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六月末日、水無月を食す(CLACLA日記)

 6月も今日で終わり。

 どんよりとした感じはありつつも、青空の見えた一日だった。

 気温は上昇せず、涼しい風が吹いていたこともあって、実にしのぎやすかった。

 少し早めに出て、地下鉄四条駅の定期券売り場で定期券の継続を行う。
 係りの人にちょっとしたミスがあって、打ち直しに時間がかかってしまった。

 週明け。
 朝から夕方まで、パソコン相手の仕事を淡々とこなす。

 で、そのお昼休みに水無月を食す。
 仕事先の人からのいただきもので、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!
(そういえば、六月末日に水無月を食べるなんて、久しぶりのことだなあ)

 夕飯。
 水加減をちょと間違えて、少々かためのごはんになってしまう。
 まあ、食べられないほどの強めしではないからいいんだけど。

 『書きあぐねている人のための小説入門』を読み進める。
 いろいろと刺激を受けているところ。
 それと、そろそろ保坂和志の小説を読んでみないといけないなとも思う。

 今日は、仕事先で生チョコの入った洋菓子もいただく。
 これまたなかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-30 20:59 | CLACLA日記

じめじめとした一日(CLACLA日記)

 雨降りが続く。

 じめじめじめじめとした一日。
 むわむわむしむしとして、全く快ならず。

 NHK・FMの『20世紀の名演奏』を聴く。
 ブダペスト弦楽4重奏団の演奏した、ベートーヴェンの弦楽4重奏曲が放送されていた。

 午前のうちに、掃除機をかけキッチンまわりの拭き掃除を行う。
 お昼過ぎには、浴室とトイレの掃除を行う。

 実家から荷物が届く。
 多謝。
(夜、荷物の件で実家から電話がかかってきた。多謝)

 天候のせいか、脚がじくじくと痛み、大阪まで遊劇体の公演を観に行くことを断念する。
 で、夕方の買い物以外は外出せず、部屋で過ごす。

 NHK・FMで、クラシック音楽のリクエスト番組を聴く。
 ジューンブライドがらみで、結婚式に相応しい(とリスナーが考える)音楽が特集されていたが、プッチーニの歌劇『ジャンニ・スキッキ』の「私のお父さん」はまだしも、マスネの『タイス』の瞑想曲や、マスカーニの『カヴァレリア・ルスティカーナ』の間奏曲はいかがなものか?
 だって、作品の内容を考えたら、あまりにも結婚式に相応しくないんだもの。
 そりゃ、確かに美しい音楽っちゃ音楽なんだけどさあ。
(そういや、メンデルスゾーンやワーグナーの結婚行進曲だって、本当の結婚披露宴には相応しくないもんなあ…)

 個人誌『赤い猫』の作業を行う。

 『書きあぐねている人のための小説入門』を読み進める。

 今日は、モンテールの牛乳と卵のクリームプリンを食す。
 近くのショップ99で、50円引きになっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 愛しいということと、相手を自分の思い通りにしたいということは、全く極北にあるのだと痛感する。
 そして、ある人のことを強く想う。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-29 21:18 | CLACLA日記

打ち合わせ(深夜のCLACLA)

 どんよりとしたお天気。
 夕方頃から雨降りになる。

 じめじめむわむわとして、あまり快ならぬ一日。

 午前のうちに、毎週恒例の洗濯を行う。
 ついでに、掃除機をかけキッチンまわりの拭き掃除も行う。

 保坂和志の『書きあぐねている人のための小説入門』<草思社>を読み始める。
 旧い友だちに貸してもらったもので、これまた刺激に満ちた一冊だと思う。

 その旧い友だちからアクセスがあり、夕方河原町で個人誌『赤い猫』の打ち合わせを行うことになる。

 で、16時頃外出し、近くの金券ショップで切符を買ってから、阪急で河原町に出る。

 そして、靴屋やアビス、ジュージヤ三条本店をまわったあと、寺町通のミスタードーナツで旧い友だちとおちあい、『赤い猫』の打ち合わせを行う。
 依頼していた表紙、裏表紙がついに完成し、その出来栄にとても満足する。
 多謝。

 その他、あれこれと話をして、23時過ぎに別れる。

 帰宅後、雑件をかたづけていて、日付けが変わってしまう。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-29 00:56 | CLACLA日記

下鴨車窓#4『農夫』(改稿)

 アトリエ劇研まで、下鴨車窓#4『農夫』(田辺剛さん脚本・演出)を観に行って来た。
(この間、脚を傷めたり、仕事に出始めたり、風邪をひいたりで、生のお芝居を観たのは、2ヶ月以上ぶりということになる)

 今日、明日と公演が続いていることもあって、詳しい内容についてここで触れることはしないが、『農夫』は、田辺剛さんの韓国滞在中や、『旅行者』再演を始めとした帰国後の様々な体験や経験が如実に反映された作品だと、まずは感じた。
 そして、そうした体験や経験を基盤とすることによって、『農夫』は、現在の諸状況に対し鋭い問いかけを為した「政治的」な作品(田辺さん自身が記しているように)となっているとも思った。
 もちろん、「政治的」とは言っても、そこは田辺さんらしく、かつての一部の新劇のような己の主義主張まずありきのプロパガンダ演劇とは、一線、どころか何線も画していることは、改めて言うまでもあるまい。
 時にブレヒトを想起させるような乾いたユーモアを挿入しながら展開される寓話的な物語は、単純な善悪二元論を、実に用意周到に排しているからだ。

 また、この『農夫』は、表現するという行為について積極的に言及されているという意味で、過去の諸作品と共通する、田辺さんらしい作品と言えるだろう。
(表現の担い手が誰であるかという点は、それこそ田辺さんの韓国での経験も大きく関係しているような気が僕にはする。そして、実は、表現すること=記すこと=記憶すること、を明示することこそが、この作品のもっとも「政治的」な部分ではないのか、と僕は思ったりもした)
 加えて、演劇的な趣向もずいしょに施されていて、いわゆる「シアトリカル」な作品に仕上がっていることも記しておかなければなるまい。

 ただ、一方で、田辺さんの仕掛けた思考的な仕掛けが、結果として演劇的な停滞に感じられてしまった部分となっていたことも残念ながら事実である。
 それと、観る側の判断に委ねられる部分が非常に大きい作品であるため、その展開も含めて、観る人の「尺度」や「態度」によって評価が様々にわかれるのではないかとも僕には考えられた。
(その意味で、この『農夫』は最近流行の『蟹工船』が対峙しようとしたものとも対峙しながらも、今現在『蟹工船』に「はまって」いる人たちとは、小さからぬ距離が生まれてしまうような気がしてならない。よい意味でも悪い意味でも)

 演者陣は、作品の世界観やテキスト=台詞と自分自身との距離をいかに縮めていくか、その作業(咀嚼したり反発したり、納得したり留意したり)の難しさを感じさせるもので、作品の「急所」でもどかしさを覚えたりもしたのだが、個々の演者の特性や特質、魅力や努力、そしてその人の本質がはっきりと示されていた点は、やはりしっかりと評価しておかなければならないとも思う。
 あと、個々の演者のちょっとした表情の変化も強く印象に残ったことも付け加えておきたい。

 個人的には、田辺さんの狙いや想い、演者陣の変化を充分に理解することのできる公演だった。
 残りの公演で、作品と演者陣との摺り合わせが一層進んでいくことを願うばかりだ。


 *追記
 演者陣と作品の世界観、テキストの距離について語るのであれば、演出家としての田辺剛さんについてもやはり記しておかなければならない。
 演出家としての田辺さんの仕事には、t3heater(シアター)時代やみらいの会など、たびたび接していて、中でも、若手の演者陣との共同作業には、しばしば感心し感嘆してきた。
 ただ、韓国滞在直前、そして帰国後の、作家としての田辺さんの成熟は、その演出家としての才能をもってしても補いきれないほどに著しいものであるようにも僕には感じられる。
 例えば、今回の『農夫』でも、田辺さんのテキストの持つ面白さ(知的な意味だけでなく、人間の精神的な動きを描いた「ドラマ」という意味でも)は、残念ながらいまだ十二分に描き尽くされてはいなかった。
 もちろん、田辺さんの演出家としての一層の進化については、充分承知しており、下鴨車窓をはじめ、今後も彼の舞台づくりを愉しみにしているのだけれど、だからこそ、一度、ならず、一定の期間、なんらかの形で田辺さんのテキストを他の演出家に委ねてみる必要があるのではないだろうか。
 そのテキストを第三者によって再検証され、再構築されることで、作家としても、演出家としても、田辺さんの得るものは非常に大きいと、僕は考えるのだが。
(特別な企画としてならば、フィンランドから帰国後の山口茜さんなど面白い。ただ、個人的には、今田辺さんの近くには位置しておらず、なおかつ、田辺さんのテキストを田辺さん以上に熟読することを厭わない人物の登場を期待したいところだ)
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by figarok492na | 2008-06-28 13:27 | 観劇記録

おやすみなさい!(深夜のCLACLA)

 どんよりとはしつつも、一応青空の一日だった。

 気温は、それなりに上昇。

 朝から夕方までパソコン相手の仕事を淡々とこなしたあと、まず地下鉄で北大路まで出て、VIVREの大垣書店とジュージヤをのぞき、用件をすます。

 その後、今度は北山で降りて、京都コンサートホールへ。
 コンサートのチラシなどを手に入れる。

 で、松ヶ崎まで行き、そこから歩いてアトリエ劇研まで行き、下鴨車窓#4『農夫』(田辺剛さん脚本・演出)を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 終演後、いっしょの回を観に来ていた演劇関係の友だちとともに、田辺さんや出演者の人たちと飲みに行く。
 地下鉄の時間があったため、最後まで付き合うことはできなかったが、いろいろと話が聴けて、愉しかった。

 帰宅後、あれこれとかたづけていて、こんな時間になる。

 今日が、いい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-28 01:49 | CLACLA日記

京都は厳戒体制(CLACLA日記)

 どんよりとした感じも強かったものの、一応、太陽や青空も見えていた。

 涼しい風が吹いていた分、しのぎやすい一日だった。

 今日も、朝から夕方までパソコン相手の仕事を淡々とこなす。
 それにしても、目の疲れがひどいなあ…。

 なんたろ外相会議の開催とかで、京都は厳戒体制にある。
 いやあ、もう警察関係の人たちが目立つこと目立つこと。
 本当にご苦労様なことだ。
(で、会議ではいったい何が話されているのだ?)

 『小説教室』を読了する。
 あえて、とやかく細かいことは記さない。
 ただ、小説を書くのみ!
(もちろん、きちんと「プロセス」を踏んでだけどね。だから、慌てて小説を書き出すことはしない)

 今日も、お昼休みなどにあれこれ甘いものを食す。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-26 21:05 | CLACLA日記

トイレットペーパーを買いはしたが…(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはしたものの、雨降りにはならず。

 むわむわとして、全く快ならぬ一日。

 今日も、朝から夕方までパソコン相手の仕事を淡々とこなす。
(目の疲れ、肩こりが非常に激しい。パソコン禍なり)

 帰りがけ、いくつかドラッグストアをまわるが、セールの良品のトイレットペーパーを買うことはできず。
 結局、同程度の値段の廉価品で手を打つことにする。
 まっ、しゃあないやね。

 NHK・FMで、マッシモ・ザネッティ指揮NHK交響楽団の定期公演の実況中継を聴く。
 モーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』序曲、スウェーデン出身のソプラノ歌手リサ・ラルソン(ラーション)の独唱によるモーツァルトの代替アリア=他の作曲家のオペラに挿入されるアリアと、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽伴奏つき歌曲、交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』が放送されていた。
(『ツァラトゥストラ』は、拍手が早かったんじゃ。サントリーホールでの定期ではよくあることだけど)
 それにしても、N響定期の指揮者って、どういう基準で選ばれてるんだろうなあ…。

 そういえば、昨晩寝る前、岩城宏之の『棒ふりのカフェテラス』<文春文庫>の中から、千葉馨(C)の項を読んで、千葉さんを偲んだんだった。

 『怪物がめざめる夜』を読了する。
 解説で宮部みゆきが指摘しているように、非常に先駆的な作品だと思う。
 再読して、腑に落ちた点もいくつかあった。

 『小説教室』を読み進める。

 今日も、昼休みなどに甘いものを食す。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-25 20:56 | CLACLA日記

千葉馨が亡くなる(CLACLA日記)

 天気予報通り、いいお天気、いい青空になる。
 少しどんよりとした感じはあったものの、青空が見えたのだ、ぜいたくは言ってられない。

 気温も上昇。
 むわむわとした一日だった。

 今日も、朝から夕方までパソコン相手の仕事を淡々とこなす。

 帰宅後、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除を行う。

 夕飯後、アルフレッド・ブレンデルの弾く、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番〜第11番のCDを聴く。
 有名なのは、もちろん第8番の「悲愴」ソナタ(特に、第2楽章)だが、個人的には、第10番第1楽章の何気ないリリカルな雰囲気がたまらなく好きだ。
 ブレンデルの演奏は、ドライに過ぎずウェットに過ぎず、実に聴きやすい。

 『怪物がめざめる夜』を読み進める。

 『小説教室』も読み進める。

 日本を代表するホルン奏者で、NHK交響楽団の元首席奏者でもあった千葉馨が亡くなる。80歳。
 千葉さんについては、今は亡き岩城宏之が親しみをこめてエッセイに記していたはずである。
 深く、深く黙祷。

 太田前大阪府知事がタレントよろしくバラエティ番組に出演しまくっているらしい。
 厚顔無恥もよいところ。
 もちろん、出るほうばかりではなく出すほうもだし、出ているのを観てなんとも思わない人間もそうだ。

 今日も、エースコインなどを食す。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-24 21:06 | CLACLA日記

じめ涼しい一日(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気が続く。
 夕方頃には、小雨も降っていた。

 気温は上昇せず。
 ただ、湿度が高いため、じめ涼しい感じが強かったが。

 週明け。
 朝から夕方まで、パソコン相手の仕事を淡々とこなす。

 夕飯後、フォルテピアノ奏者のバート・ファン・オールトを中心としたアンサンブルの演奏する、モーツァルトのピアノ4重奏曲集のCDを聴く。
 派手さはないが、実にしっくりくる録音だと思う。

 続けて、ヤープ・テル・リンデン指揮モーツァルト・アカデミー・アムステルダム(ピリオド楽器のオーケストラ)の演奏する、モーツァルトの交響曲第28番のCDを聴く。
 ううん、久しぶりに聴いてみたけど、なあんか微温的というか、斬れば血が出るてな感じがあんまりしなくって、こちらはいまいちかなあ。
(チャールズ・マッケラスがプラハ室内管弦楽団を指揮した録音のほうが、活き活きしているような気がするんだけど)

 『怪物がめざめる夜』を読み進める。
 現実の加工=虚構化(例えば、80年代のビートたけしがどのように「利用」されているかなど)という点でも、小林信彦らしさがよく表れた作品なのではないか。
 加えて、ネット時代を先取りしたかのような展開であるとも強く感じる。

 『小説教室』も読み進める。
 刺激的な内容で、とても面白い。
 これは、貸してもらって正解だった。

 今日も、エースコイン(ビスケット)などを食す。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-23 21:02 | CLACLA日記

新国立劇場の『カルメン』を聴いたが…(CLACLA日記)

 どんよりどよどよとしたお天気の一日。
 夕方頃から、またぞろ雨が降り出す。
 やれやれ。

 じめじめむわむわとして、全く快ならず。
 梅雨、やだなあ。

 日曜日なれど、昨日と同じく8時台に起きる。
 で、近くのスギ薬局までセールの米を買いに行く。

 NHK・FMの『20世紀の名演奏』を途中から聴く。
 女流ヴァイオリニスト、ヨハンナ・マルツィの演奏した録音が放送されていた。

 午前のうちに掃除機をかけキッチンまわりの拭き掃除をすませ、お昼過ぎに浴室とトイレの掃除をすませる。

 『怪物がめざめる夜』を読み進める。
 『ドリーム・ハウス』もそうだったけれど、細かな仕掛け(と、いうか含み)に満ちた作品だと感じる。

 昨日旧い友だちに貸してもらった、高橋源一郎の『一億三千万人のための 小説教室』<岩波新書>を読み始める。
 友だちから「肝」などについて教えてもらっていたが、これはなかなか面白そうだ。

 NHK・FMで、新国立劇場における『カルメン』公演のライヴ録音を第3幕への間奏曲まで聴くが、ううん、これはなんだかなあ。
 21世紀になって、レチタティーヴォ=グランド・オペラ版の『カルメン』なんて、時代錯誤もいいところなんじゃないのか。
 少なくとも、あえてその版を選んだ意味というものは、ちっとも感じられなかった。
 また、ジャック・デラコート指揮の東京フィルはひとまず置くとして、歌手陣がどうにも重たるくって、斬れば血が出るって感じが全くしない。
 それと、児童合唱が「われは海の子」とかを歌うとぴったりのしっとりしとしととした発声(歌唱)法で、『カルメン』の世界観=フランス語との乖離が激しく、とてもしっくりしない感じが残った。
(これを言ったら酷かもしれないけど、実はこういうところこそ日本におけるオペラ上演の問題点と大きく繋がっているような気がして、僕には仕方がないのだ)

 グランド・オペラ版の『カルメン』といえば、20年以上前に長崎で観聴きした、長崎県オペラ協会の公演(星出豊指揮長崎交響楽団の伴奏)が懐かしい。
 日本語上演で、今日放送されていた新国の演奏と比べれば、もちろん素人臭さ丸出しだったのかもしれないが、少なくとも、上演に対する熱意と意気込みを強く感じることはできたと思っている。
(早世した粟國安彦の演出で、粟國さん自身が「黒いマント」を羽織って出演していたことも忘れられない)

 『ひゃっけんもどき』の打ち直しと打ち出しを行う。
 これで、一応完成か?

 今日は、エースコイン(ビスケット)を食す。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-06-22 21:08 | CLACLA日記