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今日もjunaida展を観た(CLACLA日記)

 ああ、時の流れのなんと速かりしこと。
 気がつけば、7月も今日で終わりじゃないか!
 与えられた人生は一回きりなんだから、一日一日を本当に大切にしていかなければ、と心から反省する。
 これって、毎度のことなんだけどね…。

 「濡れたおんなの慕情」、「貝殻のある飾り窓」、「どこから行っても遠い町」、「ゆるく巻くかたつむりの殻」を読み終えて、川上弘美の『どこから行っても遠い町』<新潮社>を読了した。
 自分自身が今、連作短篇をちょこちょこと書き進めていることもあってだけれど、いろいろと刺激を受ける一冊だった。

 泉ピン子、あした順子、柳原可奈子の分を読み終えて、浜美雪の『笑いの女神たち コメディエンヌXファイル』<白夜書房>も読了した。
 これまた、いろいろと刺激を受ける一冊だった。

 7月の創作活動に関する総括を行う。

 青空がようやく見え始めたこともあって、NHK・FMの『気ままにクラシック』を聴いたあと、外出した。
 昨日に続いて、junaida展を観るつもりだったのだけれど、その他にも、ウィングス京都まで本を返しに行くという用件もある。
 どういう具合にまわるのが一番「効果的」かと考え、結局まずはウィングス京都に行くことにした。
 で、図書情報室で借りていた本を返却し、新たに笙野頼子の『だいにっほん、おんたこめいわく史』と『だいにっほん、ろんちくおげれつ記』<ともに講談社>を借りる。
 前々から読んでおきたいと思いつつ、どこかで読むのを躊躇していた三部作のうちの二作である。
 さあ、読むぞ!

 中京青少年活動センターをのぞいたのち、COCON烏丸へ移動し、Shin-biギャラリーで、junaida展『seven』をじっくりと観る。
 絵の中に存在する人(もの)たちの表情やしぐさ、そして一つ一つの作品の色遣いのなんと魅力的なことか。
 観れば観るほど、いいなあと思えてくる。
 8月2日まで開催中とのことで、あともう一回は観ておこうかなと思ってしまう。

 その後、京都シネマ、大垣書店四条店、京都芸術センターで用件を片付け、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
 四条通のフレスコ(スーパー)は明日から長期休業に入るとのことで、どえらい混雑だった。

 夕飯後、ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークの演奏した、モーツァルトの交響曲第40番&第41番「ジュピター」<ドイツ・ハルモニアムンディ>を聴く。
 夏の夜にはぴったりのすっきりとした演奏だと思う。

 『だいにっほん、おんたこめいわく史』を読み始めたが、これは容易に「わかる」とか「理解できる」といった言葉を使いたくない、激しいエネルギーを吐き散らし撒き散らす作品である。
 読み始めて、本当に正解だった。

 今日の甘いものは、ローソン・バリューラインのビッグ・デニッシュ(小倉あん&カスタード)。
 近くのショップ99で、20円引き、税込み84円になっていたもの。
 こしあんとカスタードクリームの入った大きなデニッシュパンで、相当食べ応え(腹応え)があった。
 ごちそうさま!
(ところで、パンの袋の表記が「小倉あん&カスター」となっている。ふつう、カスターなんて言うか?)

 夜になって、またもや雨が降り出した。
 うむむむむ。

 明日がいい日でありますように!
 そして、来月がいい月でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-31 22:09 | CLACLA日記

7月30日の日記(深夜のCLACLA)

 昨夜遅くにまたぞろ雨降り本降りとなり、そのまま今日もどんよりとしたお天気が続いている。
 天気予報によると、明日明後日も雨とのことで、本当にうんざりしてしまう。
 思わず、しりあがり寿の『方舟』を思い出してしまった。

 この期におよんで、まだ希望だと?

 湿度が高くて過ごしにくいからと、シャワーを浴びたあとエアコン(除湿)を入れたのがまずかったのか、朝起きると、どうも喉の調子がおかしい。
 もしかして風邪か。
 村上春樹じゃないけれど、やれやれ、だ。

 『どこまで行っても遠い町』を読み進める。
 「四度目の浪花節」と「急降下するエレベーター」(江國香織っぽい。てか、この連作は、川上弘美による大好きな作家たちへのオマージュなのではないか、などと思ってみたりもして…)を読み終えた。

 『笑いの女神たち』も読み進める。
 虻川美穂子、江利チエミ、桂あやめ、松嶋尚美、片桐はいり、戸田恵子、青木さやかの分を読み終えた。
 残すところあと三人だが、著者浜美雪の人選のよさに感心する。
 江利チエミなんて、ああたなかなか選べませんぜ!

 正午過ぎに一度外出し、郵便局で用件をすませたり、買い物をしたり、近くの金券ショップ・トーカイで地下鉄の切符を購入したりする。
 地下鉄の切符は、後述小澤征爾音楽塾のコンサートで北山まで出かけるためなり。

 『いたしたい』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙12枚分になった。

 ネットラジオで、バリトンのデトレフ・ロート、エンリコ・デラムボイ指揮モンペリエ国立管弦楽団他の演奏した、グルリットの3つの政治的演説のライヴ録音を聴く。
 グルリットとは、グルさんの愛称で親しまれた、日本の洋楽史、特にオペラ史を語る際には絶対に欠かすことのできない指揮者、マンフレート・グルリットのこと。
 グルリットは、ナチスの迫害によってドイツを追われるまでは、いわゆる表現主義的な作風を持った作曲家としても積極的に活動しており、今回聴いた3つの政治的演説も含め、『ヴォイツェック』や『兵士たち』、『ナナ』といったオペラなど、興味深い作品を作曲している。
 個人的には、貴重な録音を聴くことができて大収穫だった。
 ロートの歌唱も、「参考」以上の優れた出来ではなかったか。
(続く、オッフェンバックの劇付随音楽『憎悪』は、外出の準備もあって、少しだけしか聴けなかったが、まるで13時半からのソープオペラにぴったりの、実にわかりやすい音楽のような気がした。なお、この演奏には、あのファニー・アルダンやジェラール・ドパルデューが参加していたが、フランス人にしてみれば、NHK交響楽団の定期公演に江守徹が登場する程度の感覚なんだろうな、きっと)

 17時40分過ぎに外出し、まずCOCON烏丸のShin-biに行って、junaida展『seven』を観る。
 メルヘン、という言葉がすぐに頭に浮かんだが、ここでその言葉を容易に使ってしまうと、描かれている作品世界の大事な要素を伝え損ねてしまうような気もする。
 怖さとか哀しさとか、その上でようやくもたらされるほほ笑みとか。
 これは観ておいて正解だった。

 で、地下鉄で北山まで移動し、京都コンサートホールで、「小澤征爾音楽塾コンサート ~若き塾生たちの協演~」を聴く。
 詳しくは、前回の記事、コンサート記録をご参照のほど。
(小澤征爾のほか、客席には下野竜也の姿もあった)

 夕方になって、ようやく青空が見えて来た。

 30日は、甘いものは食さず。

 成人は18歳が適当か?
 未だ大人に成りきれぬ、40歳の我は強く悩む。

 もう7月も終わってしまう。
 ああ!

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-31 00:36 | CLACLA日記

小澤征爾音楽塾コンサート

 ☆小澤征爾音楽塾コンサート ~若き塾生たちの協演~

  指揮:Huang Yi、齋藤友香理、三ツ橋敬子、Yu Lu
  独唱:藤谷佳奈枝、清水華澄、浅井美保
 管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ

  会場:京都コンサートホール大ホール
  座席:3階LC-2列2番


 恩師斎藤秀雄譲りのものだろうか、それとも生来のものだろうか、1994年に発行されたONTOMO MOOK『小澤征爾NOW』を捲っていてもそう思うが、小澤征爾という人は、後継者の育成に対して驚くほどの熱意を傾けている。
 母校桐朋学園の後輩たちへの積極的な指導もそうだし、若い音楽家たちにオペラの演奏を経験させようと2000年からスタートさせた「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクト」などその最たる表われの一つだといえる。
 現在のヨーロッパにおける演奏解釈の潮流から考えれば、その選曲や演奏スタイルには若干の疑問を僕は感じないでもないのだけれど、小澤征爾の強い熱意そのもには疑うべき点はないとも感じている。

 で、今日は体調不良から海外でのコンサートをキャンセルしたと報じられた小澤征爾が、無理を押して肝入りを果たすという「小澤征爾音楽塾コンサート ~若き塾生たちの協演~」を、京都コンサートホールまで聴きに行って来た。
 個人的には、齋藤友香理と三ツ橋敬子(昨年、アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクール優勝)という二人の新進気鋭の指揮者の指揮ぶりを目にし耳にしておきたいという心づもりもあってのことだったのだが、ホールに入ってぜいたくなつくりの公演プログラム(さすがはローム協賛!)を開いて驚いた。
 なんと、中国からやって来たHuang Yi(黄と、山へんに乞)、Yu Lu(兪と、さんずいへんに路)の二人が加わって、もともとの演奏曲目、フンパーディンクの歌劇『ヘンゼルとグレーテル』のハイライトと、ベートーヴェンの交響曲第5番を四人で振り分けるというのである。
 ありゃりゃりゃりゃ。
 こちらは齋藤さんの「ヘングレ」と三ツ橋さんの「運命」を愉しみにしてきたのに、なんだいこりゃ。
 いくら小澤征爾が満洲の地で生れ、父開作氏の志を受け継ぐ人物であることは承知していても、突然のこの変更(てか、割り込み)はあんまりじゃないか。
 と、言っても、何も僕は反中や嫌中を決め込みたいわけではない。
 せっかくのコンサートなんだから、一人一人、きちんと何か一曲ずつでも振らせりゃいいだろうに、と思ってしまったのである。
 例えば、フンパーディンクつながりでいえば、ワーグナーの序曲や前奏曲(10分~15分の曲。ジークフリート牧歌もあるな)をそれぞれ振らせるなんて、小澤征爾音楽塾の趣旨にもけっこう適ってるんじゃないのかな。
 まあ、休憩明けの小澤さんのべしゃりの達者さに、「運命」の四人まわし、じゃない四人振り分けもそれほど気にならなくなったけどね。
(そういえば、コンサートの作法に慣れぬオケや指揮者の面々に出はけの合図を客席から送っていた小澤さんが面白かった。やっぱり小澤さんは面倒見がいいなあ)

 プログラムの前半は、『ヘンゼルとグレーテル』から序曲(Huang Yi)、第1幕のヘンゼルとグレーテルのかけあい並びに前奏曲(齋藤友香理)、魔女の登場と、ヘンゼルとグレーテルが魔女を退治するあたり(三ツ橋敬子)が演奏されたが、ここでは歌い手たちも加わった、齋藤さんと三ツ橋さんの分が実に愉しい聴きものになっていた。
 特に、齋藤さんや三ツ橋さんの細かい表情づけに加え、ヘンゼルの清水華澄とグレーテルの藤谷佳奈枝の澄んで伸びと張り(声量)のある美声もあって、『ヘンゼルとグレーテル』がワーグナーにどれほど影響を受けた作品であるかがよくわかったのは、大きな収穫であった。
 兄と妹の二重唱なんて、まさしく…。
 また、魔女の浅井美保もコメディエンヌぶりをいかんなく発揮していて愉快痛快。
(余談だけど、15年ほど前のケルン滞在中、このオペラをケルンの歌劇場で観たと、現地のある人=ユダヤ系にあらずに話したところ、「あんなけったくその悪い話…」としかめ面されたことがあったっけ。その気持ちもわからないではない)

 後半は上述のごとく、「運命」の四人まわし、じゃない四人振り分け。
 第1楽章は、Huang Yiと三ツ橋敬子の計2回。
 三ツ橋さんのシャープでぎゅっと引き締まった感じの演奏に対し、Huangさんは昔の巨匠風というか、少し粘った感じのする演奏。
 第2楽章は齋藤友香理の指揮で、音の輪郭を明確に表わす丹念な音楽づくりだったが、しめの部分がところどころ甘いような気もしないではなかった。
 第3、第4の両楽章を受け持った、バレーボールの選手のように長身のYu Luは「体は演奏を表わす」とでも言いたくなるような、大柄で力強い指揮ぶりで、その分肌理の粗さはありつつも、大男総身に知恵はまわりかね式のもっさい演奏にはなっていなかった。

 学生主体の小澤征爾音楽塾オーケストラは、プロのオーケストラのような機能性には欠けるものの、若い指揮者たちによく添った、真摯な演奏を行っていたと思う。
(指揮者が変わるたび、ファーストとセカンドのヴァイオリンをはじめ、パートごとに楽員が場所を交替していた点も、コンサートの趣旨を考えれば大いに納得がいった)

 それにしても、できることなら小澤さんの指揮で何か一曲聴きたかったなあ。
 無理を承知で言えば。
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by figarok492na | 2009-07-31 00:23 | コンサート記録

川村かおりを悼む(CLACLA日記)

 もう数ヶ月前になるか。
 真夜中にラジオをつけたままだらだらと仕事をかたづけていると、パーソナリティーをつとめるはずだった川村カオリが体調不良でオールナイトニッポンに出演することができなくなった、という男性の声が聞こえてきた。
 川村カオリが亡くなったと知って、すぐにそのことを思い出した。
 ただ、彼女が乳がんで手術したあとのこと、闘病中のあれこれに関しては全く詳しくない。
 彼女がライヴ活動をなんとか続けていること、ピンクリボン運動(乳がんの早期発見を啓発する活動)に積極的に参加していることを人づてに聴いた程度である。
 個人的に川村カオリ(と、言うよりも、川村かおりと表記したほうが、僕にはしっくりくるのだ)といえば、今から20年近く前に放送されていた、土曜二部のオールナイトニッポンということになるだろう。
 ポストモダンからバブル期にいたる軽薄さがよくも悪くももてはやされた中で、川村かおりのオールナイトニッポンは、日本人とロシア人のハーフである彼女のアイデンティティのありかが真摯に語られる、凛とした雰囲気すらする硬めの番組で、特にモスクワからの放送は、今でも僕の記憶に残っている。
(なお、モスクワからの放送も含めて、川村かおりのオールナイトニッポンに関しては、小林信彦の『コラムにご用心』<ちくま文庫>の「13 元気いっぱい川村かおり」が詳しい。元気いっぱいというタイトルが、今はとても哀しいが)
 まだ、38歳。
 僕より若いではないか。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 そういえば、土屋アンナを初めて見たとき川村カオリと勘違いして、川村さんってこんなに若かったっけとびっくりしたことがあった。
 すぐに自分の間違いに気づいたけれど。

 三越の女帝と呼ばれた、竹久みちも亡くなった。79歳。
 黛ジュンが彼女を模した主人公を演じた、その名もずばり『女帝』というにっかつロマンポルノの作品があったはずだ。
 黙祷。

 『どこから行っても遠い町』を読み進める。
 「午前六時のバケツ」、「夕つかたの水」、「蛇は穴に入る」(なんだか村上春樹っぽいな)、「長い夜の紅茶」を読み終えた。
 いわゆる連作短編で、タイトルのせいもあって、山本周五郎の『季節のない街』<新潮文庫>(黒澤明監督の『どですかでん』の原作)のことを思い出す。
 それと、この一連の作品は、ある種の欠落を抱えながらそれでも生きていく人たちの物語だと思う。

 『笑いの女神たち』も読み進める。
 樹木希林、原由子、室井滋、森光子(インタビュー付き)、大西ユカリ、木村万理(インタビュー付き)の分を読み終えた。

 『いたしたい』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙10枚分になった。

 ケヴィン・マロン指揮アレイディア・アンサンブルの演奏したヘンデルの水上の音楽&王宮の花火の音楽<NAXOS>、フォルテピアノの福田理子を中心としたネポムク・フォルテピアノ5重奏団の演奏したフンメル&ドゥシェク&オンスロウ、並びにリース&リンマーのピアノ5重奏曲集<Brilliant>を続けて聴く。
 3枚とも、いわゆるバジェットプライスレーベル(廉価盤)からリリースされているが、聴き応え充分の内容で、お買い得のCDだと思う。
 大推薦。

 正午過ぎに浴室とトイレの掃除をすませる。

 今日は、夕方の夕飯用の買い物以外は外出せず。
 それにしても、どんよりとしたお天気が続くなあ。
 ほんま、うんざりだっせ。

 夕飯後、ジェフリー・テイト指揮バイエルン放送交響楽団の演奏したフンパーディンクの歌劇『ヘンゼルとグレーテル』<EMI>のうち、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(ヘンゼル)とバーバラ・ボニー(グレーテル)の歌唱が中心となった最初の15分ほどと、デヴィッド・ジンマン指揮チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の演奏したベートーヴェンの交響曲第5番<ARTE NOVA>を続けて聴く。
 明日の晩の小澤征爾音楽塾コンサートの予習として聴いたものだが、ちょっと演奏がよすぎたかなと思わないでもない。
 特に、バーバラ・ボニーの声のクリアで美しいこと!
(インフルエンザか何かで、ボニーが今回の小澤征爾音楽塾のグレーテル役をキャンセルしたのは、彼女にとっても聴衆にとってもいいことだったと思う。不遜な物言いにはなるけど)

 今日の甘いものは、プレシアの牛乳と卵のプリン。
 近くのグルメシティで、半額引き、税込み59円だったもの。
 消費期限間近で色合いは相当変な感じになっていたけれど、ホイップクリームがたっぷりとのった柔らかい食感のプリンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 老化現象の表われだろう。
 自分より若い総選挙立候補予定者の甲高い声をニュースなどで聴くたびに、どうにもぺらいなあと思ってしまう。
 ぺらいぺらい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-29 22:25 | CLACLA日記

大野和士の演奏記録のことなど(CLACLA日記)

 先週の大野和士と京都市交響楽団の演奏、中でもショスタコーヴィチの交響曲第5番の余韻が未だに残っていて、あまりCDで音楽を聴く気になれない。
 音楽、特にオーケストラの音楽は生じゃないと、という気持ちがどうしてもつきまとってしまうのだ。
 ところで、大野和士がかつて東京都交響楽団の定期演奏会でショスタコーヴィチの交響曲第6番を取り上げたことがあることに、このブログで触れたことはあっただろうか。
 昨年亡くなった小川昂編集による労作『新編日本の交響楽団 定期演奏会記録追補1982-1991』<民音音楽資料館>をひも解くと、それは今からちょうど20年前の1989年3月11日の第287回定期演奏会でのことで、他にモーツァルトの歌劇『クレタの王イドメネオ』の序曲とバレエ音楽、ピアノ協奏曲第19番(仲道郁代のソロ)がプログラミングされていたこともわかる。
 ピアノ協奏曲のことは置くとして、大野さんの指揮した『イドメネオ』の音楽とショスタコーヴィチの交響曲第6番は聴いておきたかったなあと思う。
(前言を翻すことになるが、この演奏の録音は残されていないのだろうか)

 ところで、この大野さんの指揮した回に続く、3月28日の第288回定期演奏会では、今は亡き山田一雄が指揮台に立って、リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』、シューマンのピアノ協奏曲、ブラームスの交響曲第1番を演奏している。
 ヤマカズさんのドン・ファンやブラームスにも惹かれるが、シューマンのソロは、なんとブレイク前のヴァレリー・アファナシエフ!
 こちらも聴いておきたかったなあと思う。
(昨夜、何気なく村上春樹の『遠い太鼓』<講談社文庫>をつまみ再読していたら、>こういう面白さを経験したのは、二年ほど前に東京でバレリ・アファナシェフのピアノを聴いて以来である<という一文に再会した。さすがは村上春樹)

 俳優の山田辰夫が亡くなった。53歳。
 個性的な容貌と独特のエロキューションが強く印象に残る役者さんだった。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 アメリカのダンスの振付家、マース・カニングハムも亡くなった。90歳。
 深く、深く、深く、深く黙祷。

 川上弘美の『ゆっくりさよならをとなえる』<新潮社>を読了した。
 最後に収められた表題作『ゆっくりさよならをとなえる』が、とても気に入った。
>(前略)腕時計を耳につけてカチカチ音を聞いてみる(中略)。
 カフェオレをつくる。
 カフェオレを飲む。
 途中でカフェオレに飽きて残す。
 ベランダに出て月を見る。
 あぐらをかいてみる(中略)。
 以前に言われた悪口を思い出してぷんぷん怒る(後略)<
 といった行為の積み重ね、記し重ねがなんとも言えず心にしみる。
 内田百閒の影がうっすらと浮き出ている点もいい。

 15時台に外出し、ウィングス京都の図書情報室で『ゆっくりさよならをとなえる』を返却し、新たに、同じ川上弘美の『どこから行っても遠い町』<新潮社>と浜美雪の『笑いの女神たち コメディエンヌXファイル』<白夜書房>を借りる。
 で、京都芸術センターに寄り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。
(少し時間があったので友だちに連絡しようかと思ったら、携帯電話を忘れてしまっていた。ありゃりゃりゃりゃ…)

 帰宅後、クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏した、チャイコフスキーの交響曲第5番&『地方長官』<CBS>を聴く。
 シカゴ交響楽団はいつもの如くばりばり弾き切っているのかもしれないが、アバドの音楽づくりに加え録音のかげんもあってか、どこかしまりのない感じもする。
 個人的には、緊張感に満ちた『地方長官』のほうをとりたい。

 夕飯後、クラリネットのフランクリン・コーエンとピアノのウラディーミル・アシュケナージの演奏した、ブラームスのクラリネット・ソナタ第1番&第2番、シューマンの幻想小曲集<Decca>を聴く。
 クリーヴランド管弦楽団の腕扱き奏者コーエンのクラリネットは、ブラームスにはいくぶん陽性な音のような気もするが、その分聴きやすい演奏になっているとも思う。
 アシュケナージの伴奏も、過不足のない出来ではないか。

 『どこから行っても遠い町』を読み始め、「小屋のある屋上」を読み終えた。

 『笑いの女神たち コメディエンヌXファイル』も読み始める。
 タイトル通り、日本を代表するコメディエンヌについて語られたもので、清水ミチコ、内海桂子、松本明子、藤山直美、上沼恵美子(インタビュー付き。彼女が島田紳介と同い年とは知らなかった…)の分を読み終えたが、筆者浜美雪の彼女たちへの愛情がよく表われた一冊だと思う。

 『いたしたい』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙9枚分になった。

 今日の甘いものは、リスカのスーパーBIGチョコ。
 近くのグルメシティで、税込み50円だったもの。
 ピーナッツの入ったパフをチョコレートでコーティングしたいわゆる駄菓子だが、食べ応えもあって、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 中田宏横浜市長が辞職したという。
 「策士策に溺れる」といった形にならなければよいがとつくづく思う。
 どこかの県知事の悪例もあるし。

 いつまで続く泥濘ぞ。
 今日も一日中どんよりとしたお天気。
 時折、小雨も降っていた。
 やれやれ。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-28 22:04 | CLACLA日記

新しい小説を書き始めた(CLACLA日記)

 ようやく青空が見えてきたと思ったら、夕方になってまたぞろ雨が降り出した。
 しばらくしたらなんとかやんで、青空が広がり始めたが、天気予報では明日も曇天。
 ああ、早くすっきりからっと晴れ上がってはくれないものか。
 湿度が高い分、むしむしじめじめとしてうっとうしいのもいやなんだよね。

 『いたしたい』という小説のアイデアを思いつき、早速下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進め、原稿用紙にして5枚分となった。
 出雲万平という、ある小劇団の役者の「性欲」にまつわるおかしかなしい顛末を描いた作品となる予定だ。

 川上弘美の『ゆっくりさよならをとなえる』<新潮社>を読みながら、ほのわかとした気持ちになる。
 「パレード・正午」をはじめ、川上さんの文章には、どこか薄ぼんやりとした不安定さや怖さが秘められていること(そしてそれは、内田百閒の世界と大きく重なる)を知りつつも、僕はほのわかとした気持ちになってしまうのである。

 サイモン・ラトル指揮バーミンガム・シティ交響楽団の演奏したハイドンの交響曲第22番「哲学者」、第102番、第86番<EMI>、ロイ・グッドマン指揮ザ・ハノーヴァー・バンドの演奏したロッシーニの序曲集<RCA>、ニコラウス・アーノンクール指揮コンツェントゥス・ムジクス・ウィーン他の演奏したパーセルの『妖精の女王』<TELDEC>の1枚目(第2幕まで)と、ピリオド奏法を援用したりピリオド楽器を使用した演奏のCDを続けて聴く。
 いずれも聴き応えのある録音だと思うが、中でも『妖精の女王』に強く心を惹かれた。
 パーセルらしい壮麗でいて、どこか哀しさをたたえた音楽が美しいし、シェイクスピアの『夏の夜の夢』を下敷きにした『妖精の女王』という作品の持つ演劇性を強調したアーノンクールの音楽づくりも魅力的だと思う。
 また、バーバラ・ボニーをはじめとした歌い手陣も粒ぞろいだ。

 今日は、夕飯用の買い物以外は外出せず。

 夕飯後は趣きを変えて、ピエール・ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団の演奏したマーラーの交響曲第1番「巨人」<ドイツ・グラモフォン>と、アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏したリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲<TELARC>を続けて聴いた。
 大管弦楽を満喫しようと思ってのチョイスで、演奏録音ともに見事な出来のCDに間違いはないのだが、マーラーやリヒャルト・シュトラウスはやっぱり生でないと、という気持ちがむくむくと湧き起こってしまったことも、確かな事実だ。
 でも、これだけの演奏を生で聴く機会ってのもそうそうなあることではないし。
 ああ、世の中ままならぬものよ!

 今日の甘いものは、ブルボンのマンゴーケーキ。
 近くのグルメシティで、税込み120円に値下げされていたもの。
 マンゴーの風味がたっぷりときいた2種類のクリームを挟んだブッセケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 そろそろ、何か民主党がらみのスキャンダルが発覚するのではないか、とついつい思ってしまう今日この頃である。
 総選挙の投票日まで、まだ一月以上あるからなあ。

 昨日知人の好意で、ある劇団の公演の映像を観ることができたのだが、これにはなんともしっくりとしない気持ちだけが残った。
 「終わりの始まり」とでも言いたくなるような。
 まあ、お芝居をこうやって映像で観ること自体、しっくりしないことこの上(下)ないことなんだけど。
(お芝居の公演の映像なんて、結局のところ記録以上の価値はないものだと思う、正直言って)

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-27 21:54 | CLACLA日記

エフレム・クルツの旧い録音を聴いた(CLACLA日記)

 九州北部、山口では大雨の激しい被害が続いているようだが、今日も今日とて、京都も時折強く雨が降る、どんよりとしたお天気の一日だった。
 朝日新聞朝刊の一面には、「停滞の・雨前線猛威」、「近畿南部大雨の恐れ」という言葉もあり、本当に早くなんとかならんかと思う。
 厄介なかぎりだ。

 午前9時過ぎに起き、NHK・FMの20・紀の名演奏を途中から聴いた。
 今回は、ロシア出身の指揮者エフレム・クルツの特集で、旧フィルハーモニア管弦楽団と録音した、プロコフィエフの古典交響曲、モーツァルトのフルート協奏曲第1番(夫人のエレーヌ・シェーファーのソロ)、ショスタコーヴィチの交響曲第1番を聴くことができたが、オーケストラの高い機能性が発揮された、きびきびとした音楽づくりの演奏だったと思う。
(余談だけど、エフレム・クルツの指揮したレコードといえば、同じ旧フィルハーモニア管弦楽団と録音したチャイコフスキーの三大バレエのハイライトの廉価盤=LPを持っていた程度である)

 そういえば、クルツはたびたび日本を訪れ、NHK交響楽団や旧日本フィル、読売日本交響楽団のほか、京都市交響楽団の定期演奏会(第91回、1967年1月)も指揮しているが、例えば、N響や読売日響との演奏の録音は残されていないのだろうか。
 読売日響の定期演奏会(第111回、1975年5月)で取り上げたプロコフィエフの交響曲第6番など、一度聴いてみたい気もするが。

 お昼過ぎに、浴室とトイレの掃除をすませる。
 浴槽用洗剤を使い果たしたので、先日買っておいたものを「投入」した。

 ウィリアム・クリスティ指揮レザール・フロリサンの演奏した、マルカントワーヌ・シャルパンティエのディヴェルティスマン集<Erato>を聴きながら、ついついうとうとしてしまう。
 パトリシア・プティボンをはじめとした粒ぞろいの歌い手たちとクリスティ&レザール・フロリサンの生み出す音楽のあまりの美しさと多地よさに、眠りに誘われてしまったのだ。
 この至福の時!

 16時頃外出し、京都芸術センターへ行きいくつか用件をすませる。
 その後、ウィングス京都の図書情報室へ移動し、川上弘美の『ゆっくりさよならをとなえる』<新潮社>を借りる。

 簡易カレーの最終日。
 トマトや野菜もいい感じに煮詰まって、実に味わい深いカレーになっていた。
 これはもう簡易なカレーじゃないな。
 いやあ、美味しかった!

 夕飯後、『ゆっくりさよならをとなえる』を読み始める。
 日本経済新聞の夕刊に連載されたものをはじめ、川上弘美のいわゆるエッセイを集めた一冊で、ところどころ内田百閒が顔をのぞかせるのが、僕には嬉しい。
(実際、「覗き見る」では、内田百閒自身について語られているし)

 『昔なじみ』という新しい小説について、少し考える。
 『ある晴れた日に』とつながりのある作品になる予定だが、実際どのような展開をとるかは、今のところ海のものとも山のものとも空のもとのともつかない。

 今日の卒いものは、ヤマザキのベルギーチョコ蒸しケーキ。
 近くのドラッグランドひかりで、半額引き、税込み56円になっていたもの。
 チョコレートの風味のよくきいた、けれどしつこくならない卒さの蒸しケーキで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-26 22:25 | CLACLA日記

雨の中、洗濯をしたことなど(CLACLA日記)

 7月も残すところ一週間を切ったというのに、雨雨雨雨、それも本降りのどしゃ降りという梅雨そのもののひどいお天気。
 なんたることか!
 それでも、同じ雨なら今日のうちにすませておこうと、9時頃には起きて毎週恒例の洗濯をやっつけた。
 で、18時過ぎに洗濯物をとり込んだが、まあ予想通りの乾かなさ。
 ああ、すっきりからからと晴れてくれないものかね。

 朝日新聞朝刊の29面・文化欄の「音楽界の地平築く自負 若杉弘さんを悼む」は、若き日の若杉弘をよく知る畑中良輔さんへの聞き書き(聞き手は吉田純子記者)だけれど、若杉さんの人となり、日本の音楽界における位置を的確に伝える、よい追悼記事だと思った。

 この記事を読んだこともあり、ONTOMOMOOKの『世界のオーケストラ123』から、黒田恭一(!)による若杉弘へのインタビューをつまみ再読する。
 これは、若杉さんの考え方、思考と志向を識る意味で、留意しておくべき文章と言うことができるのではないか。

 日本の指揮者関係のことをついでに記すと、ニューフィルハーモニーオーケストラ千葉が、『ぶらあぼ』8月号に<常任指揮者募集>の広告を出していた。
 こういう広告って、前代未聞のことじゃないのか?
 それと、応募要件が「プロのオーケストラにおける公演指揮を直近の3か年で各年度5回以上程度の経験を有するオーケストラの指揮者で、日本語が堪能なこと」というのはどうなんだろう。
 確かに、限られた時間で演奏をまとめるにはそれなりの経験がいるとは思うけど、正直、ニューフィル千葉の今後のことを考えれば、多少経験は浅くても、若手の指揮者を抜擢したほうがいいように、僕は思うのだが。
(この件に関しては、いずれ詳しく触れるかもしれない)

 お昼過ぎに外出する。
 非常に有意義な時間を過ごすことができた。

 簡易カレーの二日目。
 今日は、カットトマトのジュース煮(缶詰)とウインナ、カット野菜を加えたが、やっぱり酸味はいいね。
 カレーの味がいっきょに夏対応になった。
 いやあ、美味しい美味しい。

 今日の甘いものは、昨日と同じ日清製菓のバターココナツ・サンドチョコレート。
 どうしてもまた食べたくなってしまったのだ。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-25 22:21 | CLACLA日記

夏は簡易カレーが一番!(CLACLA日記)

 暑い季節は、カレーが一番。
 と、言うことでレトルトカレーを利用した簡易カレーをつくって食べた。
 ただし、いつもと違って今日はカット野菜を炒めて鮭の中落ち(缶詰)といっしょに煮込み、レトルトカレー二袋属外にカレールーまで投入したのだから、簡易は簡易でも、手の込んだ簡易カレーということになるだろう。
 まあ、味のほうはそこそこか。
 それでも、一味やコンソメ、かき醤油やソースで味付けしたのが予想属上にうまくいっているような気もしないではない。
 残念だったのは、福神漬けを買うのを忘れたこと。
 いや、必ず福神漬けじゃなくてもいいんだけど、カレーには漬け物みたいなものがないとなあ。
 何か口寂しい。

 昨日の大野和士と京都市交響楽団の演奏があまりにも圧倒的だったので、昼間はきちんと音楽を聴く気になれず、NHK・FMの気ままにクラシックを聴いた程度。
 フョードル・シャリアピンのヴォルガの舟唄を聴くことができたのは、大きな収穫だった。
 一方、エノケンの歌ったレハールは、どうやら後年のステレオ録音のようで、あまり面白くなかった。
(ラジオ深夜便でも、エノケンというと後年のステレオ録音のほうが放送されているみたいだが、個人的にはいくら針音がしてもいいから、SP録音のほうを放送してもらいたいと思う)

 ある文芸作品(舞台用の)を読み進める。
 非常にしっかりと書かれた格調の高い作品だが、果たしてこれを演じることができる演じ手がどれほどいるのかとついつい考えてしまう。

 『ある晴れた日に』の打ち直し(筆入れ)を行う。
 上述した作品に比して、己の作品のなんと低俗的なこと!

 今日は正午過ぎに外出して郵便局や銀行をまわったほかは、夕飯用の買い物に夕方外出しただけだった。
 あまりにも蒸し暑くって、出歩きたくなくなってしまったのだ。
 怠惰の極み。

 途中夕飯を挟んで、NHK・FMのベスト・オブ・クラシック、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮デンマーク国立交響楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 オール・ブラームス・プログラムで、デンマーク放送合唱団の共演による哀悼の歌、運命の女神の歌、運命の歌と、交響曲第4番が放送されていたが、個人的にはデンマーク放送合唱団の清澄な歌声が魅力的な3つの合唱曲をとりたい。
 交響曲第4番も、エネルギッシュで若々しい演奏で、ブロムシュテットの解釈自体には充分納得がいったのだけれど、だからこそ、もうワンランク上のオーケストラで聴いてみたいと感じたことも事実である。
(そういえば、ブロムシュテットはデッカ・レーベルにライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団とブラームスの交響曲第4番をレコーディングしていたはずだ。確かカップリングは、オーケストラ伴奏つきの合唱曲だったと思う)

 多川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>と矢野誠一の『落語家の居場所』<文春文庫>をつまみ再読する。
 ああ、面白い落語、愉しい落語、いい落語を観聴きしたいなあ。

 ところで、三遊亭はら生(ハラダリャン)はどうしてるのかな?

 今日の甘いものは、日清製菓のバターココナツ・サンドチョコレート(ビスケット)。
 近くの100円ショップで購入したもの。
 チョコレートクリームを挟んだココナッツビスケットで、さくさくと食感もよく食べ応えもあって、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-07-24 21:47 | CLACLA日記

7月23日の記録(深夜のCLACLA)

 晴れれば晴れたで気温が上昇し、暑い暑いと文句の一つも言いたくなる。
 人というのは、なんと我がまま勝手な生き物か。

 ここ数週間、ABCからの放送が始まったTBS・JUNKを聴いてきたが(ただし、木曜日は除く)、まあ噂ほどには面白くない、というのが正直な感想だ。
 それでも、伊集院光の深夜の馬鹿力と爆笑問題カウボーイは聴き続けるような気はするけど。

 京都市交響楽団の定期演奏会の予習ということで、ピエール・ブーレーズ指揮ベルリン・フィルの演奏したラヴェルの『ラ・ヴァルス』と、ウラディミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団の演奏したショスタコーヴィチの交響曲第5番<ポニーキャニオン>を聴く。

 続けて、NHK・FMの特集クラシックカフェを聴く。
 若杉弘の追悼番組で、彼がシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した、ワーグナーの歌劇『ローエングリン』第3幕への前奏曲や、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」などが放送されていたが、英雄シンフォニーはどっしりとした構えのオーソドックスな演奏だと思った。

 『ある晴れた日に』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進め、ちょうど原稿用紙20枚分で脱稿する。
 なんだかなあ、という内容だ…。

 17時少し前に外出し、四条通の金券ショップ・トーカイで切符を購入し、ウィングス京都の図書情報室で『大好きな本』を返却してから、地下鉄で北山へ。
 で、京都コンサートホールで、京都市交響楽団の第526回定期演奏会を聴く。
 詳しくは前回の記事、コンサート記録をご参照いただきたいが、これは聴きに行って本当によかったと思える素晴らしいコンサートだった。
 大満足。

 開演前、休憩中、さらに終演後(近くのマクドナルドで。閉店時間がすぐだったので、それが残念)と、本保弘人さんと今回のコンサートや大野和士に関しあれこれと話をする。

 23日は甘いものは食さず。

 今日がいい日でありますように!
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by figarok492na | 2009-07-24 01:13 | CLACLA日記