容の著書だと思う。
(以前似たようなタイトルの本を読んだことがあったが、受けた印象は全く異なっている)
 それにしても、森喜朗内閣以降のこの国の政治状況(=民度)のひどさには、当然自分自身のこととして度し難く情けなくなってしまう。

 そういえば、先日偶然外出先で『総理と呼ばないで』の再放送を観たが、田村正和演じる某国の総理大臣が、森喜朗以降のこの国の総理大臣、中でも小泉純一郎とだぶって見えて仕方がなかった。
 特に、内藤剛志に感動する場面やゴルフコンペがらみでのはしゃぎっぷり、さらにはアメリカに対する卑屈な態度など、あまりのだぶり具合に怖さすら感じたほどだ。
 本放送時(橋本内閣の頃)にはあまりの荒唐無稽ぶりに評判のよくなかった『総理と呼ばないで』だけれど、今となっては、三谷幸喜の先見性ぶ脱帽するしかない。
 
 そうそう、ちょうど観た回にフリドニアという架空の国が出て来ることからもわかるように、『総理と呼ばないで』は、レオン・マッケリー監督の、と言うより、マルクス兄弟の『我輩はカモである』にインスパイアされた作品なのだ。
 つまり、田村正和は、グルーチョ(グラウチョ)・マルクスと同じ役回りを演じているのである。
 評価するかしないかは置くとして、本来ならばこうした点は小林信彦あたりが指摘していても不思議じゃないのだが、三谷幸喜自身も触れているように(『仕事、三谷幸喜の』<角川文庫>)、小林さんはこの『総理と呼ばないで』を「非テレビ的な作品(つまらないし、見ていて不愉快)」と斬り捨てている…。
(『コラムは誘う』<新潮文庫>の41 「いいひと。」と菅野美穂より。なお、フリドニアは、『我輩はカモである』の舞台となる国だ)

 『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』を読み進める。
 スリリング!! の一語。

 俳優の関弘子が亡くなる。78歳。
 朝日新聞の訃報では、今は亡き観世寿夫との結婚以降についてのみ触れられていて、実際彼女にとってはそちらのほうが重要な「仕事」となった訳でもあるけれど、一方で関さんが、ソプラノ歌手の種子を母とし、うたごえ運動で知られた関鑑子が伯母、これまた声楽家の関忠亮が叔父という音楽家一族の一員だったことも忘れてはなるまい。
(こうした関さんの「出自」や俳優座時代の「雰囲気」に関しては、当時彼女と友達となった林光さんの『私の戦後音楽史』<平凡社ライブラリー>の10・予兆や、12・『フィガロの結婚』に徳球が来た! に記されている)
 あと、『今夜は最高』の末期に関さんは出てたんじゃなかったっけ?
 深く、深く、深く黙祷。

 放送作家で演出家の塚田茂も亡くなる。82歳。
 深く、深く黙祷。

 ミャンマーのサイクロン被害や中国の四川省の大地震では何万もの人々が亡くなったという。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 今日も支倉焼を食す。
 実に美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-05-16 22:30 | CLACLA日記
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