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パーヴォ・ヤルヴィのベートーヴェン(CDレビュー)

 ☆ベートーヴェン:交響曲第4番、第7番
  パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマー・フィル
  2004年〜2006年録音
  <RCA>88697 129332


 パーヴォ・ヤルヴィと手兵ドイツ・カンマー・フィルがすすめているベートーヴェンの交響曲全集から、その第二段、第4番と第7番のCDを聴く。

 基本的にはピリオド奏法を援用した、非常に見通しのよい演奏だが、同じ流儀のジンマン&チューリヒ・トーンハレ管弦楽団がどこか「静的」な雰囲気を漂わせていたのに対し、こちらはエネルギッシュで活き活きとした「動的」な音楽づくりが行われていると思う。
 特に、両曲の両端楽章には、そうした音楽づくりがひときわぴたりと決まっているのではないか。

 録音の良さもあって、何度も繰り返し愉しむのに相応しい一枚。
 大いにお薦めしたい。
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by figarok492na | 2007-10-26 16:01 | クラシック音楽

若さあふれるシューマンとブラームス(CDレビュー)

 ☆シューマン、ブラームス:ピアノ5重奏曲
  レイフ・オーヴェ・アンスネス(ピアノ)
  アルテミス・カルテット
  2006年
  <Virgin>VC3951432

 ノルウェー出身のピアニスト、レイフ・オーヴェ・アンスネスと、ドイツの新鋭弦楽4重奏団、アルテミス・カルテットによる、シューマンとブラームスのピアノ5重奏曲のCDを聴く。

 一聴、若々しくって躍動感があって、とても胸踊る演奏だと感じる。

 第1楽章冒頭の華やかや元気さが印象的なシューマンはもちろんのこと、あのどうにも陰々滅々としたブラームスでさえ、何度聴いても「いいーっ」となることがない。
(もちろん、その「いいーっ」となってしまうところが、ブラームスの室内楽の魅力の一つであることは百も承知しているが)

 と言って、力任せ腕任せのごりごりぐいぐいというやり方をアンスネスとアルテミス・カルテットがとっている訳ではなく、テンポ設定の他、いわゆるフレーズの処理等々、彼彼女らの歯切れのよい音楽づくりがそう感じさせるのだと思う。

 また、両曲の第2楽章においても、抑制がきいていることによって、かえって各々の作品の持つ抒情性が巧く表されているのではないだろうか。

 特にブラームスの場合、もっとどっしりとしたりゆったりとした演奏を好まれるむきもあるだろうが、今の僕には、このアンスネスとアルテミス・カルテットの若さあふれる演奏がしっくりとくる気がする。
 どちらかと言えば、シューマンやブラームスの室内楽は苦手という方にも強くお薦めしたい一枚だ。
 録音も非常にクリアである。
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by figarok492na | 2007-10-24 15:32 | クラシック音楽

cryptograph(暗号器官)再考

 松田正隆さん作・演出、マレビトの会の『cryptograph』に関し、ある人から、どうして松田さんはcryptographに「暗号器官」などとルビを振ってしまったのか? と質問された。
 その時は、まだ相手が公演を観ていなかったので詳述するのを控えていたのだけれど、今日で京都公演も終わったということもあり、改めて自分なりの考えを記しておこうと思う。

 cryptograph−クリプトグラフに、何ゆえ「暗号器官」などというルビが振られたか?
 それは、マレビトの会の第1回目の作品『島式振動器官』との兼ね合いからそうされたのだろう、とまずは答えることができるだろう。

 だが、それだけでは何ゆえこうも「器官」が強調されるのかはわからない。
 僕は松田正隆さんではないから、本当は松田さん自身に聴いてみなければわからないのだが、この「器官」という言葉があえて使用されたのには、ヴァルター・ベンヤミンの「(弁証法的思考は)歴史的覚醒の器官である」という言葉が密接に関係しているのではないかと、僕には思われてならない。
(そしてそれは、今回の『cryptograph』で「都市」が主要なモティーフとなっている理由をも想起させる)

 ただし、松田正隆さんのこれまでの演劇的経験を考えた上で、ベンヤミンと松田さんとの間に、佐藤信さんという媒介を置くこともまた可能かもしれない。
 なぜなら、佐藤さんこそ、その有名な『喜劇昭和の世界』三部作の第2巻『キネマの怪人』の冒頭に、先述した「歴史的覚醒の器官」という言葉を引用しているからである。
(佐藤さんを媒介とすることで、『cryptograph』が単なるカウパー団の模写を含んでいるというだけではなく、佐藤さんの『阿部定の犬』の写し絵であると類推することも可能だろう。さらに「写真」というモティーフから、『パライゾ・ノート』との共通性すらもうかがえる)

 そして、佐藤信さんが『阿部定の犬』において、クルト・ヴァイルの音楽(ベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』のための)を引用している点でも、明らかに『cryptograph』は結びつく。
(『cryptograph』で効果的に使用されていたヴァイルの「アラバマ・ソング」は、ブレヒトとの共同作業『マハゴニー/マハゴニー「市」の興亡』のために作曲されたものだ)

 また、このように考えることによって、『cryptograph』の持つワイマル時代的な雰囲気、傾向の理由も明らかになってくるのではないだろうか。

 加えて、時に「剽窃」まがいの引用転用模写模倣を辞さないという点では、ブレヒトやヴァイル、佐藤さん、さらには佐藤さんとも深いつながりにあり、ブレヒトやヴァイルから強い影響を受けた作曲家の林光さんと、松田正隆さんも同じ土壌にあると言えるだろう。
 ただ、ブレヒト以下の人たちが、あくまでも「夢みながら覚醒を目指して進む」ため、言い換えれば、現実の諸状況を鋭く浮き彫りにし、変革するための一つの道具として、そうした引用転用模写模倣を行ったのに対し、松田さんの真意は置くとして、この『cryptograph』は、かえって現実を隠蔽してしまうおそれがないとも言えまい。

 *以上は、あくまでも僕のいつもの「ラッパ」であって、事の「真実」とは全く言い切れません。
 それと、以上を記すに際して、扇田昭彦さんの『日本の現代演劇』<岩波新書>を参考としました。

 なお、上述したこととどこかで関わってくるかもしれないが、今回の『cryptograph』の演者陣が何らかの形で作品(テキスト等)と自らの齟齬を努力すれば努力するほど明示してしまった中で(特に、武田暁さんと山本麻貴さん)、どうして牛尾千聖さんだけが、ああも作品世界に没入できたかがわかるような気が僕にはした。
(これは、演技の上手下手とは異なる次元の問題だ)
 もちろん、彼女が、佐藤信さんの演劇に対する姿勢、のみならず演劇そのものに対し違和感を抱き続け、ついには『上海バンスキング』にたどり着いた吉田日出子や、超一流の演劇人と切磋琢磨することで、ついにはブレヒトの「肝っ玉母さん」までも演じてしまった大竹しのぶのように成りうるかは、残念ながら、今の僕には予測できない。
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by figarok492na | 2007-10-22 21:57 | その他

横綱相撲のショスタコーヴィチ(CDレビュー)

 ☆ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番、ピアノ5重奏曲他
  マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
  セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット)
  アレクサンデル・ヴェデルニコフ指揮スイス・イタリア管弦楽団他
  <EMI>5 04504 2


 時節柄、相撲のすの字も口にしたくないところだけれど、マルタ・アルゲリッチを中心にしたこのショスタコーヴィチ・アルバムは、相撲も相撲、まさしく横綱相撲に徹した一枚だと思う。
 と言っても、大味でぶくぶくぶくぶく肥え太った重量級戦車大進軍といった類いの野蛮なやり口とは毛頭違う。
 切れ味鋭くて、時にスリリングで、それでも最後は堂々と押し切ってしまうという胸のすくような演奏なのだ。

 まずは、何と言ってもピアノ協奏曲第1番が面白い。
 アルゲリッチ自身の旧録音<DG>や手元にあるエリザベート・レオンスカヤ盤<TELDEC>に比べると、いわゆる「完成度」という点ではいくぶん不足するものの、ライヴ録音(ただし、何箇所かつないであるような気がしないでもない)ならではの生々しさ、活き活きとした感覚には、やはり魅了される。
(ケルン滞在中、アルゲリッチの弾くバルトークのコンチェルトを生で聴いたことがあるが、その時のことをすぐに思い出した)
 言わずもがなだが、ナカリャコフのトランペットも「聴きもの」だし、スイス・イタリア管弦楽団も、このオーケストラにしては「大健闘」以上の出来なのではないか。

 また、ルノー・カプソンやミッシャ・マイスキーらと演奏したピアノ5重奏曲も、これまたレオンスカヤ&ボロディン・カルテット盤<TELDEC>と比すると安定感には若干欠けるとはいえ、演奏の若々しさ、音楽の放つエネルギーという意味では、充分魅力魅力的だと評することができる。

 さらに、リリヤ・ジルベルシテインと弾いた2台のピアノのためのコンチェルティーノも、愉しい「インテルメッツォ」になっていて、素直に嬉しい。

 録音も非常に優れており、アルゲリッチ・ファンならずともお薦めしたい一枚だ。
(なお、3曲とも、2006年のルガーノ・フェスティヴァル、マルタ・アルゲリッチ・プロジェクトにおけるライヴ録音である)
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by figarok492na | 2007-10-12 15:25 | クラシック音楽

気軽にドヴォ6(CDレビュー)

 ☆ドヴォルザーク:交響曲第6番、チェコ組曲
  イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送交響楽団
  2001年録音
  <ARTE NOVA>74321 91054 2

 先日購入した、イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送交響楽団の演奏による、ドヴォルザークの交響曲第6番とチェコ組曲のCDを聴く。

 ドヴォルザークの交響曲第6番、特にその第1楽章は、僕の大好きな音楽の一つで、チョン・ミュンフン指揮ウィーン・フィルの録音<ドイツ・グラモフォン>を愛聴しているのだけれど、あちらがメジャーレーベルの「大名演」であるならば、こちらはバジェットプライスレーベルなりの、気軽に親しむことのできる一枚と評することができるのではないか。

 確かに、全体的に前のめり気味であるとか、力こぶが入り過ぎ気味であるとか、いちゃもんをつけようと思えばいくらでもつけることはできるだろうが、そうした点が作品の持つ性質をうまく表していることも事実だし、スロヴァキア放送交響楽団(ナクソス・レーベルでおなじみ)の出来だってそれほど悪くない。
 録音のかげんもなかなかで、個人的には気分よく全曲を聴き通すことができた。

 また、ドラマの『のだめカンタービレ』で効果的に使われていたチェコ組曲も単なるおまけ以上に聴き応えのある作品だし、税込み500円程度でこれだけ愉しめたら、まずは言うことないと思う。


 なお、アンゲロフとスロヴァキア放送交響楽団によるドヴォルザークの交響曲全集がエームス・レーベルからリリースされていて、この第6番の録音もその中に含まれているのだけれど、アルテノヴァの単独盤は、もしかしたら手に入りにくくなっているかもしれない。
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by figarok492na | 2007-10-07 13:42 | クラシック音楽

またまたヘンデルのアリア集(CDレビュー)

 ☆ヘンデル:アリア集
  ダニエル・デ・ニース(ソプラノ)
  ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサン
  2007年録音
  <DECCA>475 8746

 先頃発売されたばかりの、ダニエル・デ・ニースの歌うヘンデルのアリア集を聴く。

 ぶっちゃけて言えば、正直好みの声質じゃない。
 バーバラ・ヘンドリックスほどじゃあないけれど、顎にひっかかったというのか、喉にひっかかったというのか、どこかこわばりのある歌いぶり、声の出し方が、まずもって僕には苦手なのである。
 加えて、抒情的なアリア(例えば、有名な『リナルド』の「涙の流れるままに」=トラック2)における、どこかべちゃついた感情表現も、あんまり好きじゃない。
 ないものねだりは承知でも、もちょっとクールに決めてくれればいいのに、とついつい感じてしまう。

 などと、いきなり悪口で始まったけれど、このCDは、歌好き、ヘンデル好きには大推薦の一枚ではないだろうか。
 と言うのも、彼女を一躍有名にした『エジプトのジュリアス・シーザー』のクレオパトラのアリア(トラック1)をはじめとして、ダニエル・デ・ニースの張りがあって晴れやかな高音を何度も愉しむことができるからだ。
 特に、陽性なアリアでの彼女の声の輝きには、感嘆する他ない。
 まさしく、耳のごちそうとでも呼ぶべき歌唱だと思う。

 また、ウィリアム・クリスティ率いるレザール・フロリサンの伴奏がいい。
 キルヒシュラーガー盤の折り目正しいバーゼル室内管弦楽団、コジェナー盤のバロック・アクロバティックなマルコン&ヴェニス・バロック・オーケストラ(誰かがヴィヴァルディみたいと評していたが、確かにそうだ)も悪くないけれど、クリスティとレザール・フロリサンの軽やかで柔らかで流麗なヘンデルは、聴いていて、本当に心地がよくって仕方がないのだ。

 と、言うことで、一聴どころか、何聴もの価値あるCD。
 大いにお薦めしたい。


 余談だけれど、ブックレットはデ・ニースの写真がふんだんに盛り込まれたアイドル仕様で、好きな人にはたまらないんじゃないかな。
 ブックレットを取り出すのが面倒なので、僕は一回きりしかのぞいちゃいないけど。
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by figarok492na | 2007-10-07 12:44 | クラシック音楽