☆『amoureuses(恋人たち)』
ハイドン、モーツァルト、グルックのアリア集 独唱:パトリシア・プティボン(ソプラノ) 指揮:ダニエル・ハーディング 管弦楽:コンチェルト・ケルン 録音:2008年/デジタル <DG/ドイツ・グラモフォン>477 7468 4月の来日公演の記憶が未だ鮮明なパトリシア・プティボンの新しいアルバム、『amoureuses』を聴いてみた。 恋人たちというタイトル通り、ハイドンの『月の世界』、『薬剤師』、『アルミーダ』、『哲学者の魂、オルフェオとエウリディーチェ』、『無人島』、モーツァルトの『魔法の笛』、『フィガロの結婚』、『ルーチョ・シッラ』、『ツァイーデ』、グルックの『アルミーダ』、『タウリスのイフィゲニア』から、人の恋し愛する心を歌ったアリアを集めたアルバムだが、そこはそれ、かわいさ余って憎さ百倍! じゃない、愛憎相半ばする激しい感情を伴った歌もしっかりと収められている。 (まあ、夜の女王のアリア、復讐するは我にあり、じゃない「復讐の心は地獄のように胸に燃え」は、喉見世的意味合いも小さくないだろうけど) で、ここでもプティボンは、これまでに発売されてきたフランス・バロック期のアリア集<Virgin>や『フレンチ・タッチ』<DECCA>同様に、感情表現豊かでテキストの読み込みの鋭い歌唱を披瀝している。 来日公演でも歌われた『フィガロの結婚』のバルバリーナとスザンナのアリア[トラック4と5](スザンナのアリアはレチタティーヴォが省かれていて、一続きの歌のように扱われている)での愛らしさと優しさ、トルコ趣味満開の『薬剤師』のアリア[トラック8]でのユーモラスさとコケティッシュさ、『ツァイーデ』のアリア[トラック15]でのプティボンお得意の台詞調雌叫び(Tiger! タイガー!)、そしてグルックの一連のアリアでの激烈さ、と挙げ出せば切りがないほど聴きどころたっぷりな一枚だ。 加えて、『月の世界』の華やかなアリア[トラック1]で幕を開け、途中いろいろな波があって − 例えば、『無人島』のアリア[トラック12]のような甘やかな歌を挟んで − 、最後、グルックの『アルミーダ』のアリア[トラック16]で大団円を迎えるアルバムの構成は、音楽的にも一つの「ドラマ」という意味でも巧みにたくまれたものだと思う。 ただ、こうやって「録音」という形でプティボンの歌唱に接すると、彼女の声の変化・変質にどうしても気づかざるをえなかったことや、彼女のテキストへの対し方へ若干違和感を抱いてしまったことも事実である。 (僕自身、独仏伊語に関し堪能ではないこともあって、テキストと歌の関係について詳しく指摘することはできない*。だからこの場合の違和感とは、「こうやって自分の部屋で聴く時に、彼女の歌が感情過多に感じられた」程度に受け取っておいてもらいたい) また、これは「音の缶詰」ゆえの制約とはいえ、モーツァルトの代用アリア「汝らに解き明かさん、おお神よ」[トラック2]の後半で、明らかに録音のつぎはぎと思われる箇所があったことも付記しておきたい。 ダニエル・ハーディング指揮する、ドイツの腕こきピリオド楽器オーケストラ、コンチェルト・ケルンはクリアでドラマティック、プティボンの歌唱にぴったりの伴奏を行っているのではないか。 ハーディングの個性もあってだろうけれど、緩やかな部分よりもテンポが速く激しく演奏される部分のほうに、一層真価が発揮されていたように僕には感じられた。 特に、アルバム−ドラマを締めくくるラストのオーケストラのみの強奏は、強く印象に残る。 いずれにしても、聴き返せば聴き返すほど面白く、心を動かされるアルバムであることに間違いはない。 プティボンファンのみならず、歌好きオペラ好き古典派好きにも大いにお薦めしたい一枚だ。 でもね、プティボンは生(ライヴ)でしょうやっぱり。 今度は、ハーディング&コンチェルト・ケルンといっしょに来日しないものか! *当然のことながら、これは西洋の声楽作品(テキスト)とその歌唱(演技)を評する際に無視してはならないものだと思う。 少なくとも、僕ら自身のものではない対象を語る際には蔑ろにしてはならない部分のはずだ。 そして、テキストをよく読み込めていないものがこうやってそれを語ることの如何わしさを痛感したりもする。 またその関わりで、「正しい」歌唱とは何かや、声そのものの魅力と「技術」の問題、さらには日本語を母語とする人間による西洋の声楽作品の歌唱など記したいことはあれこれとあるのだが、残念ながらここでは省略する。
by figarok492na
| 2008-10-14 16:21
| クラシック音楽
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