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コンサートのチケットを買った!(CLACLA日記)

 雨降り。
 お昼過ぎにはやんでいたが、夕方頃から再び降り出す。
 本降り。
 うっとうしいかぎり。

 むしむしむしむしとして、全く快ならず。

 午前3時過ぎまで、今後の創作について考えたり、「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み進めたりする。
(「『婦人公論』にみる昭和文芸史」は、水上勉と松本清張の章を読み終えた)
 その後、4時過ぎまで寝つけず。
 あれこれと考え事をする。

 10時台に起きて、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を聴く。

 有吉佐和子の章などを読み終えて、「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読了する。
 思いがけないヒントを得たりもして、これは「瓢箪から駒」の一冊だった。

 13時台に外出する。

 まず近くの金券ショップ・トーカイで市バスの一日乗車券を買ってから、西院へ。

 で、ジョーシンで用件をすませたのち、バスを乗り継いだり歩いたりして、京都コンサートホールへ。
 7月23日の京都市交響楽団の定期演奏会と、7月30日の小澤征爾音楽塾のコンサートのチケットを購入する。
 中散財。

 その後、仕事関係の大切な用件をすませ、近くの元祇園梛神社で茅の輪くぐりをしてから、帰宅した。

 遅めの夕飯後、伊坂幸太郎の『終末のフール』<集英社文庫>を読み始める。
 表題作を読み終えた。

 6月の創作活動について総括を行い、新しい作品に関するアイデアをノートにメモしたりする。
 ちょっとずつでも、進めていかないと。

 今日は、甘いものは食さず。

 今日で6月も終わり。
 2009年も半分終わったということになる。
 本当に、一日一日を大切にしていかなければ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-30 22:32 | CLACLA日記

『激しく、速やかな死』を読み終えた(CLACLA日記)

 雨降り。
 どんよりとしたお天気の一日。

 気温は昨日ほどには上昇せぬものの、むしむしじめじめとして全く快ならず。

 午前4時近くまで、今後の創作活動について考えたり、「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み進めたりする。
 「『婦人公論』にみる昭和文芸史」は、片山廣子、太宰治、野上彌栄子、宮本百合子と読み継いで、第一章を読み終えた。

 昨日うっかりしてぶつけたか何かしたのか、左目がやけに重痛い。
 そして、お米を運んだせいで、左右両肩も重痛い。
 やれやれ。

 午前のうちに、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を繰り返し聴く。

 『激しく、速やかな死』。
 『アナトーリとぼく』(『戦争と平和』による)と『漂流物』を読み終え、全てを読了した。
 一篇一篇時間をかけて丹念に読み進めるのに相応しい一冊だったと思う。
 装丁からも、単行本で購入しておいて本当によかった。

 帰宅後、「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み進める。
 伊藤整、幸田文、亀井勝一郎の章を読み終える。

 夕飯後、NHK・FMのベスト・オブ・クラシック、トン・コープマンのオルガン・リサイタルのライヴ録音を途中から聴く。
 正直、オルガンという楽器に対してはあまり興味関心がわかない。
 ただ、それはそれとして、オルガンほど狭い部屋で聴くのに相応しくないものもないような気はする。
 少なくとも、ワンルームマンションの一室には似合わないなあ、やっぱり。

 「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み進める。
 室生犀星、宇野千代、石川達三、川端康成、三島由紀夫、井上靖の章を読み終えた。
 それにしても、なんと錚々たる顔触れか!

 今後の創作に関して考える。

 今日は、日清製菓のビックス・チョコチップクッキーを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 ホンジュラスでクーデターが起こったという。

 一方、日本では再び麻生下ろしが活発化しているという。
 他人のことをどうこう言えるような状況ではない。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-29 23:00 | CLACLA日記

暑い中を烏丸あたりまで外出した(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 気温は今日も上昇し、暑さが厳しい一日となる。
 暑い暑い。

 午前4時近くまで、今後の創作活動について考えたり、『文芸誤報』や『激しく、速やかな死』(『荒地』を読み終える)を読み進めたり、許光俊の『問答無用のクラシック』<青弓社>のつまみ再読を行ったりする。

 9時台に、朝日新聞の集金で起きる。

 胃腸の具合、どうにもかんばしからず。
 昨夜食べた、自家製ハンバーガーが悪かったようだ。
 やれやれ。

 正午過ぎ、近くのスギ薬局まで、セール品のお米とトイレットペーパーを買いに行く。
 ついでに、試供品の栄養ドリンクもちゃっかりいただく。
 が、それがたたったのか(と、言うよりも単に物の持ち方が悪かったため)、右肩を妙に捻る。
 おまけに、腰も軽く捻る。
 やれやれ。

 帰宅後、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を繰り返し聴く。

 『文芸誤報』を読了した。
 ああ、面白かった!
 それにしても、斎藤美奈子という人は、よい意味で子どもの(頃の)心を忘れない人なんじゃないだろうか?
 樋口裕一の『「本を読む子」は必ず伸びる!』の書評における、
>まー、この種のハウトゥー本を読むこと自体、読書という行為とは著しく矛盾するような気がするが、これだけはいっておこう。
 読書は成績向上に寄与しない。
 本は受験の敵である。
 本を読む子だったあなたなら、きっとわかってくれるだろう<
という言葉は、まさしくその最たる表われなのではないか。
 そしてまた、僕はこの斎藤さんの言葉の意味が、痛いほどよくわかるのである。

 『激しく、速やかな死』を読み進める。
 『フリードリヒ・Sのドナウへの旅』を読み終えた。

 『思想のドラマトゥルギー』のつまみ再読を行う。
 林達夫に関するちょっとした文章を書いてみようかと考えたこともあり。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 15時台に外出し、まずはウィングス京都の図書情報室へ。
 で、『文芸誤報』を返却し、新たに森まゆみの「『婦人公論』にみる昭和文芸史」<中公新書ラクレ>を借りる。

 中京青少年活動センターをのぞいてから、今度は京都芸術センターへ。
 いくつか用件をすませたほか、ベトナムからの笑い声の本チラシを手に入れる。

 そのあと、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 帰宅後、早速「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み始める。
 日本を代表する作家たちと『婦人公論』の関係を通して、昭和の文学界の変遷を語ろうという著書。
 谷崎潤一郎と林芙美子の章を読み終えたが、思っていた以上に読み応えがある。

 夕飯後、「『婦人公論』にみる昭和文芸史」を読み進める。
 佐多稲子、村松梢風(と、言うより、「男装の麗人」川島芳子がクローズアップされている。ちなみに彼の孫が村松友視である)、堀辰雄の章を読み終える。

 『激しく、速やかな死』も読み進める。
 『金の象眼のある白檀の小箱』を読み終えた。
 まるでホフマンスタールの作品をよんでいるかのようだ。
 実に満足。

 夜になって実家から電話があり、母としばらく話をする。

 今日は、ほっと・ぶれーくの抹茶クッキーを食す。
 近くのグルメシティで、税込み60円に値下げされていたもの。
 正直、あんまり好みの味ではなかった…。
 それでも、ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-28 23:04 | CLACLA日記

マリア書房まで水彩画展を観に行った(CLACLA日記)

 どんよりとした感じは強かったが、一応青空も見えていた。

 今日も厳しい暑さが続く。

 午前3時過ぎまで、今後の創作活動について考えたり、『文芸誤報』を読み進めたり、『思想のドラマトゥルギー』のつまみ再読を行ったりする。

10時頃起きて、毎週恒例の洗濯をやっつける。
 ついでに、キッチンまわりの拭き掃除もやっつける。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を繰り返し聴く。

 『文芸誤報』を読み進める。

 『激しく、速やかな死』も読み進める。

 14時過ぎに外出し、近くの金券ショップ・トーカイで市バスの一日乗車券を買ってから、50号系統のバスで堀川下立売まで移動し、そこから歩いて室町下立売へ行き、3階のギャラリー木曜で楠堂葵さんの水彩画展「ここにいるよ」を観る。
 マリア書房の代表で、旧知の高野明子さんからハガキが届いていたこともあってだが、独特のタッチと色遣いが魅力的な楠堂さんの水彩画を愉しむことができた。
 また、高野さんのご厚意で、同時に展示されていた茶器(黒味がかって凹凸が面白いもの)を利用してお抹茶をいただきつつ、しばし高野さんから今回の展示などについてお話を聴くこともできた。
 楠堂さん、高野さん、本当にありがとうございました。

 その後、仕事関係の用件があって別所に移動する。

 用件をすませたのち、一日乗車券をフルに利用しようと、4号系統で北山駅前まで行く。
 で、京都コンサートホールに向かったが、ありゃりゃりゃ、目当てのチケットコーナーは17時で終了していた。
 19時から井村誠貴指揮和み交響楽団のコンサートも始まっていたが、昨日タカーチ・カルテットのコンサートを聴いたばかりだしなあと思い、何種類かチラシを手に入れただけで、京都コンサートをあとにする。

 北山駅前からのバスがなかったため、歩いて北大路通の府立大学前のバス停まで移動し(学食が開いていたらと、京都府立大学に「しのび込んだ」が、土曜ということでさっぱり…)、205号系統で河原町今出川まで出、つだちくとコミックショック!をのぞいたあと、3号系統で戻る。

 帰宅後、『文芸誤報』を読み進める。

 『激しく、速やかな死』も読み進める。

 今日は、マリア書房のギャラリーで、茶菓としてフルーツゼリーをいただく。
 さっぱりすっきりとした食感と味わいで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-27 23:01 | CLACLA日記

音楽を聴きに大阪まで行った(深夜のCLACLA)

 一応、いいお天気、いい青空が続く。

 厳しい暑さも続く。
 暑い暑い。

 午前3時過ぎまで、新しい作品について考えたり、林達夫と久野収の対談集『思想のドラマトゥルギー』<平凡社ライブラリー>を読んで過ごす。

 それでもけっこう早めに起きて、掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏したモーツァルトの序曲集を、時間をあけて2度聴く。

 正午過ぎから、仕事関係の用件をすます。

 『激しく、速やかな死』を読み進める。
 表題作を読み終えた。
 メメントモリ。

 『文芸誤報』も読み進める。

 16時半頃外出する。

 まず、四条通のジュンク堂書店京都店で、発売されたばかりの伊坂幸太郎の『終末のフール』<集英社文庫>を購入してから、京阪祇園四条駅(いつの間にか、こんな駅名になっていたのだね)へ。
 で、特急で大阪の京橋まで行き、マクドナルドツイン21店でハンバーガーとマックポークを買って近くのベンチでそそくさと食べ終え、いずみホールへ。
 で、タカーチ・カルテットのコンサートを聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 それにしても、招待券応募のハガキを当ててくれた住友生命には、多謝!

 余談だけど、お芝居をする人、特にウェルメイドプレイなどアンサンブルが重視される作品を好んで演じよう演出しようという人は、ぜひともタカーチ・カルテットのような良質な弦楽4重奏団の演奏に親しんだらどうかと思う。
 学ぶべきところ、刺激を受けるところは、必ず少なくないはずだから。

 終演後、京阪で祇園四条まで戻り、途中遅めの夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 今日は、甘いものは食さず。

 なにやら「地方の人」たちがここぞとばかり大騒ぎをしている。
 これで民主党がかすんでくれれば、政府与党も万々歳だろう。

 マイケル・ジャクソンが亡くなったという。50歳。
 マイケルももう50歳になっていたのか。
 まだ50歳と、本来ならば記すべきなのだろうが。
 深く、深く黙祷。

 アメリカの俳優、ファラ・フォーセットも亡くなった。62歳。
 彼女といえば、どうしてもチャーリーズ・エンジェルということになるか。
 吹き替え版の放映を何度も観た記憶がある。
 深く、深く黙祷。
(そういえば、ジョン&パンチとか、マイアミバイスとか、しゃべる車はなんて言ったっけかなとか、古くはスパイ大作戦とか、民放系で放映された海外ドラマはけっこう観てたんだよなあ)

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-27 01:01 | CLACLA日記

音楽的な、あまりに音楽的な  タカーチ・カルテット大阪公演

 ☆タカーチ・カルテット大阪公演

  会場:いずみホール
  座席:1階T列17番(招待)


 大阪のいずみホールまで、タカーチ(タカーチュ)・カルテットの来日公演を聴きに行って来た。
 だめもとで住友生命に送ったハガキが当たって招待券を手に入れることが出来たからだが、演奏のほうも、ハガキ同様当たりも当たり、大当たりだったと思う。

 プログラムは、ハイドンの弦楽4重奏曲第82番「雲がゆくまで待とう」、バルトークの弦楽4重奏曲第2番、モーツァルトの弦楽4重奏曲第21番「プロシア王第1番」の3曲。
 ハイドンは没後200年のメモリアル・イヤー、バルトークはお国もの(ただし、もともとブダペストのリスト音楽院出身者で結成されたタカーチ・カルテットも、今ではメンバーが入れ換わり、第1ヴァイオリンとヴィオラはイギリス人とアメリカ人が各々担当しているが)ということからの選曲だろうが、ハイドンやモーツァルトは、彼らが作曲した弦楽4重奏曲の中ではいわゆる超有名な作品ではないし、バルトークだって、それほど聴きやすい(弾きやすい)作品とはもちろん言えない。
 つまるところ、一筋縄ではいかないプログラミングであり、なおかつタカーチ・カルテットの自信のあらわれととらえてもまず間違いはないだろう。

 実際、タカーチ・カルテットは全ての作品において、彼彼女らの実力を十二分に発揮していたのではないか。
 これ見よがし、ならぬこれ聴きよがし的にばりばりばりばりと弾きこなすわけではないから、一聴したかぎりではわかりにくいかもしれないが、そのアンサンブルの密度の濃さ、きめの細かさはやはり並のものではあるまい。
 特に、バルトークの第2楽章における緊張感に満ちた音の重なり合いに、僕は強く惹きつけられた。
(これは全体にわたって言えることだけど、タカーチ・カルテットの演奏を聴いて、パウゼ=休止、休み、間もまた音楽なのだと改めて感じることができた。その意味で今晩のお客さんは少し…)
 また、ハイドンやモーツァルトでは、アンサンブルが紡ぎ出すインティメートな雰囲気に魅了された。
 加えて、旋律が過剰にはならぬほどに、しかししっかりと歌われることによって、その美しさが巧みに示されていたとも感じた。
 そして、忘れてはならないのがアンコールのベートーヴェンの弦楽4重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」の終楽章。
 うちらにゃベートーヴェンもありまっせ!
 とでも言いたいかのような熱のこもった演奏で、圧倒されてしまった。

 いずれにしても、非常に「音楽的」でとても愉しいコンサートだった。
 大満足!
 どころか、大々満足!!
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by figarok492na | 2009-06-27 00:45 | コンサート記録

夕飯が21時過ぎになった(CLACLA日記)

 いいお天気、いい青空が続く。

 厳しい暑さも続く。
 陽ざしの強い一日だった。

 午前中、仕事関係の電話があり、しばらく話をする。

 午前のうちに、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を聴く。

 林達夫の「鶏を飼う」と「三つの指環の話」(ともに、『林達夫評論集』<岩波文庫>所収)を再読する。
 林達夫の文章もまた、こういう時代状況だからこそ親しく接しておかなければならないと強く思う。
 そして、林達夫という一個の人間の人生から、学ぶべきところが多々あるとも強く思う。

 続けて、石橋湛山の「死もまた社会奉仕ほか」、「共産主義の正体」、「近来の世相ただ事ならず」、「綱紀粛正論者の認識不足、我が政治の良化をかえって妨げん」(すべて、『石橋湛山評論集』<岩波文庫>所収)を再読する。

 14時半頃、外出する。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 帰宅後、仕事関係の作業に集中し、夕飯が21時過ぎになる。

 夕飯後、佐藤亜紀の『激しく、速やかな死』<文藝春秋>を読み始める。
 マルキ・ド・サド(サド侯爵)の独白である『弁明』を読み終えたが、(よい意味で)筒井康隆の影響が色濃く表れているなあと強く感じる。
 いずれにしても、ゆっくり味わいながら読みたい作品集だ。

 斎藤美奈子の『文芸誤報』<朝日新聞出版>も読み始める。
 若手評価には、ちょっとあれっと思ったりするも、首肯する評も多々あり。

 今日は、ヤマザキのミルクブッセを食す。
 近くのスーパーで、税込み59円のセール品になっていたもの。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

>馬鹿につける薬はない。
(中略)馬鹿は結局馬鹿なことしかしでかさない。
(中略)ここに言う馬鹿が誰のことを指しているかは、諸君の判断にお任せして、私からは言わないことにしておく<
 林達夫「鶏を飼う」より。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-25 22:47 | CLACLA日記

『激しく、速やかな死』を求めて

 7月、8月ともなれば暑いのも当たり前。
 紫外線、じゃないや熱中症対策もばっちりすませて、半ば喜び勇んで外出するのだけれど、今はまだ6月。
 梅雨が明けたのか明けないのかすらよくわからないというのに、なあんか陽ざしがきつくって。
 ああ、たまらない。
 本来ならば部屋にこもって暑さをしのぎつつ、仕事雑件を淡々と片付けていくのがこの状況をなんとかやり過ごす一番の方法だけれど、今日という日ばかりはそうもいかない。
 なぜなら、今日6月25日は、待ちに待った佐藤亜紀の『激しく、速やかな死』<文藝春秋>が発売される日なんだもの。
 そら、外出しなくちゃ本屋に足を運ばなくちゃ。

 と、言うことで、管理人さんに7月分の家賃を納め、四条通の金券ショップ・トーカイ四条烏丸店で図書カードを買って大垣書店四条店に向かう我。
 が、である。
 店頭の新刊コーナーを隅から隅までねめまわすように調べてみたものの、目当ての『激しく、速やかな死』がないのである。
 これはおかしい!!
 と、検索をかけてみたら、在庫なしの表示が。
 これはどうした!?
 と、今度は店員さんに尋ねてみたが、いまひとつ要領を得ぬ返事。
 もしや、またぞろ発売延期か…。

 そんな嫌な予感を払拭すべく、錦小路から四条通経由で、ジュンク堂京都店へ向かったら。
 なあんだ、あるじゃないか。
 それも店頭の新刊コーナーにそれなりの冊数が。
 すかさずきれいな一冊を手に取って。

 購入してそそくさと帰宅して…。
 そうは問屋がおろさないのが今日の中瀬宏之。
 今度は、ウィングス京都の図書情報室へと向かう。
 が、その前に、建物の前の公園の何かの木に山桃みたいな小さな実がごろごろぞろぞろと生っているのが気になった。
 加えて、熟れ切った実が地べたにも相当落ちている。
 これは美味しい木の実じゃろうかい。
 と、生っているうちの手頃なものをぶちっと摘まんだところ、出るわ出るわ、薄赤い、果汁がじゅじゅっと滴り落ちる。
 おそるおそる舐めてみると、うええ、こりゃ酸っぱいの失敗。
 なーる、これじゃ鳥も喰わんよ。

 で、トイレで口をすすいでから図書情報室へ入り、あれこれ悩んだあと、斎藤美奈子の『文芸誤報』<朝日新聞出版>を借りることにする。
 週刊朝日に連載された「文芸予報」と朝日新聞での書評をまとめたもので、これは読んでおきたいと思ったから。
 他意はない。

 それから、中京青少年活動センター、京都芸術センターと寄って、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
 という、これは毎度おなじみのコース。

 そうそう、帰りがけ、近くのドラッグストア、ドラッグランドひかりで週刊文春の小林信彦の連載エッセイ(だけ)を立ち読みしたが、今回は大竹まことのラジオが好意的に取り上げられていた。
 グアム島での飛行機の乗り換えの待ち時間に大竹まことと長く話をしたことは、小林信彦の愛読者ならばすでによく知ったエピソードだと思うが、それが「今」のラジオの大竹まことの評価としっかり結び合わされている点が、小林さんらしくて巧みだと思った。
 やっぱり、こういう文章を書きたいものだ。

 さあ、今から『激しく、速やかな死』を読み始めるぞ!
 いや、その前に仕事、仕事を片付けないと!!
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by figarok492na | 2009-06-25 17:57 | その他

一事が万事(CLACLA日記)

 深夜から明け方近くまでは雨が降っていたようだが、その後はいいお天気いい青空になる。

 気温は今日も上昇し、暑さがとても厳しい一日だった。
 特に、外出時は暑くて暑くて仕方がなかったなあ。

 午前のうちに掃除機をかけ、キッチンまわりの拭き掃除をすませる。

 正午過ぎには、浴室とトイレの掃除をすませる。

 リナルド・アレッサンドリーニ指揮ノルウェー国立歌劇場管弦楽団の演奏した、モーツァルトの序曲集を聴く。

 『ろまん燈籠』を読了する。
 いろいろと感じるところあり。
 そして、太宰治の作品はできるだけ多く読んでおきたいとも思う。
所収『鉄面皮』に接したからではないが、中でも『右大臣実朝』は読んでおきたい。

 お昼過ぎに外出し、銀行や郵便局をまわったのち、仕事関係の用事をすませる。

 で、ついでに夕飯をすませ、別の用事も重なったため、帰宅が少し遅れる。

 帰宅後、長谷川如是閑の「余技界のギルドに対する叛逆者」(『長谷川如是閑評論集』<岩波文庫>所収)を再読する。
 太宰治もそうだけれど、こういう時代状況だからこそ長谷川如是閑の文章には親しく接しておきたいと強く感じる。

 外出時のある出来事から、『狐』というファルスを思いつく。
 と、言っても、狐忠信の狐でもなく、ストラヴィンスキーの狐でもヤナーチェクの利口な牝狐でもない。
 何か近いものがあるとすれば、落語の七度狐か。

 一事が万事。
 と、思うような出来事がある。
 まさしく、一事が万事。
 事の本質そのものがよく表れた出来事だった。

 今日は、カステラのひな形のような焼き菓子を食した。
 甘みたっぷりでしっとりとした食感の焼き菓子で、大いに満足がいく。
 美味しい美味しい。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-06-24 23:06 | CLACLA日記

南弓子さんのこと

 以前、C.T.T.上演会でその舞台に接したことのある南弓子さんに関して、本家CLACLA日記に、

こんばんわ。

ずいぶん以前に私と一緒に仕事しているダンサーを変にけなす形で批判しておられました。
それから、まれに文章を覗かせて頂いておりました。
正直、その時の文章は舞踊の批評を行うべき知識がないままに、感情的にお書きになっているように見受けられました。
やはりブログで他人を一方的に不愉快にさせたり、足りない知識で批評を行うのは宜しくないかと。影で笑われますよ。
ところで、あなたが偉そうにけなしたダンサーは、
現在も随分活躍されてますよ。ご存じですか?
執筆業ですか。大丈夫ですか?

 という、コメントをいただきました。

 これは、以前C.T.T.公演での南弓子さんのダンスの上演に関して、
>他に、ダンスも上演されたが、これについては割愛する。
 だいたい、自分の身体を白塗りにして踊っておきながら、「誰の影響を受けたかについては、自覚的ではない」といった趣旨の発言を、演出(で踊り手)の南弓子*は合評会で行っていた。
 それこそ、どの口がそんな寝惚けたことを言っているのかと、僕はほとほと呆れてしまった。
 「おふざけなさんな」の、一語だ。<
と記したことへのコメントかと思われます。
 久しぶりに読み直して、確かに厳しい物言いで、その点で感情を害されたとしたら本当に申し訳ない限りではあります。
 ただ、ここで僕自身が寝惚けたことと思い、「おふざけなさんな」と口にしているのは、彼女のダンスそのものがどうだったかではなく、彼女が自分のダンスがどこからきたものかを意識していない、ととれる発言を行ったことに疑問と疑念を抱いたことを指摘したものです。
 つまり、僕がここで日頃から記している、自分自身のオリジナリティーの在り処、先達からの影響と自己の関係についてあまりにも無頓着のように感じられたのですね。
 その点をダンスそのものと切り離して、きちんと感情的ととられないように記すべきでした。
 なお、南さんが活躍されていることは重々承知しております。
 そして、僕自身、南さんのダンスに接して心を強く動かされることがあればそれを率直に記しますし、逆に面白くないと感じれば正直にそう記すつもりでいます。
 いずれにしても、今回のご指摘ありがとうございました。
(ところで、上述した南さんに関する記事に妙な文字化けのコメントがあって削除した記憶があるのですが、こんばんはさん=とあえて記します、とそれと関係がおありでしょうか?)

 *敬称を略しているのは、南さんと面識がないためです。

 追記
 南弓子さん自身のブログを読みました。
 正直、実名でそしてこちらのことも名指しで記していただければよかったのにと、それが残念です。

 さらに追記
 ご本人のブログに、中瀬宏之の実名で、
> こんにちは。
 当方のブログにコメント、いただき本当にありがとうございます。
 また、こちらのブログの記事、拝読しました。
 当方の文章の記述によって感情を害された点、心よりお詫び申し上げます。
 もう一つお詫びすべきは、白塗りという言葉が「マイナス」のイメージでとらえらえるような書き方をしたこともお詫び申し上げます。
 当方は、山海塾は残念ながら生で観たことはありませんが、麿さんの公演にはかつて強く心を動かされたことがある人間でもあります。
 当方がなぜあのような表現を行ったかは改めて記しましたが、こちらで南さん(でしょうか?)が書かれたような意見を実名でコメントしていただくか、トラックバックいただければ、当方の問題点もより明らかになったと考えます。
 その点は、残念です。
 いずれにしても、コメント、並びにこちらでのご指摘ありがとうございました。
 心よりお礼申し上げます。<
 というコメントを行ったところ、削除されてしまいました。
 重ねて、残念です。
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by figarok492na | 2009-06-24 13:38 | 観劇記録