カテゴリ:その他( 32 )

執筆依頼等につきまして

 中瀬宏之と申します。
 演劇、クラシック音楽、映画、書籍に関するレビューの執筆のほか、演劇台本や映画のシナリオのプロットドクターのご依頼を請け賜わっております。
 お問い合わせをはじめ、ご興味ご関心がおありの方は、こちらまでお気軽にご連絡ください。

 昨年7月末の個人創作誌『赤い猫』第1号の発行以来、ありがたいことに文章執筆のご依頼やお問い合わせを多数いただくようになりました。
 そのこともありまして、改めてこちらに一文掲載させていただいた次第です。

 mixiにも参加しておりますので、気軽にのぞいていただければ幸いです。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。
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by figarok492na | 2016-12-31 23:59 | その他

小泉博さん、今福将雄さん、高瀬久男さんが亡くなった

 人は死ぬ。
 必ず死ぬ。
 自分自身も絶対に死ぬ。
 そのことは充分承知しているつもりだけれど、自分自身が慣れ親しんだ有名人が続けて亡くなると、あの人もこの人も、ああ、という気になってしまう。
 今井雅之や今いくよさん(立命館大学の公費助成企画で一度ご一緒させていただいたことがあるが、巷間伝わっている通りのお人柄であり、くるよさんとの仲の良さであった)、暁照雄、町村信孝と亡くなって、今度は小泉博さんに今福将雄、高瀬久男さんだ。

 1970年代の幼少期をテレビとともに過ごした人間にとって、小泉博さんといえば、どうしてもフジテレビで10年間にわたって放映されたクイズ番組『クイズグランプリ』の司会を思い出す。
 同じく俳優が司会を務めたクイズ番組としては田宮二郎、及び山口崇の『クイズタイムショック』、同じ博の柳生博の『100万円クイズハンター』、そして児玉清の『アタック25』をすぐに思い起こすが、彼らがどこか単なる司会者に留まりきれない良い意味での個性を発揮していたとすれば、小泉さんはNHKのアナウンサーばりの端正な司会でかえって強い印象を残した。
 まあ、NHKのアナウンサーばりというのは当たり前で、もともと小泉さんはNHKのアナウンサーの出身である。
 戦前の政界で異彩を放った政友会所属の代議士三申小泉策太郎(名は体を表す。策の人だった)の八男として生まれ、慶應義塾大学を卒業後、NHKにアナウンサーとして入局する。
 その後、藤本真澄率いる藤本プロ、豊田四郎監督の『えり子とともに』への出演を機にNHKを辞め、さらに藤本の誘いでニューフェイスとして東宝に入社した、といった俳優転向に関する経緯はwikipediaにも詳しく書かれているところだろう。
 訃報では、実写版=江利チエミ版の『サザエさん』でのマスオさん役や、東宝特撮映画での活躍が記載されていて、実際その通りなのだけれど、小泉さんといえば、どうしても本多猪四郎監督の『マタンゴ』を忘れることができない。
 ヨットの船長!
 あと、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』でNHKの名物アナウンサー和田信賢(終戦の放送を担当した)を演じていたが、あれはあの任務を含めた大先輩への敬意が感じられるものだった。
 一方で、『クイズグランプリ』の司会やドラマとテレビの世界でも活動の場を広げていた小泉さんだが、1980年代半ばから突然その姿を見かけなくなる。
 と、いうのもこの頃から小泉さんは日俳連や芸団協の幹部として俳優・表現者の地位向上に従事することになったからである。
 あれはもう25年近く前になるか。
 僕が小泉さんと軽くご挨拶したのも、芸団協の幹部ということで参加されていた(そして、何かスピーチをされたはずだ)日本音楽家ユニオンのオーケストラ関係のシンポジウムでのことだった。
 晩年、俳優としての活動を再開されていたけれど、目立って大きな役というのはなかったように思う。
(ジェームス三木脚本のNHKのドラマ『憲法はまだか』での高野岩三郎や、志田未来がセイラを演じた『小公女セイラ』での要潤の執事役を挙げることもできるけど)
 それでも、犬童一心監督の『ゼロの焦点』の仲人は強く印象に残っている。
 一瞬だけしか映らない黙役だったが、こちらが小泉さんの人となりを知っているだけに、あの仲人には充分な存在感があった。
 享年88。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 小泉さんが出演されていた『日本のいちばん長い日』で畑俊六を演じた、今福将雄も亡くなった。94歳。
 NHKの福岡放送劇団で活動したのち、文学座の研究員から座員となり(晩年は映画放送部所属)、演劇、映画、テレビドラマと幅広く活躍した。
 若い頃から老け役を得意としていて、その台詞遣いなど、同じ九州出身の笠智衆を明らかに意識した演技を行っていたと思う。
 ただ、笠さんが計らないように見える大らかさ、朴訥さを身上としたとすれば、今福さんは、どこか計算の見える朴訥さ、とぼけぶりだったように感じる。
 そしてその計算している風が、良い意味で大物になれない悲哀というか、おかかなしさ(by色川武大)に繋がっていたとも感じる。
 映画、テレビドラマと出演作多数。
 特に、上述した『日本のいちばん長い日』を皮切りに、『肉弾』、『吶喊』、『ブルークリスマス』、『英霊たちの応援歌』、『近頃なぜかチャールストン』、『ジャズ大名』と岡本喜八監督の作品に多く出演した。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 文学座つながりでは、座員で演出家の高瀬久男さんも亡くなった。
 玉川大学卒業後、文学座研究所を経て座員となり演出部に所属、テキストをよく読み込んだ、細やかで鋭い劇の造り手として知られた。
 また、オペラシアターこんにゃく座等、オペラの演出も度々手がけた。
 高瀬さんといえば、まずもって京都芸術センターでの取り組みを忘れるわけにはいかないだろう。
 関西京都の演者陣も含む顔ぶれとの共同作業の成果である、京都ビエンナーレ2003 演劇公演『宇宙の旅 セミが鳴いて』(鈴江俊郎さん作、高瀬さん演出。豊島由香さんや岡嶋秀昭さんも出演していた。2003年10月8日、京都芸術センター講堂)は、鈴江さん本人をはじめ、周囲の演劇関係者にはあまり評判のよいものではなかったものの、俳優たちが東京流(文学座流というとちょっと違うかな。東京で観たいくつかの芝居と同じ手触り、雰囲気といった具合にとらえてもらえればありがたい)のシャープでクリアな演技を行っていることに、僕は滅法感心したものだ。
 そうそう、これは東京の演劇人から直接耳にした話だが、緊張感に富んだ稽古を行う演出家の一人だったそうである。
(別の東京の演劇人は、「神経質っぽいとも言えるけど」と付け加えていた)
 この数年は癌のため闘病中だったと伝えられている。
 それにしても、57歳での死は早すぎやしないか。
 深く、深く、深く、深く黙祷。
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by figarok492na | 2015-06-02 12:30 | その他

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

 年が明けました。
 めでたさは中くらい、どころか、あまり多くはないのですが、それでも諦めることは手を貸すこと、一歩一歩高みを目指して努めます。

 皆様、本年も何とぞよろしくお願い申し上げます。
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by figarok492na | 2015-01-01 13:48 | その他

宮崎宏康展のご案内

 かつてベトナムからの笑い声で大活躍し、現在黒川猛さん中心に公演を重ね始めているユニット THE GO AND MO’sにも協力されている宮崎宏康さんより、個展のお知らせがありました。
 残念ながら、諸般の事情で足を運ぶことが適いませんが、ご興味ご関心がおありの方はぜひぜひご高覧いただければと思います。



『宮崎宏康 ex.』 展 のご案内


 早春の候、皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
さて、このたび神戸C.A.P.~芸術と計画会議~ STUDIO Y3 (神戸市立海外移住と文化の交流センター内)にて、『宮崎宏康ex.』展を開催いたします。
お忙しい中とは思いますが、万障お繰り合わせの上、ぜひ足をお運びください。


名 称:『宮崎宏康ex.』

会 期:3月10日(土) ~ 25日(日)  (月曜休館)
  からくり作品の実演などがありますので、下記の時間帯にお越しください。
  実演&解説TIME
平日17:00~19:00  /  土日祝 10:00~19:00
                        
会 場:C.A.P.~芸術と計画会議~ STUDIO Y3
     〒650-0003 神戸市中央区山本通3丁目19-8 海外移住と文化の交流センター内
     Phone/fax:078-222-1003
     開館時間:10:00~19:00(月曜休館)
 http://www.cap-kobe.com/studio_y3/2012/03/09162324.html
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by figarok492na | 2012-03-19 14:24 | その他

キノ・フォーラムkyo上映会の報告

 末長敬司より、昨日末長宅で、キノ・フォーラムkyoの上映会が無事執り行われた旨、連絡があった。

 今回は、夏恒例ホラー傑作選(番外編)/アジアン・ホラー編集として、リンゴ・ラム監督の『ヴィクティム』(未公開、1999年・香港)とロイ・チョウ監督の『殺人犯』(2009年・香港)の二作品が上映され、

 まず、『ヴィクティム』については、
 ホラー的導入部からいつの間にか映画のジャンル自体が二転三転していく、というスタイルはアメリカ映画(『ゲーム』(97年・米)等)に多く、監督の林嶺東(リンゴ・ラム)がハリウッドから一時帰国していた時期に作ったこと、カメラマンにアメリカ人のロス・W・クラークソンを起用したことも影響しているのではないか。
 世の風紀が乱れるとホラーが流行るのは倫理的危機感の現れで、この『ヴィクティム』が制作された1999年には大陸人の流入による犯罪の急激な増加があり、大衆の金銭・株式への執着など(ニュース映像がさりげなく挿入される)、当時の香港の世相が反映されているのではないか 。
 という点が、

 また、『殺人犯』については、
 連続猟奇殺人犯を追う刑事が自力では犯人に辿り着けず、後半、全くノーマークだった意外過ぎる人物が犯人だと名乗り出て主人公を試す、所謂『セブン』(95年・米)タイプのサイコ・ホラーで、監督・脚本の周顯揚(ロイ・チョウ)が若く、アメリカ映画の影響が大きく、またアメリカが出資(ユニヴァーサル・スタジオ)していることも大きいのではないか。
 ハリウッドで活躍する名プロデューサー・江志強(ビル・コン)や、監督・脚本の周顯揚(ロイ・チョウ)が若いこともあり、カメラマンに侯孝賢(ホウ・シャオシェン)作品で有名な李屏賓(マーク・リー・ピンビン)、音楽に日本人の梅林茂を配すなど超一流スタッフで脇を固めて万全を期していること。
 真犯人の背景を語る上で「東南アジア」が重要なキーになっており、香港が「東南アジア」の最北端に位置している、決して無関係な場所では無いことを強調するため、緑と黄色の強い「亜熱帯な空気」を李屏賓(マーク・リー・ピンビン)が意識して撮影していたこと。
 固定イメージの強い個性派俳優を脇に配した所謂、配役を使ったミス・リードが仕掛けられていた事。
 「香港四天王」と呼ばれる国民的アイドルの一人である郭富城(アーロン・クォック)を主演に、こうした危ない内容の作品をメジャー・ピクチャーとして新人監督が作れてしまう、香港映画界の懐の深さと日本のテレビ局映画のヒドさの哀しい対比。
 という点が、それぞれ末長から解説されたとのことである。

 いずれにしても、盛況のうちに会が終了したとのことで、本当に何よりだ。
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by figarok492na | 2011-08-09 12:33 | その他

ヲホクチシュンスケ演奏会のご案内

 この間、企画関係でいろいろとお世話になっている京都リサーチパーク町家スタジオで、5月22日(日曜)にコンサートが開催されます。

 ピアノ、アコーディオン、さらにはトイピアノやピアニカを駆使して独特な音楽空間を生み出す大口俊輔さんと、ギタリストの田中庸介さんを迎えてお送りする「ヲホクチシュンスケ演奏会」がそれで、昭和初期に建てられた町家スタジオが大口さんと田中さんの奏でる演奏でどう彩られていくのか、本当に愉しみです。

 入場料は前売り当日ともに3千円で、開演は15時から(開場は14時)。

 詳細については、こちらをご覧ください。

 なお、前日21日(土曜)の13時と16時から、大山崎の聴竹居でも大口さんと田中さんの演奏会は予定されています。
 こちらもよろしくお願い申し上げます。

 お時間おありの方はぜひ!!
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by figarok492na | 2011-05-22 19:43 | その他

この間

 この間、体調を崩していました。
 仕事でお世話になっている方や、19日のチェルフィッチュ、今夜のフェデリコ・レオン両公演のご招待をキャンセルすることになったKYOTO EXPERIMENTの関係者の方をはじめ、多くの方にご迷惑をおかけしてしまいました。
 この場を借りて、深くお詫びを申し上げる次第です。
 なお、体調は未だ完全とはいえないため、更新が滞ることもあるかもしれませんが、その点何とぞご容赦下さいませ。
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by figarok492na | 2010-11-22 15:17 | その他

しばらくお休みします

 体調不良のため、日記の更新等、しばらくお休みします。
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by figarok492na | 2010-11-18 19:44 | その他

脈絡のない抜書き

 巷の流行にはとんと疎いくせに、自分が直接触れたものにはすぐさま影響されるというのが、当方の悪い癖。
 今日も今日とて、斎藤美奈子の書評集『本の本』<筑摩書房>を読んで、なんぞ自分の大好きな本について記してこましたろうとたくらむ始末。
 が、そこは筆力のない者のかなしさ、いっこうに納得のいく文章が思い浮かばない。
 と、言うことで考えついたのが、手垢がつくほど読み返し読み倒した愛読書の中から、好き勝手得手勝手に引用してみせるということ。
 まさしく、脈絡のない抜書きで、その点ご容赦ご寛容のほど。


>そんな気がするだけだよ……。
 われわれはいないんだ、この世にはなんにもありゃせんのだ、ただ存在しているような気がしてるだけなんだ……。
 どっちにしたって同じことだよ!<
(『チェーホフ全集』11<ちくま文庫>所収、『三人姉妹』第四幕、チェブトゥイキンの台詞より)


>作家の誠実さとは生き方なんかではない。生き方や態度や社会的発言の<誠実さ>は、とりあえず、疑ってみる必要がある。
 語りたいこととかある思い(フット・フェティシズムでもなんでもいい)を一つの幾何学的な物語に組み立てること、読者にあたえる効果を考えながらエピソードの順序を入れかえること、語り手をどうするか(一人称か三人称か)を考えること、伏線をフェアに張ること、眠る時間を削って何度も細部を考え、ノートを書きかえること  作家の誠実さとはそれしかない<
(小林信彦『小説世界のロビンソン』<新潮文庫>、第三十三章「作家の誠実さとはどういうものか」より)


>家でつくったホットケーキは、くずれたってうまけりゃいいじゃないか、自分がつくったことによって楽しむのであり、それを自分が食うことによって喜びを得、他人に食わせることによってもう一つの喜びを味わう。
 (中略)けれども、金を取って聞かせるのだったら、そうはいかない。ただ自分が楽しんでいるだけではいけない。くずれたホットケーキは売れないし、お砂糖が入り過ぎていても、ちょっと味がおかしくても売り物にならない。人に売るためには、プロとしての自負心と、それに耐え得る商品価値を身につけなければならない。
 そのためには、幾歳月の努力と精進が必要なのだ<
(山本直純『オーケストラがやって来た』<実業之日本社>、第3章「音楽家になるのはたいへんだ」より)


>自然、私自身のクリティシズムは、結局自己批判である。
 批判の対象をどんなものにとっても、帰するところは、頭を下げれば自分に頭を下げているのであり、唾を吐きかければ自分に吐きかけているのである<
(『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>所収、『「リットル・クリティックス」』より)


>批評家の名誉は、愛情や理解ではなく、容赦ない鋭利さ、つまり残酷さの中にこそあると私は考えている。ナイフの一閃で対象の急所をえぐって見せる、それが批評家ならではの最高の芸のはずである。
 (中略)私に言わせれば、「知り合いだから褒めていやがる」、これ以上に批評をおとしめる言葉はない。なぜなら、評論家は、寛大や親切や思いやりといった人間的な美徳を捨てることを出発点にしなければならないからである。それでは良心がうずいて仕方がないというのなら、批評など書いてはならない。
 善良な人向けの職業は他にいくらでもある<
(許光俊『問答無用のクラシック』<青弓社>所収、「大野和士の『エレクトラ』」より)


>芝居のコンヴェンションをマスターしていない劇作家のものは、難しくてつまらないものが多い。
 これに反して、コンヴェンションを会得している奴の作品は、ひどくマジメな作品でも、面白くなり、こちらに通ずるものがあり、引きつけられる<
(林達夫、久野収『思想のドラマトゥルギー』<平凡社ライブラリー>、十「演劇変相之図」より)


>オペラを楽しむのに、難しい理屈はいらない、とよくいわれます。
 おまえはどう思うか、と私はよくきかれます。
 私は、こう答えます。
 楽しいオペラを観ながら、それについてあれこれ理屈をこねるのが、いちばんすばらしい、と<
(林光さん『日本オペラの夢』<岩波新書>より)


>いかに革命に関する本を読み、革命について論じ、革命とともに生死をともにするようなふりをしてみたところで、しょせん、同情者は、同情者にすぎないのだ<
(『花田清輝評論集』<岩波文庫>所収、『美味救世』より)


>友情。信頼。私は、それを「徒党」の中に見たことが無い<
(太宰治『もの思う葦』<新潮文庫>所収、『徒党について』より)


>馬鹿につける薬はない。
 馬鹿は結局馬鹿なことしかしでかさない。
 迷惑するのは良識ある人々である。
 ここに言う馬鹿が誰のことを指しているかは、諸君の判断にお任せして、私からは言わないことにしておく<
(『林達夫評論集』<岩波文庫>所収、『鶏を飼う』より)


>日本国民は、今、初めて「戦争」を経験している。戦争は文化の母だとか、「百年戦争」だとかいって戦争を讃美してきたのは長いことだった。(中略)戦争は、そんなに遊山に行くようなものなのか。それを今、彼らは味わっているのだ。だが、それでも彼らが、ほんとに戦争に懲りるかどうかは疑問だ。(中略)彼らは第一、戦争は不可避なものだと考えている。第二に彼らは戦争の英雄的であることに酔う。第三に彼らに国際的知識がない。知識の欠乏は驚くべきものがある。
 当分は戦争を嫌う気持ちが起ころうから、その間に正しい教育をしなくてはならぬ。それから婦人の地位をあげることも必要だ<
(清沢洌『暗黒日記』<岩波文庫>、1945年1月1日条より)


>母性愛は人間的感情にほかならない。
 あらゆる感情と同様に、不安定で、もろく、不完全なものである。
 一般に浸透している考えとは反対に、おそらく母性愛は、女性の本性に深く刻みこまれているわけではない<
(エリザベート・バダンテール『母性という神話』<ちくま学芸文庫>より)
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by figarok492na | 2010-01-06 16:18 | その他

2010年の読書計画

 昨日、1月1日から『植草甚一日記』<晶文社>を読み始めたが、1945年という戦時下、それも敗戦直前という末期的状況下で、それでもなお(いや、だからこそか)、日々本を買い求め、本を読みふける植草さんの姿には、それが淡々とした筆致で記されているだけに、強く心を動かされる。
 ひるがえって、僕自身を省みるに、同じ本好きは本好きだけれど、植草甚一ほどには徹底できていないというか、本好きのディレッタント、本好きのアマチュアにとどまっているような気がしないでもない。
 まあそこには、植草さんの如く日々本を買い求めるだけの余裕がない、つまるところ恒常的な資金難があるのではあるけれど。
(「もっと働かんかい!」、と呼ぶ声あり。へへえ…)

 で、本好き本の道の達人からは邪道とそしられるかもしれないが、僕の読書体験の中で図書館所蔵の本がどんどんだんだん比重を増してくる。
 特に、昨年2009年などは、図書館で借りた本が、読了書籍の8割以上を占めるという結果となってしまった。
 まさしく図書館様様。
 そして、今年も同じく、図書館所蔵の本をどしどしぞくぞく読んでいこうとたくらんでいる。
(だいいち、『植草甚一日記』だって、図書館で借りた本だしね)

 まず、文藝評論関係の全集選集類では、長谷川如是閑全集<岩波書店>、林達夫著作集<平凡社>、花田清輝全集<講談社>のそろい踏み。
 まさしく、この国の知の系譜の一つをたどる選択だ。
 逆に、『新輯内田百閒全集』<福武書店>は、理屈もへったくれもない、ただただ読みたい触れたい目を通したいという想いからの選択である。
 ほかに、中野好夫集<筑摩書房>や中野重治全集<同>も押さえておきたいと思う。

 続いて、戯曲シナリオ関係では、『岸田國士全集』<岩波書店>、『山中貞雄作品集』<実業之日本社>、『井上ひさし全芝居』<新潮社>、『ニール・サイモン戯曲集』<早川書房>はぜひ。
 ニール・サイモンでは、自らの来し方を綴った『書いては書き直し』<早川書房>も落とせない。
 あと、日本の演劇史を振り返るという意味で、大笹吉雄の『日本現代演劇史』<白水社>も余裕があれば。

 一方、今さら日本の近現代史の研究者になるつもりなど毛頭ないが、この国がどうして無謀な戦争に突入してしまったのか、ということについては、やはりどうしても興味がある。
 この国がどうして無謀な戦争に突入してしまったのか?
 その疑問を解く鍵の一つに、当時の為政者たちの思考や行動を改めて確認する作業があるのではないか、というのが僕自身の今現在の判断で、『木戸幸一日記』≪東京大学出版会>をはじめ、『宇垣一成日記』<みすず書房>、『高松宮日記』<中央公論社>、『牧野伸顕日記』<同>、『有馬頼寧日記』<山川出版社>など、徐々にあたっていくつもりだ。
(そうそう、多少意味は異なるが『古川ロッパ昭和日記』<晶文社>も読んでいきたいんだった)

 てか、こういうことをくだくだくどくど記していく前に、まずは実践あるのみじゃないか。
 さあ、読むぞ!
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by figarok492na | 2010-01-02 13:40 | その他