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2008年12月31日(CLACLA日記)

 12月31日。
 今日で、2008年も終わりである。

 朝目が覚めたとき、お前は何をやっているのか、と呼ぶ声がした。
 ような気がした。
 なぜなら、痛風の発覚等体調不良、さらにそこから派生した経済状況の悪化もあって、今年が諸事万端滞りなく思い通りに実行できる一年にはならなかったからだ。
 ただ、そうした中でも、まかりなりにも個人創作誌『赤い猫』の第1号を発行できたことは、単に自らの作品を公にしたということだけではなく、今後の創作活動、そして自分自身の生き方あり方を考える上でも大きな一歩だったと思う。
 来年は、健康管理及び財政管理に気をつけながら、自らが為したいと思うこと為すべきと思うことを着実に為していく一年としたい。

 青空は見えつつも、どんよりとした感じのお天気だった。

 気温も下がり、肌寒い一日となる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 朝早めに起きて掃除機をかけ、部屋その他の拭き掃除をすませる。

 パトリシア・プティボンの歌ったモーツァルト他のアリア集のCDを聴きながら、「今年観たもの聴いたもの」をアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 『カルタ遊び』の15の下書きとPCへの打ち込みを終える。
 原稿用紙、41枚分になった。
 これが、今年の書き納めだ。

 で、そのあと、来年の創作活動についていろいろと考える。

 腰をかばって今度は右肩を捻ってしまったこともあり、夕飯用の買い物以外は外出せず。
 その代わり、買い物前に近くのブックファーストで立ち読みをしたりした。
(『大平正芳』という中公新書が気になるなあ)

 年越し蕎麦があるので、早めに夕飯をすませる。
 量も少なめなり。

 夕飯後、『暗黒日記』のつまみ再読を行う。
 清沢洌の戦時下の憤りを想いつつ、イスラエル政府によるガザ地区の空爆をはじめとした現在の諸状況、自分自身のことなども考える。

 今日は、チャームピーを食す。
 近くのローソン100円ショップで、50円引きのものが残っていたので、ついつい買ってしまったのだ。
 それにしても、このお菓子は夕飯と年越し蕎麦のつなぎにもってこいだと思う。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 そして、来年2009年がいい一年でありますように!!
 今後とも何とぞよろしくお願い申し上げます。
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by figarok492na | 2008-12-31 20:45 | CLACLA日記

今年観たもの聴いたもの

 2008年も大つごもり。
 と、言うことで、今年観たもの聴いたもの、さらには読んだものの中から「これは」と思ったもの(人)を振り返ってみたい。
 なお、2008年は痛風が発覚するなど体調が芳しくない状態が続いたり、そこから派生して経済的にも相当厳しい状況に追い込まれたこともあって、例年に比べて、演劇、コンサート、映画、ともに接する数が残念ながら減ってしまったことを付記しておく。

 まずクラシック音楽のコンサートからいくと、何と言っても、パトリシア・プティボンの来日リサイタルから挙げなければなるまい。
 これはプティボンの歌い手として、さらには役者としての魅力が十二分に発揮されたコンサートで、足を運んで本当によかったと思えるものだった。
(後述、ドイツ・グラモフォンからリリースされた彼女の新譜アルバムにはそこまで心を動かされなかった。やはり、彼女はライヴ向きなのではないか)
 また、広上淳一の常任指揮者就任のお披露目公演ともなった京都市交響楽団の第511回定期演奏会、特にリムスキー=コルサコフのシェエラザードは、広上さんと京響の今後の充実した共同作業を予想させるに十分な密度の濃い演奏で、強く印象に残った。

 続いて、演劇に移るが、ここではベトナムからの笑い声の第24回公演『レストラン・ザ・ペガサス』、中でも、オムニバスの前半二つの作品を第一に記したい。
(余談だけど、ベトナムは、荒木千恵さんの存在が今後の小さからぬ「鍵」になるような気がする)
 下鴨車窓の一連の公演(『旅行者』再演、『農夫』、『書庫』)では、田辺剛さんの劇作家としての力量を再確認することができた。
 これからの田辺さんの作品が、ますます愉しみだ。
 他に、同志社大学関係での、二口大学さんや広田ゆうみさんの地道な活動、諸々の公演での川上明子さんの舞台美術、魚森理恵さんの照明、小早川保隆さんの音響も忘れてはなるまい。
 演技者では、ベトナムからの笑い声の鉄壁な男性陣、『いつか、すべて消えてなくなる』での樋口美友喜さんの演技と得田晃子さんのナレーション、『着座するコブ』での武田暁さん、『かえるくん、東京を救う』での豊島由香さん、『書庫』での大熊ねこさん、CTT4月試演会・ぬるり組合での柳原良平君、同8月試演会・てんこもり堂での藤本隆志さん、同11月試演会・ルドルフ(仮)での岩田由紀さんその他。

 映画は、コスタ=ガヴラスの娘、ジュリー・ガヴラス監督の『ぜんぶ、フィデルのせい』がベスト。
 特に、主人公の女の子が図書館で何かを見つけるシーンには、非常に心が動いた。
 これはマストである。
 マストといえば、ステファン・ルツォヴィツキー監督の『ヒトラーの贋札』もそうだった。
 伝えたいことと映画としての面白さのバランスがよくとれていて、これまた多くの方にお薦めしたい。
 邦画では、川島雄三監督の諸作品や、田中徳三監督、と言うよりも、市川雷蔵の『眠狂四郎女地獄』を観ることができたのが収穫だった。
 後者は、市川雷蔵に加え、伊藤雄之助、田村高広の演技が素晴らしい。
(そうそう、『相棒』の蟹江敬三がゲストの回に、殺される評論家の役で伊藤高が出ていたが、雰囲気が父親そっくりになってきたなあ。たぶん、『相棒』では狙ってやってたんだろうけど)

 美術関連では、ギャラリー・ニュートロンでの中比良真子展が僕の好みに合っていたとだけ記しておく。
(ここでは、大好きな大田ゆら展を観逃したのが痛い!!)

 CDは、ディアナ・ダムラウ、パトリシア・プティボンの両アルバムとも水準以上の出来だったが(前者では、ジェレミー・ローラー&ル・セルクル・ドゥ・アルモニーも識ることができたし)、改めて云々かんぬんすることはしない。
 興味がおありの方は、CDレビューをご参照のほど。

 最後は読書だけれど、これは作家(著者)名とタイトルを挙げるに留める。
 宮部みゆき『誰か Somebody』、筒井康隆『銀齢の果て』、『巨船ベラス・レトラス』、『壊れかた指南』、『ダンシング・ヴァニティ』、小林信彦『うらなり』、『東京少年』、町田康『告白』、伊坂幸太郎『死神の精度』、『魔王』、西條奈加『金春屋ゴメス』、『芥子の花』、北村薫『瑠璃の天』。
 井上ひさし『闇に咲く花』。
 水谷良彰『サリエーリ』、樋田慶子『つまらぬ男と結婚するより一流の男の妾におなり』、繁田信一『殴り合う貴族たち』、通崎睦美『天使突抜一丁目』、吉田秀和『世界の指揮者』、鹿島茂『怪帝ナポレオン3世』、高崎通浩『歴代アメリカ大統領総覧』、色川武大『なつかしい芸人たち』、橋本治『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』、高橋源一郎『一億三千万人のための小説教室』、保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』、服部龍二『広田弘毅』、石田衣良『I LOVEモーツァルト』(モーツァルトそのものに関しては×)、長谷川如是閑集第二巻、第四巻。

 いずれにしても、来年2009年も、さらによいもの心の動くものに巡り合いたいと強く思う。
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by figarok492na | 2008-12-31 12:24 | 観劇記録

大掃除第二日目(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 今日も、穏やかな感じの一日となった。
 この調子で新年を迎えられればいいのだが、どうやらまたぞろ寒くなるらしい。
 うむむ。

 腰の調子、どうにもよからず。
 昨夜、ぐきっとやってしまって痛みが増しているのだ。
 2009年も間もなくだというのに、ほんとやだなあ。

 正午過ぎ、大掃除第二日目に突入する。
 まずはキッチン(まわり)に取りかかり、換気扇などもやっつける。

 腰の痛みもあって、しばし休みをとる。
 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第8番を聴きながら、清沢洌の『暗黒日記』<岩波文庫>のつまみ再読をしたり、『カルタ遊び』の15の冒頭部分の下書きとノート書きを行う。
 『カルタ遊び』の15は、芸能界の女傑四方晴子のポルトレイトで、某革新政党の機関紙によるインタビューという形式をとることにした。

 で、大掃除を再開し、浴室・トイレの徹底的な掃除を行う。
 相当苦戦したが、なんとかすっきりさせることができた。
 いやあ、満足満足。
(「てか、もっとこまめにやればいいじゃん」、と呼ぶ声あり。はっ、その通りでございます。それにしてもこの声、なあんか飯島愛っぽいなあ)

 デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏した、ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱つき」のCDを聴きながら、『暗黒日記』や吉田秀和の『音楽 展望と批評』2<朝日文庫>のつまみ再読を行う。

 今日も、夕飯用の買い物以外は外出せず。

 夕飯後、『暗黒日記』のつまみ再読を行う。
>戦争を世界から絶滅するために敢然と立つ志士や果たして何人あるか。
 予、少なくともその一端を担わん<

 イスラエル政府によるガザ地区の空爆は、今日も続いている。
 ハマスによるミサイル攻撃によるものも含めて、多数の生命が奪われているのだ。
 それにしても、ハマスのミサイル発射停止が先決とのアメリカ政府の物言いには、いつものことながら腹立たしさを感じる。
 何が「チェンジ」か。

 今日は、フジパンのいちごのチーズ蒸しケーキを食す。
 近くのスーパーで、税込み63円になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 さあ、今年も残すところあと一日だ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-12-30 22:07 | CLACLA日記

大掃除第一日目(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 気温は、それほど下がらず。
 穏やかな感じの一日となった。

 正午過ぎに、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 昼食後、収納ケース内の衣類等を整理整頓する。
 例年のことだけれど、ハンカチやタオルの数の多さに我が事(物)ながら驚く。
 にもかかわらず、使っているハンカチやタオルの種類の少なさにも、改めて驚く。

 『カルタ遊び』の14の下書きとPCへの打ち込みを終える。
 原稿用紙、40枚分になった。

 今年も残すところあと僅か。
 と、言うことで、大掃除を決行することにする。
 ただし、腰の調子がどうも芳しくないこともあって、今年は二日(もしくは三日)に分けて進行することにした。
 で、今日はその第一日目。
 ベランダ、窓、雨戸、並びに玄関の掃除をすませる。
 気温が高めで、辛い思いをせずに拭き掃除ができて、まずは何よりだ。
 いやあ、ちょっとすっきりした。
(まだ、キッチンと浴室・トイレが残っているから、完全にすっきりしたとは言えないのだ)

 福田進一の弾く、武満徹のギターのための12の歌を聴く。
 そのうち、『星の世界』やビートルズのヒットナンバー、『インターナショナル』は繰り返し聴いた。
 前にも、記したかもしれないが、福田進一の武満徹アルバムは、このギターのための12の歌を聴くためだけにでも「買い」だと思う。
 だって1000円だもの、安いでしょ。

 昨日出歩いたこともあり、上述の如く腰の調子が芳しくないこともあり、夕飯用の買い物以外は外出せず。

 夕飯後、山田一雄指揮新日本フィルの演奏した、モーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」他のCDを聴く。

 内田百間(本当は、門構えに月)の『大尉殺し』と『蘭陵王入陣曲』の黙読と音読をやってみる。
 自分の耳が頼りだが、それにしてももちょっときちんと読めるようになりたいものだ。

 イスラエル政府によるガザ地区の空爆が続き、多くの人命が奪われているという。

 新聞のテレビ欄をのぞくと、貧乏神のように貧相な顔をした厄病神みたいな男が、恥も外聞もなくあちらこちらと出まくっているようだ。
 どこかで死神が笑っているような気がして、僕には仕方がない。

 今日も、北海道ビスケットを食す。
 これは、いいお菓子だと思う、ほんとに。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-12-29 22:09 | CLACLA日記

河原町まで出て、CDを売却した(CLACLA日記)

 青空は見えていたものの、どんよりとした感じの強いお天気となる。
 夕方には、僅かながら小雨も「落ちて」いたようだ。

 寒い日が続く。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 厳しい寒さのせいか、どうにも腰の調子がおかしい。
 注意しておかなければ。

 午前のうちに、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 シャーンドル・ヴェーグの指揮した、モーツァルトのカッサシオン他のCDを聴く。
 詳しくは、前回の記事(CDレビュー)をご参照のほど。

 近くのスギ薬局まで行って、セールのトイレットペーパーとリップスティックを購入する。
 それにしても、スギ薬局のポイント5倍週間は嬉しいなあ。

 年末年始用の買い物に臨時出費がかさむということもあって、またぞろCDを売ることにした。

 で、思い立ったが吉日、腰の調子は芳しくなかったが、早速準備をすませ、お昼過ぎに外出する。
(途中、京都芸術センターに寄ろうとしたら、なんたること、芸術センターは休みに入ってしまっていた。明日はなかった…)
 歩いて、河原町まで出、いつもの通りAvisにCDを預けてから、ジュージヤ三条本店で試聴を愉しんだあと、トーカイで年賀状(予備)、図書カード、阪急の切符などを買い、ストアデポで来年用のノートを買って再びAvisへ。
 なんと、予想していた4倍ほどで買い取ってもらうことができた。
 よかったあ!
 さあ、何かを買おう。
 などとは、もちろん思わない。
 勝って兜の緒を締めよ、じゃないけれど、無駄遣いはせずに歩いて帰る。
(途中、紅茶専門店セレクトショップをのぞいたが、なんだかばたばたしているみたいだったので、今日は寄らないことにした。その代わり、烏丸通のローソンの隣に、ボルテールというペンや時計のお店ができていたので、入ってみた。時計はひとまず置くとして、高級品の万年筆には見とれてしまう。欲しいなあ。うん万円の万円筆、じゃない万年筆)

 夕飯後、いくつか雑件をかたづける。

 色川武大の『なつかしい芸人たち』<新潮文庫>のつまみ再読を行う。

 今日は、昼食のあとに北海道ビスケットを食し、夕飯のあとに第一製菓のチャームピーを食す。
 北海道ビスケットは実家から届いた荷物に入っていたもので、簡単に言うとクラッカーのような食感を持ったビスケットで、ほのかな甘みも美味しい。
 一方、チャームピーはローソン100円ショップ(そういえば、最近ショップ99がどんどんこれになっている。ローソンもせっこいなあ!)で50円引きとなっていた、ピーナッツを水飴で固めた西洋おこしっぽいお菓子で、これまたなかなかいける。
 ごちそうさま!

 さあ、今年も残すところあと三日とちょっとだぞ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-12-28 22:18 | CLACLA日記

ヴェーグのモーツァルト(CDレビュー)

 ☆モーツァルト:カッサシオン第1番、第2番、アダージョとフーガ

  シャーンドル・ヴェーグ指揮カメラータ・アカデミカ・デス・モーツァルテウムス・ザルツブルク

  1987年5月、デジタル録音
  <CAPRICCIO>10 192


 シャーンドル・ヴェーグとカメラータ・ザルツブルク(正式に言うと、当時はカメラータ・アカデミカ・デス・モーツァルテウムス・ザルツブルク。以下、CAMSと略記する)の実演には、1993年夏から1994年冬にかけてのケルン滞在中に一度だけ接したことがある。
 確か、今回取り上げるCDにも入っているモーツァルトのカッサシオンや、ハイドンの交響曲第102番がプログラムに組まれていたのではなかったか。
 高齢にも関わらず、ヴェーグ翁が若々しく闊達な音楽づくりを行っていたことを記憶している。
 と、言うのは、あくまでも「公式見解」で、期待が大きかった分、若手中心のオーケストラのアンサンブルの粗さに、なんだかがっくりしてしまったというのが僕のその時の正直な感想だ。
(今にして思えば、とても大切なものを聴き落していたということなのだけれど、だからと言って僕は、当時の自分自身のそうした受け止め方を否定し切るつもりはない)

 今回取り上げるCDは、シャーンドル・ヴェーグとCAMSが残した一連のモーツァルトの管弦楽曲の録音中の一枚で、あまり演奏される機会のない、カッサシオン第1番と第2番に加え、弦楽合奏によるアダージョとフーガハ短調が収められている。
 一昨日昨日とアップしたピリオド奏法を援用した演奏や、ピリオド楽器を用いた演奏と異なり、ヴェーグとCAMSの演奏は、いわゆるオーソドックスな流れを汲むものである。
 そのため、ピリオド・スタイルのモーツァルトに慣れ親しんだ聴き手からすると、若干刺激に欠ける演奏と聴こえる場合もあるかもしれない。
 と、言っても、それはあくまでもピリオド・スタイルと比較すればの話で、音楽の持つ芯の強さのようなものは、流麗で明快な演奏の中にも、はっきりと示されているように僕は思う。
 中でも、アダージョとフーガの後半、音楽が畳みかけてくるような部分には、ヴェーグとCAMSの特性がよく表れているのではないだろうか。
(これには、ヴェーグが名うての弦楽器奏者だったということも影響しているかもしれない)

 実演で感じたアンサンブルの弱さはこのCDにおいても聴き受けられないことはないが、税込み1000円程度までなら、ピリオド・スタイル好みの人以外には問題なくお薦めできるCDだ。
 なお、ヴェーグとCAMSのモーツァルト録音は、現在組み物として申し訳ないくらいの廉価で販売されているけれど、カプリッチョ・レーベル(の親会社のデルタ・ミュージック?)が潰れてしまったため、いつまで入手が可能かはさだかではない。
 興味がお有りの方は、HMVやタワーのホームページなどでお調べいただければと考える。
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by figarok492na | 2008-12-28 12:13 | クラシック音楽

押入れ内の整理整頓を断行した(CLACLA日記)

 どんよりとした感じはありつつも、一応青空の見えるお天気だった。

 今日も寒さが厳しい。
 非常に厳しい。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 午前のうちに、毎週恒例の洗濯をやっつける。
 ついでに、掃除機をかけキッチンまわりの拭き掃除をやっつける。

 シュタードラー・トリオ他の演奏した、モーツァルト/バセットホルン・ボンボンを聴く。
 詳しくは、前回の記事(CDレビュー)をご参照のほど。

 思い立って、押入れ内の整理整頓を断行する。
 部屋を小ぎれいに見せようと、押入れの中にあれこれ詰め込んだつけが、今頃になってのしかかってきたという訳だ。
 で、一時間ほどかけて不用なものを始末し、必要なものもきっちりきちんと整頓することができた。
 大満足。

 『花田清輝評論集』のつまみ再読を行う。

 夕方前になって、浴室とトイレの掃除をやっつける。

 寒さもあって、今日は夕飯用の買い物以外には外出せず。
 本当は京都芸術センターあたりまで行ってみようかと思ったのだけれど、この寒さじゃね。
 明日があるさ。

 夕飯後、『カルタ遊び』の14の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを途中まで行う。
 原稿用紙、37枚分まで書き終えた。

 『花田清輝評論集』と、花田清輝の『復興期の精神』<講談社学術文庫>のつまみ再読を行う。

 今日も、甘いものは食さず。

 身近なところで、なんとも不愉快なことあり。
 ああ、やだやだ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-12-27 21:41 | CLACLA日記

バセットホルン・ボンボン(CDレビュー)

 ☆モーツァルト/バセットホルン・ボンボン

  演奏:シュタードラー・トリオ
  録音:1988年6月

  <PHILIPS>446 106-2


 三者三様、千差万別、十人十色、朱に交われば赤くなり。
 って、最後のだけは違ったか。
 この世に同じ人間が二人といないように、ピリオド楽器による演奏も、ピリオド奏法を援用したモダン楽器による演奏も、演奏者並びに作品が変わればその内容は大きく異なったものとなる。
 さしずめ、前回取り上げたニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によるハイドンの二つの交響曲がシンフォニックな拡がりを持った外向的な音楽であり演奏であるとすれば、今回取り上げるシュタードラー・トリオを中心としたこのアルバムは、インティメートな雰囲気が濃密な内向きの音楽であり演奏と評することができるのではないか。
(もちろん、ここでいう内向きとは、いわゆる「内向的」といったマイナスのイメージが伴うものではない。あくまでも、音楽の本質の違いを言い表したかっただけだ)
 モーツァルトの、バセットホルン(相当単純化して説明すると、クラリネットの仲間)やクラリネットによるトリオのための小品に加え、そのトリオを伴奏とした三重唱曲を収めたこのCDは、まさしく作曲家とその仲間たちが味わっただろう愉しさや親密さに満ちあふれていて、こちらも聴くたびに本当にほっこりとした気分になってくる。
 もちろんそれには、ピリオド楽器の腕扱き奏者エリック・ヘープリチをはじめとした、18世紀オーケストラメンバーによるシュタードラー・トリオ(このアルバムに収録された作品の成立にも関係した、モーツァルトの友人の名が冠されている)の力まず激さずばたつかない、柔らかくて暖かい演奏も大きくものを言っていることは、改めて言うまでもあるまい。
 加えて、カミユ・ヴァン・ルネン(ソプラノ)、マイラ・クレーゼ(アルト)、ペーター・ダイクストラ(バス)の三人も、澄んだ歌声とバランスのよい歌唱で、作品やシュタードラー・トリオの演奏ととてもぴったりだと思う。
 これまた中古で税込み500円で手に入れたCDだが、税込み1200円程度までなら安心してお薦めできる一枚。
 特に、モーツァルト・ファンには大推薦だ。
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by figarok492na | 2008-12-27 13:11 | クラシック音楽

やっと切り抜き用ファイルとシステム手帳を購入した(CLACLA日記)

 一応青空も見えていたが、どんよりとした感じの強いお天気だった。
(この冬初めての雪とのことだったが、あいにく僕は見損ねた)

 気温がぐぐっと下がり、寒さが非常に厳しい一日となる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 午前のうちに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 ニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏した、ハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」と第104番「ロンドン」のCDを聴く。
 詳しくは、前回の記事(CDレビュー)をご参照のほど。

 雑件をかたづけ、一気呵成に年賀状を書き終える。
 今年は、毎年恒例のクリスマス&ニューイヤーカード(手描きの猫とねずみのイラストつき)を送れなかったこともあり、その人たちの分も含めて送ることになる。
 それにしても、我が字の汚さには、我ながら辟易してしまう。

 そのあとしばらくしてから外出し、年賀状を投函したのち、烏丸通まで出る。
 五条近くに文具店があるからだが、残念ながら、ここにも目当ての生産性出版のニューエグゼクティヴ(システム手帳)は置いていない。
 実は、高橋のシステム手帳にほぼ同じデザインのものがあったのだけれど、これは1月4日までですぱんと切れてしまっている。
 生産性出版のほうは、翌年3月末まで書き込みできるからなあ。
 やっぱり、生産性出版のほうがいい。

 仕方がないので、五条高倉の100円ショップまで行って、切り抜き用のファイルを購入する。
 僕が知っているかぎり、間仕切りがあるファイルはここぐらいしか置いていないのだ。

 その後、四条烏丸まで戻り、COCON烏丸に入り、Shin-biのギャラリーで梶山真由子展『Dream scape』を観、京都シネマに寄り、念のためくまざわ書店へ。
 あった!
 生産性出版のニューエグゼクティヴがありました!!
 しかも、図書カードが使えることができたのは助かった。
 いやあ、自分の勘も信じてみるものだ。

 帰宅後、シャーンドル・ヴェーグの指揮した、モーツァルトのカッサシオン集のCDを繰り返し聴く。

 夕飯後、『花田清輝評論集』のつまみ再読を行う。

 イギリスの劇作家ハロルド・ピンターが亡くなる。78歳。
 いわゆる「不条理劇」の書き手として知られたが、単にそれだけに留まらぬ幅の広い作品世界の持ち主だった。
 また、朝日新聞の訃報記事にもあるように、『フランス軍中尉の女』や『スルース』の脚本をものしたり、イラク戦争反対の姿勢を示した。
 2005年、ノーベル文学賞を受賞している。
 深く、深く、深く、深く黙祷。
(なお、二人の殺し屋の姿を描いた『料理昇降機』を、小林信彦がコント55号に演じさせようと目論んだことは、知る人ぞ知ることである)

 作家の早乙女貢も亡くなる。82歳。
 深く、深く黙祷。

 映画監督で演出家の若杉光夫も亡くなる。86歳。
 劇団民芸の演出家としてや、映画監督として知られた。
 また、故南風洋子の夫でもあった。
 深く、深く黙祷。

 今日も、甘いものは食さず。

 麻生総理が、海上自衛隊によるソマリア沖海上警備(海賊対策)に乗り気だそうだ。
 もっとやるべきことがあるし、まずもってそれを早くやれよ、と強く思う。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2008-12-26 22:10 | CLACLA日記

アーノンクールの太鼓連打とロンドン(CDレビュー)

 ☆ハイドン:交響曲第103番「太鼓連打」、交響曲第104番「ロンドン」

  指揮:ニコラウス・アーノンクール
 管弦楽:アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
  録音:1987年6月

  <TELDEC>8.43752(243 526-2)


 前年に京都賞を受賞し、2006年秋には手兵コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン、並びにウィーン・フィルとの来日公演を成功させたニコラウス・アーノンクールは、現在世界を代表する指揮者の一人であり、音楽家の一人である。
 そして、彼もその一翼を担ったピリオド楽器による演奏やピリオド奏法を援用したモダン楽器による演奏は、完全とは言えないまでも、今やバロック、古典派、さらには初期ロマン派の作品を再現する際に避けては通れないものとなっている。

 だが、約30年ほど前、というから、ちょうど僕がクラシック音楽を熱心に聴き始めた頃のことになるが、ニコラウス・アーノンクールがそれまでのバロック音楽に留まらず、モーツァルトやハイドンといった古典派の音楽を演奏しだした時の拒否反応というものは、今では想像のつかない激しいものだった。
 確かNHK・FMで放送された、ウィーン国立歌劇場における『魔法の笛』のライヴ録音には、生々しいブーイングの声も収録されていたはずだし、コンツェントゥス・ムジクス・ウィーンとのモーツァルトのレクイエムを初めて耳にした時は、僕もそのガット弦の針金をこすり合わせたような音色やアーノンクールの強烈な音楽解釈には大きなショックと違和感を覚えたものだ。

 今回ここで取り上げる、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団との、ハイドンの交響曲第103番「太鼓連打」と第104番「ロンドン」のCDも、ニコラウス・アーノンクールへの評価が未だ賛否相半ばしていた時期、1987年6月に録音されたものである。
(ちなみに、創立100周年を記念してコンセルトヘボウ管弦楽団にロイヤルの名が冠されるのは、翌年1988年で、だからこのCDでの表記は旧名のままだ)
 で、以下は上述した事どもを踏まえての感想なのだけれど、この録音から20年を経過した2008年現在においては、この両曲の演奏が奇異に感じられることは、まずもってない。
 少なくとも、僕にはない。
 確かに、アーノンクールの音楽づくり(強弱の付け方、アクセントの置き方等々)は独特なもので、例えば、ブルーノ・ワルターやトマス・ビーチャム、ピエール・モントゥーたちのハイドン演奏ばかりを耳にしている人ならば、必ず「えっ?!」と顔面を強張らせることは間違いないとは思うのだけれど。
 でも、よい意味で(もしかしたら、悪い意味でも?)、僕はピリオド楽器による演奏やピリオド奏法の洗礼を受け過ぎてきたのだ。
 ただ、その分、この二つの交響曲の持つ音楽的な拡がり(そこには、それまでのヨハン・クリスティアン・バッハやアーベルの交響曲との違いも含める)や音楽的仕掛けの在り処がよくわかるし、一つにはレーベル側の営業的な計算もあったのかもしれないが、ハイドンの後期交響曲=いわゆるザロモン・セットを録音するにあたって何ゆえアーノンクールがコンセルトヘボウ管弦楽団を選んだのかもよくわかる。
(この頃のコンセルトヘボウ管弦楽団って、見事なオーケストラだなあ。聴いていて、本当にそう思う)

 いずれにしても、「太鼓連打」冒頭のティンパニ連打をはじめ、アーノンクールの音楽的個性によく添ったテルデックの録音ともども、実に聴き応えのある一枚と言える。
 僕は初出時のCDを、中古で税込み500円で手に入れたが、これは税込み1500円程度までなら安心してお薦めできる一枚だ。
 太鼓連打とロンドンのファーストチョイスとしても大推薦である。
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by figarok492na | 2008-12-26 12:47 | クラシック音楽