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井上ミッチーのハイドンを聴く

 ☆京都市交響楽団第508回定期演奏会

  指揮:井上 道義

  座席:2階 P−5列10番


 京都コンサートホールまで、京都市交響楽団の定期演奏会を聴きに行って来た。

 指揮は、かつて京都市交響楽団の音楽監督を務めていたこともある井上道義さんで、プログラムは、ハイドンの交響曲第6番、第7番、第8番(いわゆる、朝・昼・晩)の3曲。

 で、この3曲の詳細については交響曲の解説本やCDのブックレットの解説をご参照いただくとして、ハイドンが手前の楽団のために書いた、いわゆるあて書きの作品で(例えば、コンサートマスターやチェロ奏者、コントラバス奏者のソロ、デュエットなどが目立つ目立つ。当然、コンチェルト・グロッソがどうしたこうしたという物言いだけではおさまらない)、「なんと通向きなプログラム」というのが、まずもっての僕の感想だ。

 井上さんは、この3つの交響曲を、ピリオド奏法を援用しつつ(単に楽器の鳴らし方だけでなく、デュナミークのつけ方でも)*、京都市交響楽団の奏者の音色の美しさを活かしたインティメートな雰囲気の強い音楽に仕上げていたと思う。

 ただ一方で、そうした音楽づくりにオーケストラがついていけていない部分がところどころあったことも事実で、道義の道半ば、といった感じがしないでもなかった。

 とはいえ、アンコールに交響曲第45番「告別」の終楽章をもってくるなど(そういえばこの曲は、京響が京都会館に「告別」する際のコンサートでも演奏されていたはずだ)、井上ミッチーならではの「やってるやってる」感満載のコンサートでもあり、ならば、こちらは「やられた」と応じる他あるまい。

 そうそう、反響板代わりもあってだろうが、小編成のオーケストラを前の部分に集めて、舞台半分ぐらいから後ろは舞台の台をせり上げて壁のようにするという、珍しいセッティングを行っていた。
 と、思っていたが、よくよく考えたら、確かケルンのフィルハーモニーで、ピリオド系のオーケストラのコンサートの時に同じようなことをやっていたような気がする。
 しかとは覚えていないが。


 *2005年秋に開かれた、京都賞受賞がらみのニコラウス・アーノンクールのワークショップの最前列に井上道義さんが座っていたことを僕は知っているので、今回の井上さんの「変容」には、全く驚くことはなかった。
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by figarok492na | 2008-01-25 23:46 | コンサート記録

ブラヴーラ!(CDレビュー)

  ☆ブラヴーラ・アリア集

   ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)
   ジェレミー・ローラー指揮レ・セルクル・ドゥ・アルモニー
   2006年録音
   <VIRGIN>395250 2


 ドイツ出身で、最近めきめきと頭角をあらわしているコロラトゥーラ・ソプラノ歌手、ディアナ・ダムラウが歌った、サリエリ、リギーニ、モーツァルトのアリア集をとり上げる。
 なお、アルバムのタイトルにもなっているブラヴーラ・アリア集のブラヴーラとは、高度な技巧、技術を要するといった意味合いがあって、ひらたく言えば、めっちゃ難しい!

 で、タイトル通り、モーツァルトのおなじみ『魔法の笛』の夜の女王の2つのアリアをはじめ、そのライバル(ってのは、後世のでっち上げ?)や、モーツァルトと同じ年に生まれたボローニャ出身の作曲家リギーニが作曲した難度の高いアリアの数々を、ダムラウは、軽くて透明感のある声質と高度な技巧、技術を駆使して、見事に歌い上げている。
(何箇所か、「つないだね」とわかってしまう部分もあるが、まあ、これは仕方あるまい)

 ただ、鼻のあたりで歌っている気味(別の場所では「口の中」って書いたんだけど、「鼻のあたり」のほうが、より受けた印象に近いと思う)がなくもなくって、例えば、ダニエル・デ・ニースの歌唱の持つ爽快感には若干欠けるような気がしないでもない。
 それと、ところどころ地声のようになるのは、ダムラウの癖なのか?
 個人的には、それほど嫌いじゃないが。

 ジェレミー・ローラー指揮レ・セルクル・ドゥ・アルモニーは、予想していた以上に聴き応えのある伴奏で、こうした古典派のオーケストラ作品も一度聴いてみたいと思った。
(このフランスのピリオド楽器アンサンブルには、チェロのサカイアツシも加わっている)

 いずれにしても、ディアナ・ダムラウという歌い手を識るには恰好の一枚ではないか。
 歌好き、オペラ好きには、ご一聴をお薦めしたい。
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by figarok492na | 2008-01-11 12:40 | クラシック音楽

新日フィルを聴く

 ☆新日本フィルハーモニー交響楽団 TOUR2008

  指揮:クリスティアン・アルミンク
  独奏:豊嶋 泰嗣(ヴァイオリン)

  座席:1階 E列6番


 大阪のザ・シンフォニーホールまで、新日本フィルの大阪公演を聴きに行って来た。
 朝日新聞の夕刊で見つけた、招待チケットをゲットしたためで、ちょうど梅田に出かける予定だった古いアルバイト仲間も同行することになる。

 で、招待状とチケットを交換するため、開場の45分前ぐらいから窓口のところに並んでいたのだが、マネージメント側のしきりがどうにも悪く(だいぶん経ってから窓口前の列の並び方を変更させたものの、それが実は間違っていたとか)、いくら招待状をもらった側とはいえ、ひどいなと思う。
 ただ、くどくどくどくど文句を言っていたおじさんに、表方の豆タンクのような男性が「(列に)並んでおけばいいんです、並んでおけば」といった調子で感情をあらわにしていたのは、嫌味じゃなくて、愉快だったけれど。
(終演後、それとなく確認したらこの男性、なんと、このコンサートのマネージメント会社、コジマ・コンサートマネージメントの代表、コジマ氏その人だった。ははは、だから「キレる」ことができたんだ*)
 それにしても、中瀬行くところ、こういうことがよくあるな。

 さてと、コンサートコンサート。

 1曲目は、ワーグナーの歌劇『さまよえるオランダ人』序曲。
 冒頭、管楽器の音に「ありゃりゃ」と感じたが、中盤あたりから、新日本フィルの音楽監督でもある、指揮者アルミンクの劇場感覚が巧く効いてきて、結果、ドラマティックな演奏に仕上がっていたと思う。

 続いては、新日フィルのゲスト・ソロ・コンサートマスターであり、室内楽活動にも活発な豊嶋泰嗣が独奏をつとめた、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番。
 第2楽章と第3楽章で、はっきりとわかる「事故」は発生したけれど、基本的に豊嶋さんは丁寧で美しい音楽を奏でていた。
 アルミンクと新日フィルも、ソロによく添った伴奏だった。
(終演後、豊嶋さんがコンマスに「しまった!」というような顔をしていたもんなあ…)

 休憩を挟んで、メインはブラームスの交響曲第1番。
 速いテンポの、エネルギッシュでスポーティーなブラームスで、作品の持つ劇的な性格がよくとらえられていたのではないか。
 ここでも、管楽器陣には弱さを感じる一方、第4楽章のおなじみの旋律をはじめ、弦楽器陣の鳴りとまとまりのよさも強く印象に残った。

 そして、アンコールはヴォルフガング・リームの『憧れのワルツ』。
 これは、実にセンスのよいチョイスではないか?
 ウインナ・ワルツを皮肉りつつ、そのウインナ・ワルツの持っている死の気配すら感じさせる音楽で、個人的には大いに満足できた。

 正直、アルミンク(かっこいい指揮者。見ばのよさではぴかいちだろう)の音楽づくりが若干一本調子気味だったこともあり、心が揺さぶられるということはなかったけれど、聴いて不愉快なコンサートでなかったことも確かだ。
 また、アンコールの選曲も含めて、東京のプロ・オーケストラの水準を再認識できたことも収穫だった。


 *規模が違うとはいえ、何度も表方をつとけたことのある人間だけに、しきりの悪さももちろん含めて、プロとしてあかんやろと思ったけどね。
 いくら、相手がただの客だとしても。
(二人のやりとりを見ていた他のお客さんが、「あの人、新日フィルの人?」と不満の声をあげていたように、オーケストラにとっても、ひいてはこのコンサートをバックアップしているオリックスにとっても、マイナスイメージがつくはずだから、マネージメントを司る会社としてはだめだめだ)
 でも、個人的には、愉快だったんだなあ。
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by figarok492na | 2008-01-11 01:04 | コンサート記録

美味しいきんつば

  ☆萬寿堂のきんつば
   1個 135円(税込み)


 今日、新しい小説の取材がてらに万寿寺通を歩いていて、狂甘糖糖員の血が騒いだ。
 それが、今回とり上げる『御菓子司 萬寿堂』のきんつばである。
 実は、次の機会でいいや、と思っていったん通り過ぎながら、そのあとどうしても気になって、も一度戻って思わず買い求めてしまったのだけれど、これはそうして大正解だった。
 きんつばといえば、あんの周囲を砂糖でがちっと固めたハードなタイプがおなじみだが、こちらはソフトなつくりで、とても柔らかい。
 そして、甘さ控えめのつぶあんの美味しいこと美味しいこと。
 食べ終えて、口の中にいやな後味が全く残らないことも含めて、何個でもいけそうなきんつばだと思う。
 1個、税込み135円と値段もお手ごろで、僕にはちっとも惜しくない。
 堀川通から烏丸通に向かって万寿寺通を歩いて行けばすぐにお店は見つかるはず。
 きんつば好き、和菓子好き以外にも、なべておすすめしたい一品だ。
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by figarok492na | 2008-01-08 18:02 | 狂甘糖糖員の記録

広上淳一と京響のニューイヤーコンサートを聴く

 ☆京都市交響楽団ニューイヤーコンサート

  指揮:広上  淳一
  独奏:高山  郁子(オーボエ)
     小谷口 直子(クラリネット)
     中野 陽一朗(ファゴット)
     垣本  昌芳(ホルン)

  座席:2階 P−2列9番


 北山の京都コンサートホールまで、京都市交響楽団のニューイヤーコンサートを聴きに行って来た。

 指揮は、この4月から京響の第12代常任指揮者に就任する広上淳一で、前半では、モーツァルトの作品が2曲演奏された。

 まずは、未完の歌芝居『ツァイーデ』の序曲として利用される機会も多い交響曲第32番。
 ティンパニの鋭く硬い打ち鳴らしなど、ピリオド奏法を意識した音楽づくりを広上さんは行っていたが、個人的には柔らかで歌心にあふれた第2楽章(というか中間部)が印象に残った。

 続く、京響のトップ奏者をソロに配した管楽器のための協奏交響曲は、現在では「偽作」もしくは「疑作」と考えられている作品で、交響曲第32番ともども、広上淳一らしい一筋縄でいかないプログラムだと思う。
 まあ、偽作だろうがなんだろうが、音楽自体が美しくって聴き応えがあれば充分な訳で、実際、上記のソロの面々はもちろんのこと、オーケストラも含めて、美しく聴き応えのある音楽を生み出していたのではないか。
 ただ、ネヴィル・マリナー盤、マルティン・ハーゼルベック盤と、ロバート・レヴィンが補筆改訂したバージョン(こちらは、クラリネットがフルートに置き換えられている)の録音に慣れ親しんできたせいもあってか、若干座りが悪く聴こえたことも事実だけれど。

 休憩を挟んだ後半は、おなじみヨハン・シュトラウスの作品が並べられていた。

 その一曲目、喜歌劇『こうもり』序曲には、ウィーンはウィーンでも、例えば後のマーラーだのなんだのといった後期ロマン派との「共通性」すら感じてしまう。
 特に、パウゼが効果的。

 と、ここで、広上淳一のスピーチが挟まり、おまけに退場中のヴィオラ奏者が戻ってもいないのに、広上さんがやおら指揮棒を振り下ろすという「ハプニング」が勃発。
 まさしく、ライヴな出来事だと強く思う。
(広上さん、次の次の『ウィーンの森の物語』で自ら電子ピアノ=ツィターの代わりを弾かなければならないことで、頭がいっぱいだったのだろう)

 アンネン・ポルカ、『ウィーンの森の物語』、新ピチカート・ポルカ、『美しく青きドナウ』、アンコールの『雷鳴と電光』、そして広上淳一のグーサインがお客さんにまで飛び出したラデツキー行進曲と、些細な傷はあったものの、すべて鳴りに鳴った、なおかつ細部まで目配りの届いた演奏で、とても愉しく嬉しく面白い一時を過ごすことができた。
 大満足。

 それにしても、一見金子信雄、中村梅雀、細川高国(この人は役者にあらず、歴史上の人物なり)風の広上淳一は、やっぱり「役者」だな。
 今年の京響登場はあと2回だけだけど、必ず聴くようにしておかなくっちゃ。
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by figarok492na | 2008-01-05 22:10 | コンサート記録

聴き初めはニューイヤーコンサート

 あけましておめでとうございます!

 今日から2008年。
 今年を本当によい年にしていきたいと強く思う。
 頑張らなくっちゃ。

 で、友人と初売りに出かけたり、そのあと初詣に行ったりで、今年のクラシック音楽の聴き初めは、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの実況中継となった。
 あの、とついつい付け加えてしまいたくなるジョルジュ・プレートルの指揮で、第1部は『ラ・マルセイエーズ』や『天国と地獄』のカンカンのうのカンカン踊りがとび出す、実に面白愉しい出し物のオンパレードだった。
 さて、第2部や如何?

 これからの一年が、皆さんにとって素晴らしい一年となりますように。
 今年もよろしくお願い申し上げます。
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by figarok492na | 2008-01-01 20:29 | CLACLA日記