<   2006年 01月 ( 35 )   > この月の画像一覧

一日一枚 67:桜の時

 ☆『桜の時』
  aiko
  <ポニーキャニオン>PCCA−0413

 たまには、クラシック音楽以外のCDを聴くことにする。

 「めっちゃいい歌歌ってて、めっちゃおしゃべりが面白くて、めっちゃちっちゃい女の子がいる」
 という女友だちの言葉を聴いてから、もう7、8年が経つんじゃないだろうか。
 その時は、へえそうなんや、ぐらいにしか思っていなかったが、そのうちそのaikoがオールナイトニッポンコムのパーソナリティーをつとめるようになってから、急激にツボにはまってしまった。
 「ぬるコム」という通称そのままの、ぬっるいおしゃべりや番組構成も悪くなかったが、彼女のしごくまっとうな「恋の話」に惹き付けられたのが大きかったのである。
 で、そんなしごくまっとうさがストレートに表現された、aikoの歌も大好きになったのだ。

 この『桜の時』は、まさに僕のaikoブーム第一波到来の最中に購入したCDだけれど、何度繰り返して耳にしたことか。
 ヒット曲『桜の時』やジャジーな『アイツを振り向かせる方法』もいいが、個人的には、70年代から80年代初めの雰囲気がぽわぷわとする『more & more』が一番だと思う。
(aikoの曲の中では、この曲が一番好きで、二番目が『前ならえ』。正直言って、この2曲は、クラシック音楽を含めた全ての音楽の中でも手足20本の指の中に入る大好きな曲だ)

 誰にでもお薦めはできないかもしれないけれど、このCDが好きな人とは親しくしたいと思ったりはする。

 本当は、aikoと大塚愛の比較を詳しくやってみようかと思ったのだが、以前本家CLACLA日記に書いたことがあるので省略することにする。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-31 13:39 | 一日一枚

一日一枚 66

 ☆モーツァルト:交響曲第32番、第35番「ハフナー」、第36番「リンツ」
  ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
  <PHILIPS>422 419−2

 モーツァルトの交響曲第32番、第35番「ハフナー」、第36番「リンツ」の入ったCDを聴く。
 もともとオペラか何かの序曲だったらしい32番は置くとして、ハフナーやリンツは、モーツァルトの交響曲の作曲技巧が進化した結果…、などとそれらしいことを書くのはやめにする。
 ともに、「祝祭的」な表情の強い作品で、聴いていて本当に心がうきうきしてくるような音楽である。
(緩徐楽章ばかりか、リンツの第1楽章にも、時折ふっと「陰」のような部分が見え隠れしたりはするのだが)
 ガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツは、適確適切な演奏を行なっている。
 例えば、ハフナーの第4楽章(『後宮からの逃走』のオスミンのアリアと深く関係している)など、もっとあざとくやってもらったほうが嬉しいのだけれど、これはこれでしっかりした楽曲解釈だとも思う。
 音楽をよく識るという意味では、ぴったりの一枚だ。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-29 12:25 | 一日一枚

一日一枚 65

 ☆モーツァルト:戴冠式ミサ曲K.317、ミサ・ソレムニスK.337
  パトリシア・クヴェッラ(ソプラノ)
  クリストフ・プレガルディエン(テノール)
  ペーター・ノイマン指揮コレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団

 モーツァルトのミサ曲が2曲入ったCDを聴く。
 戴冠式ミサ曲だけが戴冠式のミサ曲ではなかった云々かんぬんという逸話は、この際どうでもいい。
 まずは、この2つのミサ曲の、活き活きとして伸びやかで美しさにあふれた音楽を、心から讃えたい。
 そして、そうした2つのミサ曲の魅力を充分に表現し尽くした、ペーター・ノイマンとアンサンブル、ケルン室内合唱団、独唱陣も、同様に讃えたい。
(『フィガロの結婚』の伯爵夫人のアリアとそっくりな、戴冠式ミサ曲のアニュス・デイにおけるクヴェッラの清澄な歌声一つとってみても、この録音の素晴らしさがわかると思う)
 ミサ曲の途中に、「教会ソナタ」(室内オルガンが活躍する、小さな協奏曲風の作品)が挟まれているのも、嬉しいかぎり。
 大大大大大推薦の一枚である。

 なお、ペーター・ノイマンとコレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団は、今年の「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」に参加する予定である。
 ぜひ、お聴き逃しなきように!
(関西では公演を行なわないのだろうか?)
[PR]
by figarok492na | 2006-01-28 12:58 | 一日一枚

一日一枚 64:ボニーの歌うモーツァルト

 ☆モーツァルト:歌曲集(22曲)
  バーバラ・ボニー(ソプラノ)
  ジェフリー・パーソンズ(ピアノ)
  <TELDEC>2292−46334−2

 モーツァルトの歌曲集のCDを聴く。
 1990年というから、今から15年以上も前の録音になるが、まだまだ輝きを失っていない一枚だと思う。
 まず、何と言ってもバーバラ・ボニーの歌唱が素晴らしい。
 透明感があってみずみずしい歌声はもちろんのこと、テキストの読み込みも一曲一曲丁寧かつ深いもので、最後まで聴き飽きることがない。
 『すみれ』や『自由の歌』における素朴で明晰な表現は秀逸だし、『春』や『子供の遊び』の飛び跳ねるような感情の表れや、『男たちはつまみ食いをしたがる』でのコケティッシュでチャーミングな歌いぶりも、見事という他ない。
 そして、こうしたボニーの歌唱をしっかりと支えているのが、パーソンズのピアノ伴奏である。
 何度も何度も繰り返して聴きたくなるCDだ。
 現在は、国内盤も1000円程度の廉価盤として発売されている。
 声を大にしてお薦めしたい一枚!

 なお、バーバラ・ボニーが最近録音した、モーツァルトの息子フランツ・クサーヴァーの歌曲集のCDに関しては、こちら、本家CLACLA日記をご参照のほど。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-27 14:58 | 一日一枚

一日一枚 63

 ☆ブラームス:交響曲第2番、ハイドンの主題による変奏曲
  ヴォルグガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィル
  <EMI>CDC7 54059 2

 ハイドンのめぼしいCDもあらかた出尽くしたので、今日から「通常営業」に戻る。
 で、今回は、ブラームスの交響曲第2番とハイドンの主題による変奏曲が入ったCDを選んだ。
 ブラームスの、と言うより、全ての交響曲の中で、僕がもっとも好きな作品が、実はこの交響曲第2番なのである。
 ところどころぎくしゃくとした感じはあるものの、この曲ののびやかな表情に惹きつけられるのだ。
 LP時代は、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏<ドイツ・グラモフォン・レーベル>を、CD初期には、ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏<オーヴァーシーズ・レーベル>を愛聴していたが、それから後は、「これぞ!」というCDとは巡り合えなかった。
(カラヤン指揮ベルリン・フィルの最後の録音は押し付けがましく、アバド指揮ベルリン・フィルの2度目の録音も今一つだった。今、手元にはアーノンクール指揮ベルリン・フィルの全集もあって、第2番もなかなか「面白い」演奏なのだけれど、僕がこの曲に抱いているイメージとは微妙にずれている)
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィルとのCDは、東京の中古ショップで600円程度で手に入れたもので、はっきり言って、満足している演奏ではない。
 ロンドン・フィルは達者だし、サヴァリッシュの指揮も作品の持つ魅力を適確に押さえてはいるのだが。
 何かが足りないのだ。
(CDとして繰り返し聴く分には、全く問題ないとはいえ)
 一方、ハイドンの主題による変奏曲は、サヴァリッシュの美質が一層発揮された演奏なのではなかろうか。
 こちらは、充分に納得のいく演奏である。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-26 13:30 | 一日一枚

一日一枚 62

 ☆ハイドン:弦楽4重奏曲第81番、第82番、第83番他
  ラルキブデッリ
  <SONY>SK62731

 ハイドンの最後の弦楽4重奏曲を集めた一枚。
 円熟という言葉がぴったり。
 とは、単純に言い切れないほど意欲的な作品が並んでいる。
 もちろん、ハイドンの弦楽4重奏曲の作曲技法に関する「総決算」であることは言うまでもないのだけれど、構成や楽器の使用方法など、古典派の枠を超えて、さらに次の時代を切り開くかのような大胆な書方が、そこここに仕掛けられているのである。
(これ見よがし、ではないところがハイドンらしいのだけれど)
 ラルキブデッリは、一つ一つの作品を丁寧に、かつ重々しくない親密さで演奏しきっていて、全く不満がない。
 ラルキブデッリには、第75番から第80番の、いわゆるエルデーディ・セットも録音してもらいたかった。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-25 12:00 | 一日一枚

一日一枚 61

 ☆ハイドン:ホルンのための作品集
  アブ・コスター(ナチュラル・ホルン)
  ラルキブデッリ他
  <SONY>SK68253

 ハイドン・シリーズ。
 今回は、ホルンのための作品を集めたCDを選ぶ。
(協奏曲をはじめ、カッサシオ、ディヴェルティメントといった、独奏や2本、4本のホルンと弦楽器のための作品が収められている)
 まずは、何と言ってもアブ・コスターのナチュラル・ホルン独奏が強く印象に残る。
 モダン楽器に慣れた耳には、如何にも寸詰まり、ならぬ鼻づまりっぽい音に聴こえてしまうかもしれないが、暖かみがあって素朴なナチュラル・ホルンの響きは、やはり僕には魅力的に感じられる。
 また、ラルキブデッリの面々も、達者と呼ぶ他ない演奏で、コスターをしっかり支えている。
 派手さには欠ける選曲だが、音楽を愉しむという意味では、全く問題がない一枚。
 中古で、税込み1200円程度までなら、文句なくお薦めである。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-24 15:27 | 一日一枚

一日一枚 60

 ☆ハイドン:ナポリ王のための8つのノットゥルナ
  モッツァフィアート&ラルキブデッリ
  <SONY>SK62878

 今日は、ハイドンが作曲した作品の中でも、めったに聴かれることのない『ナポリ王のための8つのノットゥルナ』を聴くことにする。
 本来は、リラ・オルガニザータという特殊な楽器のために書かれた作品なのだけれど、このCDでは、フルートとオーボエによって演奏されている。
(フルートとオーボエは各1。他に、クラリネットとホルンが各2、弦楽器による演奏である)
 明るくて耳馴染みのよい旋律にあふれているし、管楽器と弦楽器の絡み合いも実に見事で、聴いていて本当に心地がよい。
 ピリオド楽器の名手が揃ったモッツァフィアート(管のアンサンブル)とラルキブデッリ(弦のアンサンブル)の演奏は、「珍曲だから演奏しました」的なのりとは全く無縁で、とても「音楽的」。
 一粒で何度も美味しいCDである。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-23 12:57 | 一日一枚

一日一枚 59:ノリントンのハイドン

 ☆ハイドン:交響曲第101番「時計」、第102番
  ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ
  <EMI>CDC5 55111 2

 今回は、ハイドンがイギリス滞在中のコンサートのために作曲した、いわゆるザロモン・セットと呼ばれる一連の交響曲の中から、おなじみ第101番の「時計」と第102番の入ったCDを聴く。
 楽器が多い(オーケストラ編成が大きい)ということに加え、ハイドン自身の作曲技巧が成熟しきったということもあって、構えの大きい、シンフォニックな音楽だと、まずは思う。
(グランド・マナーというのか、ユーモアのセンスも非常に洗練されているのではないか)
 2曲とも、ハイドンが「交響曲という概念を確固としたものにした」という言葉が大いに納得できる、見事なつくりの交響曲になっている。
 ノリントンとかつての手兵ロンドン・クラシカル・プレイヤーズは、独特なフレーズ処理や楽器の鳴らし方(特に、金管楽器の)によって、ハイドンの音楽の持つ濃淡の細かさや含みの多さも明らかにしていて、実に興味深い。
 聴き応え充分なCDだ。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-21 12:36 | 一日一枚

一日一枚 58

 ☆ハイドン:交響曲第45番「告別」、第46番、第47番
  ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジーク
  <SONY>SK53986

 ハイドン・シリーズは続く。
 今回は、ヴァイルとターフェルムジークのコンビによる、交響曲第45番「告別」、第46番、第47番を聴く。
 パリ・セットのような「落ち着き」にはいくぶん欠けるものの、それを補って余りあるエネルギーがこの3曲には感じられる。
 早くウィーンに帰りたい、という楽員たちの願いに応じて、だんだん演奏者が減っていく終楽章(それで、御主人のエステルハージ侯に察してもらおうという魂胆)で有名な第45番「告別」は、しかし、第1楽章の「劇性」、「焦燥感」の発露も聴きものである。
 また、第46番、第47番という長調の作品のそこここに潜んでいる「陰」の部分も、ハイドンの音楽の幅の広さを示しているのではないか。
 ヴァイル指揮のターフェルムジークの演奏には、皆で音楽を創り上げていくという親密な感じがよく表れていて、非常に好感が持てる。
 何度でも愉しむことのできるCD。
 大いにお薦めしたい。
[PR]
by figarok492na | 2006-01-20 13:23 | 一日一枚