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by figarok492na | 2008-10-29 23:56 | その他

東京カルテットの「死と乙女」(CDレビュー)

 ☆シューベルト:弦楽4重奏曲第14番「死と乙女」&第4番

  東京カルテット
  1989年、デジタル録音
  <RCA>7990-2-RC


 桐朋学園出身でジュリアード音楽院に留学中の日本人4人によって結成された東京カルテットだが、その結成当初のメンバーによる清新な演奏や現在の落ち着いた雰囲気の漂う演奏にも増して、第1ヴァイオリン奏者をピーター・ウンジャンがつとめた1980年代から1990年代、RCA=BMGに数々の録音を重ねていた頃の演奏が、僕には強く印象に残る。
 このシューベルトの弦楽4重奏曲第14番「死と乙女」と第4番がカップリングされたCDも、そうしたウンジャン時代に録音された一枚である。
(なお、シューベルトの弦楽4重奏曲では他に、第9番と第13番「ロザムンデ」、第15番の2枚がリリースされていた)

 第2楽章に歌曲『死と乙女』の音型を用いた変奏曲が置かれていることでも知られる弦楽4重奏曲第14番は、激しい感情表現に貫かれた密度の濃い作品で、シューベルトの晩年を代表する一曲と言ってもまず過言ではないだろう。
 東京カルテットは、強い集中力とバランスのよくとれた緊密なアンサンブルで、そうした作品の持つドラマティックな側面を巧みに浮き彫りにしている。
 また、作品の持つ幅の拡がりというか、交響楽的な拡がりもよく表しているのではないか。
 特に、ベートーヴェンの弦楽4重奏曲第11番「セリオーソ」からの影響が強く感じられる第1楽章では、東京カルテットの音楽づくりの魅力が十二分に発揮されているように思う。
 一方、第4番の弦楽4重奏曲でも、東京カルテットの音楽的な方向性は首尾一貫していて、演奏によっては弛緩しきってしまう可能性の高い難所も隙を感じさせない演奏で見事にクリアしている。
(その分、いわゆる歌謡性には若干欠けるかもしれないが、シューベルトの音楽の持つ一つの側面を明らかにするという意味でも、アルバム全体の統一という意味でも、東京カルテットのこの録音は高く評価に値すると僕は考える)

 東京カルテットの演奏によく添ったRCAドライで解像度の高い録音も含めて、繰り返し聴けば聴くほど愉しさを満喫できる一枚。
 いくら中古とはいえ、税込み630円は安すぎる!
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by figarok492na | 2008-10-26 11:36 | クラシック音楽

短期派遣の仕事が始まる(CLACLA日記)

 青空は見えていたものの、どんよりとした感じも続く一日だった。

 気温が下がり、朝方は肌寒さを覚えたほど。
 皆さん、くれぐれも風邪にはお気をつけ下さい。

 予定通り、短期派遣の仕事が今日から始まる。
 これまで何度か勤めたことのある場所ゆえ、心配することはほとんどなし。
 で、夕方までパソコン相手の仕事を淡々とこなした。

 帰りがけ、ブックオフ堀川五条店に寄る。
 オリ・ムストネンの弾くシベリウスのピアノ小品集、そして古今亭志ん朝の『寝床』と、欲しい中古CDはあったが、今日のところは我慢しておく。

 夕飯後、東京カルテットの演奏した、シューベルトの弦楽4重奏曲のCDを聴く。

 『I LOVE モーツァルト』を読了する。
 正直、モーツァルト入門いう意味ではあまり役に立たない書籍だと思う。
 ただ、石田衣良という作家を識るためには、絶対に欠かせない一冊ではないか。
 まあ、そこまでして識る必要があるかどうかはわからないけれど。

 今日は、甘いものは食さず。

 体調がよければ、明日寺町にでもパソコンを見に行くのだけれど。
 今の感じではちょと無理かな。
 月曜からは、また仕事だしね。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-25 21:07 | CLACLA日記

血液検査のため、病院で採血をする(CLACLA日記)

 午前中は雨降り。
 その後もどんよりとした感じが続く。

 気温は上昇しないものの、湿度が高い分、じめじめとして快ならず。

 朝早く目が覚め、雑件をすませたりしたのち、近くの整形外科へ行く。
 血液検査を行うため。
 そして、尿酸値を下げる薬と、軽く寝違えをしたための湿布を処方してもらう。
(それにしても、自分の肉体から血が抜かれていく時のなんとも言えない感じ。その不思議さについつい見入ってしまう)

 で、近くのスギ薬局で薬と湿布を受け取り、ついでに風邪薬も購入する。
 喉の腫れがまだ残っているため。
 明日から再び短期の派遣仕事が入っているので、ちょっとでも体調を整えておかないと。

 その他、あれこれと買い物をしてから帰宅し、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 東京カルテットの演奏した、シューベルトの弦楽4重奏曲のCDを聴く。

 『I LOVE モーツァルト』を読み進める。
>音楽に出ている表面だけを見ればいいのだし、その表面が素晴らしいのだ。
 人間もそうなのかもしれない。
 外側に出ているものだけがすべてで、本当は内面なんか考えなくていいのかも……<
 これは、モーツァルトの『魔法の笛』について書かれた文章の中の一節だけれど、石田衣良自身をよく表しているとも僕は思う。

 小説の下書きとノート書きを行う。

 ジョス・ファン・インマゼールのフォルテピアノ独奏によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」と、ヴェラ・ベスのヴァイオリン独奏によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲のカップリングされたCDを聴く。
 ともにブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークの伴奏によるものだ。

 夕飯後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ダニエル・ハーディング指揮スウェーデン放送交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ブルックナーの交響曲第9番が放送されていたのだけれど、これが本来あるはずもない第4楽章を「よってたかって」こねくり出した補作完成版。
 以前、フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮のロイヤル・フランダース・フィルの来日公演で実演に接したこともあるが、高村光太郎ばりに「もうそんなことはやめろ」と口にしたくなるような代物だと思う。
 正直、こういうことをやる意味がわからない。

 『I LOVE モーツァルト』を読み進める。

 今日も、甘いものは食さず。

 昨日梅田〜心斎橋間を歩いたこともあって、太ももが重痛い感じがある。
 そして、喉の腫れも続き、身体が少しだるい。
 やれやれ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-24 20:57 | CLACLA日記

豊島由香*朗読劇『かえるくん、東京を救う』

 昨日10月23日、大阪心斎橋のウイングフィールドまで、ウイングフィールドののりうち企画その49、豊島由香*朗読劇『かえるくん、東京を救う』(村上春樹原作、豊島由香さん脚色・演出・出演、田中遊さん演出)を観に行って来た。
 2006年5月のスペースイサンにおける公演から、約2年半ぶりの再演で、来月29日には、名古屋の七ツ寺共同スタジオでも公演が予定されている。

 原作『かえるくん、東京を救う』は、村上春樹の作品集『神の子どもたちはみな踊る』<新潮文庫>中の一篇で、連作『地震のあとで』の第五作目にあたる。
 その連作のタイトル通り、1995年の阪神大震災(やオウム真理教によるテロ)と直面して以降の世界観の変化が示されるとともに、それ以前の諸作品と通底する自己=内面との対峙、さらには個人的な痛切な体験への記憶(かえるくんが口にする「断固粉砕」という言葉。アンナ・カレーニナのエピソード…)などがアマルガム(混合物)となったものであり、そのシュールなシチュエーションを含めて、村上春樹らしい作品とだと思う。
 当然、豊島さんがそうした作品の持つ多様な側面を承知した上でこの『かえるくん、東京を救う』を朗読劇に仕立て直したことは明らかだろうが、彼女をもっとも触発したのは、自己=内面との対峙、言い換えれば、自己の井戸を掘り、蓋を開ける部分ではなかったかと、まずは感じた。
 そして、そうした意味で、作品の統一性という面からだけ観れば破綻しかかっているととられても仕方ない後半、舞台の雰囲気が大きく変化してからの場面(舞台美術の川上明子さんとの連携プレーが光る)、登場人物たちが背景に隠れ、豊島さん本人が前面に押し出されたあたりこそが、僕はこの公演の肝であり本質であるとも感じた。
 また、初演時にあった雑然とした感じ、木目の粗い感じが、今回の再演ではだいぶん洗練されクリアになっているとも思われた。
 加えて、村上春樹の原作に触れたことがない人への配慮というか、仕掛けが施されていたことも記しておかなければなるまい。
(逆に、冒頭部分は原作に触れていなければ若干意味がとりにくいかもしれない。あれは、上述したアマルガムの中の一要素とも深く関係する部分でもあり、作品の本質を巧く表現した部分であるとも僕は思うのだけれど)

 けれど一方で、 一つの舞台、一つの作品として全体を観た時に、不安定さというか、一つ一つのピースがはまるべき場所にまだはまりきっていない、何かしっくりしない感じが残ったことも事実である。
 だがそれは、単に舞台台本をさらに練り上げる(それには、田中遊さん、とは限らないが、豊島さん以外の第三者の一層の協力が必要だろう)云々かんぬん、といった技術面・構成面での問題・課題のみに収斂すれば解決するものではないような気が僕にはする。
 これはあくまでも僕の思い込みに過ぎないかもしれないけれど、豊島さんには、意識無意識は置くとして、井戸を掘り切ること、蓋を開け切ることにまだなんらかの惑いがあるのではないか?
 それは言い過ぎだとしても、井戸を掘り切ることや蓋を開け切ることと、それを一つの公演として成立させることの間の溝を埋める作業に迷いが残っているような気がして、僕には仕方なかったのだ。
 そしてそれは、今後この『かえるくん、東京を救う』の上演を積み重ねることで解消されていくとともに、必ず豊島さんの他の公演における演技にもプラスに働くものと信じている。

 そういえば、先日偶然NHKのラジオ深夜便で草笛光子のインタビューを聴いていて、彼女があるお芝居の役柄を何度も上演を重ねていく中で、ようやく自分のものとすることができるようになった、といった趣旨の発言をするのにぶつかった。
 今回、豊島さんが『かえるくん、東京を救う』に全力で、それも真正面から向き合ったことは僕にはよくわかるし、豊島さんの演技者(さらには、一人の人間)としての魅力が充分に発揮された公演だったことも疑いようがないとも思う。
 それでも、いや、だからこそ、僕は次のステップを貪欲に求めたくなる。
 豊島さんにとってきっとライフワークとなるだろう『かえるくん、東京を救う』の上演がこれからもどんどん行われていくことを強く望むとともに、できるだけ僕自身もそれに接していきたい。
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by figarok492na | 2008-10-24 13:06 | 観劇記録

心斎橋まで豊島由香さんの朗読劇を観に行った(CLACLA日記)

 今日もどんよりとしたお天気。

 じめっとした感じが強く、あまり快ならず。

 午前中、一度外出し、郵便局で用件をすませたあと、近くのスギ薬局へ。
 喉の腫れがひどいため風邪薬を服用しておきたいと思い、痛風の薬との飲み合わせを調べてもらったのだ。
 結果、手持ちの風邪薬は大丈夫とわかり、昼食後早速服用する。
(ただ、この喉の腫れは、先日のカフェ・ベローチェにおける煙草の煙りが原因なのかもしれない。前もこういうことがあったので…)

 東京カルテットの演奏した、シューベルトの弦楽4重奏曲のCDを繰り返し聴く。

 『I LOVE モーツァルト』を読み進める。
 
 小説の下書き・ノート書きを行う。

 夕方前に再び外出し、近くの金券ショップで切符を買ってから、阪急で梅田まで出る。

 で、ワルティ堂島に寄ったあと、またぞろ歩いて心斎橋まで行き、ウイングフィールドで豊島由香さんの朗読劇『かえるくん、東京を救う』(村上春樹原作、豊島由香さん脚色・演出・出演、田中遊さん演出)を観る。
 観劇記録は、次回以降アップする予定です。

 開演前終演後、豊島由香さんや田中遊さんをはじめ、京都小劇場関係者各氏とあいさつをする。

 体調と天候がかんばしくないことがあって、帰りはきちんと地下鉄を使う。

 今日も、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-23 23:18 | CLACLA日記

雨の日、映画を観に行く(CLACLA日記)

 雨降り。
 どんよりどよどよとした一日となる。

 気温、上昇せず。
 ただし、じめじめじめじめとしてあまり快ならず。

 昨晩実家から電話があり、母としばらく話しをする。

 午前のうちに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 郵便局などに寄ったあと、近くの銀行でマンションの更新費用の振り込みを行う。

 正午過ぎ、浴室とトイレの掃除をすませる。

 『笑いの世界』を読了する。
 愉しく読み終えました。

 続けて、石田衣良他による『I LOVE モーツァルト』<幻冬舎>を読み始める。
 なるほど「熱狂の日」(ラ・フォル・ジュルネ)対応の本だったのか。
 付録CDがナクソス音源によるもの、ということも含めていろんなことに理解がいく。
(まあ、ナクソス音源の使用は、使用料が安いってことも大きいんだろうけど)

 京都シネマに行き、『わが教え子、ヒトラー』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 帰りがけ京都芸術センターに寄って用件をすませているうちに、傘がなくなっていた。
 仕方がないので、センターの事務室で傘を借りて帰る。
 多謝。

 帰宅後、東京カルテットの演奏した、シューベルトの弦楽4重奏曲のCDを聴く。

 『I LOVE モーツァルト』を読み進める。
 モーツァルトがどうこうというよりも、石田衣良の小説に対するスタンスがよくわかって、なかなか面白い。
 それにしても、石田衣良って本当に正直だなあ!
(クラシック好きの作家といえばすぐに島田雅彦を思い出すが、石田衣良と彼では、小説に対するスタンスもクラシック音楽に対するスタンスも非常に対照的だ)

 小説の下書き・ノート書きを行う。

 早期解散がないなら、給油活動継続法案に対して徹底抗戦すると民主党。
 ほんま、あほとちゃうか!

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-22 21:18 | CLACLA日記

わが教え子、ヒトラー

 京都シネマまで、『わが教え子、ヒトラー』<2007年、ドイツ作品/ダニー・レヴィ監督・脚本>を観に行って来た。
(原題は、Mein Fuhrerだから、『わが闘争』ならぬ『わが総統』という語呂合わせもできないことはないが、それはまあいい。それと、この邦題は三島由紀夫の戯曲から来ているのかもしれない)
 『わが教え子、ヒトラー』は、あのヒトラーに演説指導を行う特別の教師がいたという実話を下敷きとした自らの脚本をダニー・レヴィが映画化した作品で、第二次世界大戦も末期となった1944年末から1945年1月1日までの5日間に舞台を限定したこと、そして何より、演説指導の教師を本来のドイツ人から、強制収容所に収容されていたユダヤ人俳優へと移した点がまずもって光る。
 で、ヒトラーとユダヤ人教師(彼はプロフェッサー=教授とも呼ばれるほどの名優である)との「人間的」な交流や、教師の心の葛藤、家族への愛情、独裁者の孤独、ユダヤ人である監督によってこの作品が造られたこと等々、語りたいことはいろいろとあるのだが、そういうことは映画を観てもらいさえすればすぐにわかることだろうから、ここではあえて詳しく触れないことにする。
 ただ、この物語 − そこには当然、連合軍の爆撃によってほとんど廃虚と化したベルリン市街(セットやCGが巧く利用されている)を隠蔽しようとするゲッペルスたちのあさましい姿も含まれる − が、ナチス・ドイツのいんちきいかさままやかしぶりやヒトラーの虚像を鋭く指摘した作品であることは、やはり記しておきたい。
 また、チャップリンの『独裁者』からの影響が濃厚な作品だけあって、本来シリアスな内容であり展開でありながら、ふんだんに笑いの種(それも相当きつめの)が仕掛けられており、なおかつそれが作品の本質ときっちり重なり合っていた点も強く印象に残った。
(てか、この作品ののりは、マルクス兄弟のほうにより近いものがあるのではないか。片手を吊ったヒムラーなどそのよい例だ)
 演技陣では、残念ながらこの作品が遺作となってしまったユダヤ人教師役のウルリッヒ・ミューエをまずもって挙げるべきだろう。
 「迫真の演技」という言葉だけでは全てを伝えることができないような、一見淡々としていながら、その実語るべきことを語り尽くした見事な演技だった。
 一方、ヘルゲ・シュナイダー(今は亡きレオナルド熊をいかつくしたような感じ)も、ヒトラーという独裁者の多様な側面をよく表していたのではないか。
 大粒の涙を求める人には、あまりにも乾いたタッチに過ぎるかもしれないし、最後の最後の趣向は僕自身の好みにはそれほど合わないが、全篇観飽きることのない優れた作品だとも僕は思う。
 経済的な事情もあってどうしようか迷ったが、やっぱり観ておいてよかった一本だ。
 なお、ニキ・ライザーの音楽(ケルンWDR交響楽団による演奏)が「よくできて」いたことを最後に付け加えておく。

 それにしても、日本はどうなんだ! とどうしても考えてしまうのだ、この作品を観ても。


 *一部、加筆しました。
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by figarok492na | 2008-10-22 18:40 | 映画記録

旧い友だちとお茶をする(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 気温は、今日も上昇。
 暑い感じすらする一日だった。

 午前のうちに、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 『笑いの世界』を読み進める。

 旧い友だちからメールがあって、正午過ぎに外出する。
 で、烏丸のカフェ・ベローチェでおちあい、夕方過ぎまであれこれと話しをした。

 帰宅途中、京都芸術センターに寄って用件をすませる。
(二口大学さんと遭遇しあいさつをしたが、財政面での危機的状況から昼ノ月公演を観に行くのは厳しいかも。残念だ)

 帰宅後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、ヴァルター・ヴェラー指揮ベルギー国立管弦楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 シューベルトの交響曲第1番、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番(ゲルハルト・オピッツの独奏)、シューベルトの交響曲第2番が放送されていた。
 演奏会場のパレ・デ・ボザールの音響のせいもあるのだろうが、どことなくしまりのない演奏に聴こえる。
 シューベルトの交響曲第1番は特に。

 続けて、メルヴィン・タンのフォルテピアノ独奏による、シューベルトとベートーヴェンのクラヴィーア作品集を聴く。

 『笑いの世界』を読み進める。

 小説のノート書き分のワープロ打ちを行う。

 今日は、カフェ・ベローチェで旧い友だちにクッキーをごちそうになる。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 作家、弁護士、笑芸人…。
 出自を問わないその似通ったやり口には、ついつい笑ってしまう。
 もちろん、笑ってばかりもいられまいが。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-21 21:38 | CLACLA日記

朝日新聞の営業担当の人が来る(CLACLA日記)

 少し雲が増えてきたような気もするが、概ねいいお天気、いい青空だった。

 今日も気温が上昇し、暑い感じのする一日となる。

 午前のうちに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 『笑いの世界』を読み進める。

 用事があって、いったん外出する。

 帰宅後しばらくして、朝日新聞の営業担当の人がやって来る。
 先日起こったことに関し、朝日新聞に「クレーム」のメールを送っていたため。
 で、こちらが何に不快感を覚え、不信感を抱いたかを詳しく説明する。
(だからと言って、どこかの知事の肩を持ちたいとは思わないけど)

 東京カルテットの演奏した、シューベルトの弦楽4重奏曲のCDを繰り返し聴く。

 小説の下書き・ノート書きを行う。

 夕飯後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシックで、チョン・ミュンフム指揮フランス放送フィルのコンサートのライヴ録音を聴く。
 ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲(庄司紗矢香の独奏)、バルトークの管弦楽のための協奏曲などが放送されていた。

 『笑いの世界』を読み進める。
 桂米朝、筒井康隆の対談はやっぱり面白いなあ。
 面白い面白い。

 個人創作誌『赤い猫』第2号のスケジュールを組み直す。
 後述、パソコンの調子が悪いことも加わって、第2号の発行は来年にずれ込む可能性が大になってきた。
 残念だけれど、仕方がない。

 今日も、甘いものは食さず。

 給油活動継続法案がするすると通ってしまいそうだが、この件では自民公明両党の度し難さももちろんだけれど、当然民主党のふがいなさのほうにも目がいってしまう。
 いずれにしても、どうにもこうにもな状況である。

 パソコンの調子、全くかんばしからず。
 冷や冷やしながら作業を行う毎日だ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-10-20 20:51 | CLACLA日記