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こりゃ懐かしい

 今日は、フジパンのあげパン(あん)を食べた。
 近所のジャスコで、20パーセント引き、税込み79円になっていたため。
 小倉あんをあげパンで挟んだ菓子パンで、少々油っぽくはあったものの、昔懐かしい味を楽しむことができたし、腹応えも充分にあった。
 ごちそうさま!
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by figarok492na | 2006-03-31 22:00 | 狂甘糖糖員の記録

一日一枚 119:トランペットを入れないオネゲルなんて

 ☆オネゲル:交響曲第2番他
  デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
  <DECCA>455 352−2

 クリープを入れないコーヒーなんて、てな惹句のついたテレビ・コマーシャルがあった。
 確か、今は亡き芦田伸介が、あの渋い面持ちに似合わずコーヒーにクリープを入れて啜る、といった内容ではなかったろうか。
 さしづめ、これがオネゲルの交響曲第2番の場合だと、トランペットを入れないオネゲルの交響曲第2番なんて、ということになるだろう。
 第2次世界大戦下の非常にシリアスな状況の中で作曲されたこの交響曲は、全3楽章のうち、その大部分が緊張感と圧迫感を伴った音楽によって支配されている。
 それが、ようやく終盤にいたり、トランペットのソロが奏でるコラール的な旋律によって解き放たれるのである。
 作曲者は、このトランペット・ソロを一応「アド・リピドゥム」(ご随意に)と指示しているのだけれど、これだけ効果を発揮するのだもの、トランペットを入れない手はない。
 てか、入れよ!*
 で、もちろんこの録音でも、きちんとトランペットのソロは加えられている。
 ただし、俺が我がのパアパアパアといったこれみよがし感はなく、それまでの作品との関係をよく踏まえたソロになっているとも、僕は思う。
 なお、このCDには他に、交響的運動第2『ラグビー』、同第3、『モノパルティータ』、『夏の牧歌』、交響的運動第1『パシフィック231』(パシフィック231は、蒸気機関車の名前)という、オネゲルの代表的な管弦楽曲が収められているが、ジンマンとチューリヒ・トーンハレ管弦楽団のコンビは、各々の作品の持つ性格(躍動感、運動性など)を活かしつつも、抑制の効いたクリアで見通しのよい音楽づくりを行なっていて、とても好感が持てる。
 単純に「聴きやすい」とは言えない種類の音楽だけれど、オーケストラ好きな方にはぜひご一聴をお薦めしたい一枚だ。
(その際は、『夏の牧歌』の静謐な世界からお楽しみいただければ、と思う)

 *以前、NHK・FMで放送されたミシェル・プラッソン指揮トゥールーズ・キャピトル管弦楽団の録音には、何とトランペットが入っていなかった。
 指揮者の解釈と言われればそれまでだが、トゥールーズ・キャピトル管弦楽団は弦楽オーケストラじゃないんだから、もちょっと融通はきかなかったんかい、と思ってしまった。
(もう一言付け加えるならば、よりにもよってこの録音を選んで放送した、番組制作者のセンスのなさにもうんざりする)
 クリープを入れなくても、コーヒーは美味しく飲めるだろうが、トランペットを入れないオネゲルの交響曲第2番なんて、ただのすかたんだ。
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by figarok492na | 2006-03-31 12:24 | 一日一枚

ばななのホットケーキ

 今日は、あわしま堂の『ばななホットケーキ』を食べる。
 近所のジャスコで、20パーセント引き、税込み48円だったため。
 バナナの風味が素朴な質感のホットケーキとよく合って、どこか懐かしい味わいを生み出しているし、食べ応えもしっかりとある。
 税込み48円ならば、大いに満足のいく美味しさだ。
 ごちそうさま!
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by figarok492na | 2006-03-30 21:20 | 狂甘糖糖員の記録

一日一枚 118:謎

 ☆エルガー:エニグマ変奏曲他
  ジョン・エリオット・ガーディナー指揮ウィーン・フィル
  <DG/ドイツ・グラモフォン>463 265−2

 ウィーン・フィルのCD録音を続けて聴く。
 今回は、ジョン・エリオット・ガーディナーの指揮による、エルガーの管弦楽曲集を選んだ。
 創作主題による変奏曲『謎』(エニグマ変奏曲)の他、序曲『南国にて』、序奏とアレグロ(クール・カルテットの共演)、『ソスピーリ』の計4曲が収められているが、ガーディナーとウィーン・フィルは大柄でシンフォニックな演奏を行なっていて、エルガーがドイツの後期ロマン派から受けた影響が、はっきりと表現されていると思う。
(少々堂々としすぎやしないか、と感じてしまったほど)
 録音も非常にクリアだし、エルガーの管弦楽曲に親しみたいという方には、安心してお薦めできる一枚だろう。
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by figarok492na | 2006-03-30 13:35 | 一日一枚

一日一枚 117:シュトラウスの協奏曲集

 ☆リヒャルト・シュトラウス:管楽器のための協奏曲集
  アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィル他
  <DG/ドイツ・グラモフォン>453 483−2

 父フランツが名うてのホルン奏者であったこともあって、リヒャルト・シュトラウスが管楽器の扱いに長けていたことは、すでにこの『一日一枚』の中でも記したことがある。
 今回は、そうしたリヒャルト・シュトラウスの管楽器の扱いの巧みさが十二分に発揮された、管楽器のための協奏曲を集めたCDを聴くことにした。
 初期のホルン協奏曲第1番(ラース・ミヒャエル・ストランスキー。以下カッコ内は、独奏者)と晩年の第2番(ロナルド・ヤネチク)、オーボエ協奏曲(マーティン・ガブリエル)、クラリネットとファゴットのための二重小協奏曲(ペーター・シュミードルとミヒャエル・ヴェルバ)、のいずれもが、楽器の特性をよく活かした、軽快で愉悦的で、時にリリカルな作品に仕上がっている。
 ウィーン・フィルのメンバーによるソロは、派手さには欠けるものの、統一性があって作品の持つ世界観によく合っているし、アンドレ・プレヴィンとウィーン・フィルによる伴奏も、インティメートで好感が持てる。
 リヒャルト・シュトラウスと管楽器とウィーン・フィルを同時に楽しむことのできる、一粒で三度も美味しい一枚だ。
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by figarok492na | 2006-03-29 13:53 | 一日一枚

一日一枚 116:モーツァルトのホルン協奏曲

 ☆モーツァルト:ホルン協奏曲集
  ズデニェク・ティルシャル(ホルン)
  ズデニェク・コシュラー指揮チェコ・フィル室内合奏団
  <ポニー・キャニオン>PCCL−00224

 モーツァルト・イヤーだから、ということもないが、モーツァルトのホルン協奏曲のCDを聴く。
 モーツァルトのホルン協奏曲のあらまし、成立事情については、諸々のCDの解説をご覧いただきたい。
(「まともな」CDならば、そこらへんのことはきちんと触れてあるはずだから)
 伸びやかで美しくって、聴いててほっこりしたり、はんなりしたり、ほんわりしたり、うきうきしたり、とまさに言うことなしの音楽だと、僕は思う。
 チェコの名手ズデニェク・ティルシャルのホルン独奏は、暖かくって大らかで、テクニック的にも抜群で、いわゆるモダン楽器による録音中でも屈指の名演になっているのではなかろうか。
 今は亡きコシュラーとチェコ・フィルのピックアップメンバーによる伴奏も、きびきびとした音楽づくりでティルシャルを支えきっている。
 とても愉しい、とびきりの一枚だ。
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by figarok492na | 2006-03-28 14:29 | 一日一枚

立ち食いしたドーナツ

 夕方、西院まで散歩に出かけた時におなかが空いたので、ミスター・ドーナツでココナッツチョコレート(ドーナツ)を1個だけ買って立ち食いした。
 しっとりとしたチョコドーナツとココナッツの食感が非常によく、実に美味しかった。
 たまには、ドーナツの立ち食いもいいものだ。
 ごちそうさま!
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by figarok492na | 2006-03-27 20:56 | 狂甘糖糖員の記録

一日一枚はお休み

 今日は、昨日購入した大木正夫の『日本狂詩曲』と交響曲第5番「ヒロシマ」の入ったCD<NAXOSレーベル>を聴いているので、一日一枚のほうはお休みします。
 悪しからず。
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by figarok492na | 2006-03-27 14:33 | 一日一枚

一日一枚 115:ガーディナーのジュピター交響曲

 ☆モーツァルト:交響曲第40番、第41番「ジュピター」
  ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
  <PHILIPS>426 315−2

 重ねて交響曲の名曲を。
 今回は、モーツァルトの交響曲第40番と第41番「ジュピター」の入ったCDを聴く。
 モーツァルトの交響曲第40番と第41番「ジュピター」は、彼の最晩年を飾るに相応しい傑作であるとともに、もしもモーツァルトがその後も生きていたら、と強く思わせる内容を持った作品でもある。
 まあ、これ以上くどくどと言葉を重ねる必要もあるまい。
 ただ、聴いてみて下さい、と言う他ない。
 アーノンクールやコープマン、ブリュッヘンといった指揮者に比べると、ガーディナーは穏当な解釈を行なっているので、ピリオド楽器のオーケストラ入門という意味でも、最適な一枚かもしれない。
(いや、やっぱり「過激」な解釈に触れることのほうが、一番の入門かな?)

 なお、ガーディナー盤は、「前回」のモーツァルト・イヤーを記念して録音されたものだが、「今回」のモーツァルト・イヤーには、マルク・ミンコフスキとルーヴル宮音楽隊による同じカップリング(第40番と第41番のシンフォニー)のCDが発売される予定である。
 どのような演奏になっているか、気になるところだ。
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by figarok492na | 2006-03-26 13:14 | 一日一枚

一日一枚 114:チャイコフスキーの第5番

 ☆チャイコフスキー:交響曲第5番、交響的バラード『ヴォエヴォーダ』
  クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団
  <CBS>MK42094

 10年以上も前のケルン滞在中に、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団(ケルン市立歌劇場のオーケストラ)のヴィオラ奏者瀬尾麗さんのご厚意で、チャイコフスキーの『エフゲニ・オネーギン』のゲネプロを観せていただいたことがあった。
 それまでにも、CDなどでは耳にしたことがあったのだけれど、直接舞台に触れてみて、チャイコフスキーの劇場感覚の豊かさがよりはっきりと理解できたような気がした。
 そして、チャイコフスキーの器楽作品、特にオーケストラのための作品が、劇場用の作品と密接に結びついていることも確認できたような気がした。

 今回、チャイコフスキーの交響曲第5番のCDを聴きながら、ふとそんなことを思い出した。
 もはや、あれこれと並べ立てる必要もないことだけれど、チャイコフスキーの交響曲第5番は、冒頭の「運命」のテーマがあれこれと変容していく、という構成から、ベートーヴェンの同じ番号の交響曲(いわゆる「運命」)との関係を指摘することができる。
 それとともに、作曲者自身が「嘘臭い」と評した終楽章も当然含めて、全曲が音楽的な「ドラマ」として組み立てられていることも、指摘することができるだろう。
 まさしく、チャイコフスキーの劇場感覚が明瞭に表された交響曲といえる。
 クラウディオ・アバド指揮のシカゴ交響楽団は、作品の持つそうした性格を適確に押さえた上で、クリアでシャープな演奏を行なっている。
 音楽的な「深み」には、少々欠けるのかもしれないが、繰り返し聴くという意味では、よくできた録音なのではないか。
 カップリングの『ヴォエヴォーダ』も、チャイコフスキーの劇場感覚が十二分に発揮された作品で、もっと親しまれてもよいと僕は思う。
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by figarok492na | 2006-03-25 14:38 | 一日一枚