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10月末日、『飯沢匡喜劇全集』2を読了した(CLACLA日記)

 今日で10月も終わり。
 2009年も、残すところ二ヶ月となってしまった。
 一日一日を大切にしていかなければ。
 メメントモリ!


 いいお天気、いい青空が続いていたこともあって、毎週恒例の洗濯をすませる。
 ついでに、キッチンまわりの拭き掃除もすませる。

 午前11時台に、実家からの荷物が届く。
 いつものことながら申し訳ない。
 多謝。

 『見せられた手帖』を読み終えて、『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読了した。
 飯沢さんのよく出来た作品(まさしくウェルメイド)を読むことはいろいろと刺激になるし、それより何より本当に愉しい。
(少し気になるのは、第1巻同様に誤字脱字が散見されること。例えば、『塔』の出演者は本来芥川比呂志なのだけれど、作品メモランダムでは、なぜだかそれが芥川也寸志となっている。まあ、わかっている人にとっては単なる凡ミスですむのだろうが。だが、しかし…)

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を読み進める。
 ようやく167頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 10月分の創作活動に関し総括を行う。
 いったい俺は何をやっているんだ…。

 16時台に外出し、下京図書館へ。
 『飯沢匡喜劇全集』2を返却し、新たに第3巻を予約する。

 で、ウィングス京都と中京青少年活動センター、京都芸術センターで用件をいくつか片づけ、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『宿屋めぐり』を読み進める。
 222頁まで読み終えた。
 面白し面白し。

 ほかに、福永文夫の『大平正芳』<中公新書>のつまみ再読も行う。

 巨人対日本ハムによる日本シリーズの第一戦は、4対3で巨人のほうが勝ったとのこと。
 なるほどねえ。

 今日も、甘いものは食さず。
 胃腸の調子があまり芳しくないこともあって。
 暴飲暴食少なし仁、ってわかっているから、あんまり無茶はしてないはずなんだけどなあ。
 やれやれ。

 日中は穏やかな感じだったが、夕方以降気温がぐっと下がる。
 皆さん、くれぐれも風邪やインフルエンザにはお気をつけ下さい。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-31 22:53 | CLACLA日記

三遊亭圓楽と立川文都が亡くなった(深夜のCLACLA)

 10月も残すところあと一日のみ。
 ああ、時よお前は美しい!


 落語家の三遊亭圓楽が亡くなった。76歳。
 圓楽さんといえば、どうしても『笑点』ということになってしまうのか。
 かつて、志ん朝、談志、柳朝とともに「四天王」と呼ばれた噺家だったのだが…。
 深く、深く、深く黙祷。

 同じく落語家の立川文都も亡くなった。49歳。
 癌で闘病中であることを公表していた。
 深く、深く、深く黙祷。


 いいお天気、いい青空が続く。
 日中は穏やかな感じの一日だった。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進め、『危ない季節』を読み終えた。
 『危ない季節』は、東宝プロデュースで森光子主演によって初演された作品で、飯沢さん自身は、「私は森の持ち味を知らなかったので、成功作とはいい難い」と作品メモランダムに記しているが、個人的には、台本自体はウェルメイドプレイとしてよくできているように思う。
 いずれにしても、いろいろと学ぶところ大だ。
(1962年初演ということや、劇の設定、劇中の台詞などからも、『危ない季節』は1961~64年にNHKで放映された『若い季節』を意識したものではないか?)

 町田康の『宿屋めぐり』<講談社>も読み進める。
 こちらは、やたけたなウェルメイドプレイというか。
 好き勝手をやらかし通しているように見えるが、町田康の作家としての計算と勘の鋭さはやはりなまなかなものではあるまい。
 読み進めていくのが、ますます愉しみである。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙35枚分になった。

 13時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 18時過ぎに外出し、近くの金券ショップ・トーカイで切符を買ってから烏丸まで出、地下鉄で北山へ。
 で、京都コンサートホールで、京都市交響楽団第529回定期演奏会を聴く。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 休憩中と終演後、本保弘人さんと少し立ち話をする。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-31 00:25 | CLACLA日記

結局聴きに行った、京都市交響楽団第529回定期演奏会

 ☆京都市交響楽団第529回定期演奏会

  指揮:井上 道義
  座席:3階 RA-1列4番(休憩前、勘違いで)、同5番(休憩後)


 P席を買いそびれ、好みの席もないということで、一度はパスすることに決めた京都市交響楽団第529回定期演奏会だったが、オーケストラ好きの血が騒ぎ、結局聴きに行って来た。
 ただし、いくつか用件を片づけているうちに外出が遅れ、北山の京都コンサートホールに着いたのは開演の3分ほど前。
 一瞬後半だけでもいいかと思ったが(そのほうが断然安いし)、ぎりぎりなんとか間に合いそうなので、コンサート全部聴くことにした。
(で、慌てて走ったおかげで、休憩途中までおなかが痛くて仕方がなかった。お出かけは計画的に…)

 前半は、モーツァルトの交響曲第36番「リンツ」。
 思い切り編成を刈り込んで両翼配置(第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右対称に配置)、ヴィヴラートやレガートも控えめだしテンポもスピーディーと、予想通り最近の井上道義らしくピリオド奏法を援用した音楽づくりとなっていた。
 第1楽章など、ところどころ長調の中に潜む音の翳りがもっと出てくればなあと感じたこともなくはなかったが、すっきりとしてスポーティー、実に爽快で聴き心地のよい演奏だったと思う。

 一方、休憩を挟んだメインのブルックナーの交響曲第9番は、非常にゆっくりとしたテンポで第1楽章が始まったのだけど、ううん、これは個人的にはあまりしっくりとはこなかった。
 先日、クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の演奏した同じ曲のライヴ録音をネットラジオで耳にして、「地に足はついてないけれど、天にも昇れない」と記したのだが、今回の井上道義と京響の演奏もそれとどこか似たような感じ。
 大づくりに過ぎるというか、ねばっこさがあり過ぎるというか、何かやってるやってる感がつきまとうというか。
 同じ第9番の交響曲でも、マーラーならばしっくりくるのだろうになあ、と思ってしまう。
 続く第2楽章は、期待していたほどのやたけた感はなかったものの、計算づくの民族大移動(なんじゃそりゃ?)といった具合で、この楽章の持つ新しさと旧さの両面が巧く表されていたように感じた。
 終楽章も、入魂の指揮ぶりとでも呼びたくなるような真摯な音楽づくりを井上道義は行っていて、弦や、木管のソロなどの美しさに惹き込まれる箇所がたびたびあった。
 また、これは全楽章に共通するが、全ての楽器が強奏する部分での迫力は、やはり生ならではのものという感も新たにした。
 ただ、時折ライブ特有の傷が観(聴き)受けられたことも事実で、特にホルンの不調が気になってしまったことは付記しておきたい。
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by figarok492na | 2009-10-31 00:05 | コンサート記録

下京図書館へ行って、町田康の『宿屋めぐり』を借りた(CLACLA日記)

 昨夜、実家から電話があり、荷物を送ってくれるとのこと。
 申し訳ないかぎり。
 多謝。

 雑件を片づけながら、午前4時頃までダニエル・ハーディング指揮ロンドン交響楽団のコンサートのライヴ録音をネットラジオで聴く。
 シューマンの『マンフレッド』序曲、ルノー・カプソン独奏によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は全曲聴き、ブラームスの交響曲第2番は第3楽章の冒頭部分で途中下車した。
 演奏がどうこうというより、眠たくなってしまったため。
 他意はない。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『騒がしい屍』、『塔』の第一幕を読み終えた。
 『騒がしい屍』には、ヒッチコックの『ハリーの災難』を想起する。
 一方、『塔』は重い喜劇というか、シリアスなテーマの作品だ。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙34枚分になった。

 16時台に外出し、下京図書館へ。
 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を返却し、新たに町田康の『宿屋めぐり』<講談社>を借りる。

 その後、京都芸術センターまで移動していくつか用件を片づけ、ついでに夕飯用の買い物もすませて帰宅した。

 いいお天気、いい青空が続く。
 概して穏やかな感じの一日だった。

 夕飯前に、『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みをさらに進める。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2を読み進め、『塔』を読み終えた。
 『塔』は、いわゆる新興宗教が大きなテーマとなっているほか、1960年初演ということからもわかるように60年安保の影響が如実に示されてもいるが、ただそれだけに留まらず、より普遍的な問題と向き合った作品だと思う。
 できれば、実演に触れてみたいのだが。
(余談だけれど、60年安保の影響は、その頃撮影された東映時代劇の群衆シーンにも如実に示されているのではないか?)

 『宿屋めぐり』を読み始める。
 これもまた、普遍的な問題と向き合った作品だと思う。
 じっくりと読んでいきたい。

 今日の甘いものは、ヤマザキの豆入りロールパン。
 松原通のキムラで、半額びき、税込み52円だったもの。
 小豆甘納豆入りのコッペパンで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-29 21:55 | CLACLA日記

筒井康隆を想起させる、飯沢匡さんの『物体嬢』(CLACLA日記)

 体調があまり芳しくないこともあって、今日の外出は、14時台に郵便局まで足を運んだのと、17時台に夕飯用の買い物に出かけただけ。
 いいお天気、いい青空が続いていたが、まあ仕方ない。


 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進め、『物体嬢』を読み終えた。
 作品メモランダムで、飯沢さん自ら「一種のショートショート」と記しているが、『物体嬢』はまさしく筒井康隆の初期のショートショートを想起させるスラプスティックぶりが実に面白い。
 特に第三幕、ある「物体」に接して、別荘番の老婆が、
>ああ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、頓生菩提…<
と、狂喜して飛び出して来るあたり、まんま筒井だ。
 まあ、1958年に名古屋放送劇団が初演したこの作品に筒井康隆が触れた可能性はほとんどないだろうけど。
(筒井康隆の『腹立半分日記』<角川文庫>中の「サラリーマン時代」によると、この1958年頃は彼にとって芝居狂時代末期にあたっており、テキストを目にしたことがないとまでは言い切れないのだ。なにせ、飯沢匡は筒井康隆の心の師の一人なのだから)

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙32枚分になった。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2を読み進め、『私の秘密』を読み終えた。
 同名のNHKの名物番組を題材にしているが、新派のために書かれた作品らしく「心温まる」人情譚となっている。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みをさらに進める。
 原稿用紙33枚分になった。

 桂米朝、坂田藤十郎らが文化勲章を受章し、岩谷時子、宮尾登美子、草間彌生、吉田蓑助、川田順造らが文化功労者に選ばれた。
 そういえば、先日接した月亭可朝やんは米朝の弟子だったのだ。

 国会。
 「野党」自民党の谷垣総裁らが代表質問を行ったとのこと。

 関門海峡で、海上自衛隊の護衛艦くらまと韓国のコンテナ船が衝突し、双方が炎上したという。

 評論家の室伏哲郎が亡くなった。78歳。
 深く黙祷。

 中国研究者の安藤彦太郎も亡くなった。92歳。
 黙祷。

 今日は、甘いものは食さず。

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-28 21:33 | CLACLA日記

村木与四郎が亡くなった(CLACLA日記)

 映画の美術監督、村木与四郎が亡くなった。85歳。
 いわゆる黒澤組の一人で、『生きものの記録』以降、ほぼ全ての黒澤作品で美術監督を務めた。
 深く、深く、深く、深く黙祷。


 帰宅後、伊集院光の深夜の馬鹿力を聴きながら雑件を片づけていて、結局眠ったのは午前3時をだいぶん過ぎてから。
 それでも朝早めに起きて、仕事がらみの雑件をいくつか片づける。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読了した。
 バランスのとれた記述で、イスラエル史入門としては非常に適切な一冊だと思う。
 これは読んで正解だった。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『陽気妃』を読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。
 そろそろ版元用の原稿をプリントアウトしに行かなければ。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 原稿用紙31枚分になった。

 ネットラジオで、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮クリーヴランド管弦楽団のコンサートのライヴ録音を聴く。
 ブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲とベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」が放送されていたが、ブロムシュテット老いてなお盛んの感をさらに強めた。

 続けて、クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管弦楽団他の演奏した、スメタナの管弦楽曲集のCD<Decca>を聴く。

 16時台に外出し、ウィングス京都へ。
 図書情報室で、『イプセン戯曲選集』<東海大学出版会>を返却する。
(本当は、全巻じっくり読みたいところだが、飯沢さんの喜劇全集とバッティングしているので、返却しておくことにしたのだ)

 で、中京青少年活動センターと京都芸術センターに寄り、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 夕飯後、『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を読み進める。
 『遠くの花扇』、『怖ろしい子供たち』を読み終えた。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。

 ホルンのラース・ミヒャエル・ストランスキーとアンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏した、リヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番<ドイツ・グラモフォン>を聴く。

 続けて、ネットラジオで、クリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管弦楽団の演奏した、ブルックナーの交響曲第9番のライヴ録音を聴く。
 エッシェンバッハらしい、一筋縄ではいかないテンポ設定の演奏だったと思う。

 そういえば、LP時代、最初に買ったブルックナーの交響曲がこの第9番だったように記憶している。
 オットー・クレンペラー指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団による演奏<EMI>で、特に第2楽章のまがまがしさにびっくりしたものだ。

 今日の甘いものは、Pascoのデニッシュエクレール。
 近くのグルメシティで、30パーセント引き、税込み87円だったもの。
 ホイップクリームを挟んだデニッシュをチョコレートでコーティングした菓子パンで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-27 21:58 | CLACLA日記

ほんまにほんま可朝やんでっせ!(深夜のCLACLA)

 何も知らなければ、好き勝手なことが言える。
 知れば知るほど、言葉は少なくなる。
 ふと、そんなことを思う。


 雨降りの一日。
 じめじめじめじめとしてじめ寒く、あまり快ならず。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第6章の「和平への道」と第7章の「テロと和平のはざまで」を読み終えた。
 残すところ、終章のみだ。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>も読み進める。
 『陽気妃』の第二幕まで読み終えた。

 個人創作誌『赤い猫』第3号に関する作業を行う。

 『不在証明』の下書きとノート書き、PCへの打ち込みを進める。
 ようやく原稿用紙30枚分になった。

 14時台に、浴室とトイレの掃除をすませる。

 オーボエのアルブレヒト・マイアーとクラウディオ・アバド指揮マーラー・チェンバーオーケストラの演奏したモーツァルトのオーボエ協奏曲他<ドイツ・グラモフォン>と、クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏したロッシーニの序曲集<同>を聴く。

 18時少し前に外出し、京都芸術センターで用件を片づけたのち、堺町通錦小路下ルの錦湯まで足を運び、第24回湯快寄席を愉しむ。
 旧知の松田裕一郎さんの誘いでチケットをとってもらっていたもので、桂さん都、桂三風、ジャグリングのTASUKU、笑福亭円笑の面々の噺、出し物もそれなりに面白かったのだが、今回の目玉はなんと言っても月亭可朝やん。
 人生全てをさらけ出すというか、全身全霊をかけてというか、自分自身の「例の話題」を笑いにするなど、可朝やんの姿に生で接することができただけでも大満足だった。
(おなじみの「ほんまにほんま」のフレーズがちゃんと出てきたのも嬉しかったけど、まさか『坊主茶屋』をやるとは思ってもみなかった。あとで松田さんとも話をしたが、これにはびっくり)

 寄席が終わったあと、近くの居酒屋に移動し、3時間ほど松田さんと談論風発、いろいろと刺激を受ける。
 てか、ちょっと飲み過ぎたかな?

 帰りがけ、偶然、田辺剛さん、藤本隆志さん、豊島由香さん、小早川保隆さん、森衣里さんの下鴨車窓の面々と遭遇し、あいさつをする。
(酔っていて、破れ傘刀舟悪人狩りの真似をしてしまった。バカが!)

 参議院の二つの補欠選挙(神奈川選挙区と静岡選挙区)で、ともに民主党候補が勝利したという。
 過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉を思い出す。

 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-27 02:40 | CLACLA日記

お芝居を観たあと、河原町まで出た(CLACLA日記)

 明け方、地震の揺れで目が覚める。
 阪神淡路大震災のことを思い出した。

 どんよりとしたお天気だったが、午前のうちに毎週恒例の洗濯を決行する。
 ついでに、掃除機かけとキッチンまわりの拭き掃除もすませておく。

 昼食に、インスタントみそラーメンをつくったが、その際昨日の晩購入した野菜ジュースをけっこう多めに入れてみた。
 で、これが大正解。
トマトベースのジュースということもあって、酸味のきいた美味しいスープになったのだ。
 麻阿吾のトマトラーメンと比べるのは失礼かもしれないけど、でもこの野菜ジュース入りのインスタントみそラーメンは今後も試していきたいな。
 まずは、明日のお昼から?

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第5章の「占領と変容」を読み終えた。

 『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>も読み進める。
 『2対1』を読み終えた。


 12時半過ぎに外出し、市バスで下鴨東本町へ。
 アトリエ劇研でshelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』を観る。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。

 開演前、大熊ねこさん、大木湖南さん、伊藤真希さんと立ち話やあいさつをしたほか、本保弘人さんとは終演後場所を変えて、今日の公演やオーケストラのことに関ししばらく話をする。

 その後河原町まで出、Avisや紀伊國屋書店、ライフカードのぴあステーションなどを回り、帰宅した。


 今日の甘いものは、寺町通の100円ショップ、ルプリュで買った、タンゴ・クッキーチョコ。
 食べ応えのあるチョコレートで、なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-25 23:01 | CLACLA日記

shelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』

 shelfのvolume10『私たち死んだものが目覚めたら』(イプセン原作、矢野靖人構成・演出、アトリエ劇研)を観て、登場人物の一人イレーネ(川渕優子。イプセンということもあって、佐藤オリエを思い出す。あとなぜだか松本留美も)が老いた芸術家ルーベック(阿部一徳)に向けたナイフは、作者のイプセンその人ばかりではなく、僕らにもまた向けられたものだと痛感した。
 少なくとも、なんらかの形で表現活動に携わっている者にとって、イプセンが最後に遺したこの『私たち死んだものが目覚めたら』という作品は、とうてい他人事とは思えない、重くて容易に答えを出すことのできない問いを投げかけてくる。
(だから、矢野さんの「意匠」に納得がいかないのならまだしも、イプセンの原作そのものに一切共感を持てないと断言できる表現者は、よほど自らの才能に自信があるか、あるいはただの…)

 アンケートにも記したのだけれど、下野竜也が指揮した紀尾井シンフォニエッタ東京でセヴェルーの管弦楽作品やシベリウスの交響曲第4番か第5番を聴いたような気持ちになった、というのが公演そのものに対する僕の正直な感想だ。
 それではわかりにくいというのであれば、能力のある若手中堅の指揮者が腕扱きの演奏者を集めたアンサンブルで優れた作品を適切に演奏しきった、と言い換えてもよい。

 地主ウルハイム(山田宏平)にト書きを読ませたり、ベンチ一脚と床に敷かれた布以外はほぼ素舞台といってもよい簡素な舞台美術(だからこそ、第二幕でイレーネが野バラの花びらを小川に流す情景が美しく映える)を用いるなど、古式ゆかしき演出スタイルとは一線を画すものの、基本的には、いわゆる新劇的なイプセンに慣れ親しんだ人たちにとっても全く違和感を覚えることのないだろう演出を矢野さんは行っていた。
 テキストを事前に読み直したこともあってか(公演と同様、毛利三彌の訳した『イプセン戯曲選集』<東海大学出版会>所収のもの。学生時代に原千代海の訳で読んで以来だから、約20年ぶり)、台詞感情の強弱が若干単調というか、「そろそろフォルテッシモが炸裂しそうだな」と予測のしやすい点に時折不満を感じたが、作品の持つ世界観や作品の核となるものはしっかりと示されていたのではないだろうか。

 役者陣(先述以外に、片岡佐知子、櫻井晋、秋葉洋志、大川みな子が出演。余談だけど、片岡さんの声は声優の誰かにそっくりだ。小山茉美? 勝生真沙子?)も、楽日にありがちな意識の抜けが観受けられたり、ライヴ特有の傷があったり、演技のスタイルとして個人的な好みに合わない人がいたりもしたが、総じて高い水準にあったと思う。
(こういう言い方はあまりしたくないけど、残念ながら京都の小劇場界の大半の演者陣とは、やっぱり格が違う)
 また、音響(荒木まや)や照明(則武鶴代)、衣装(竹内陽子)も、作品並びに演出とよく沿っていて好感が持てた。

 いずれにしても、今回shelfの公演に足を運んだのは正解だった。
 十八番の『ちいさなエイヨルフ』(これまたイプセン)をはじめ、shelfの公演に今後も継続的に接していきたい。


*追記
 開演前に流れていた音楽のセンスがよくて、終演後音響の荒木さん(?)に尋ねたところ、スケンプトンのクラリネット作品と、ジャン・ギアン・ケラスの現代音楽の無伴奏作品の録音を使用していたとのこと。
 で、帰宅後調べたが、スケンプトンのほうはバーミンガム現代音楽グループの演奏した作品集の中のクラリネット5重奏曲<NMC>、ケラスのほうはコダーイやクルターク、ヴァレーズなどを集めた現代音楽作品集<HMC>ではないか?
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by figarok492na | 2009-10-25 22:35 | 観劇記録

依頼された仕事に関する打ち合わせをする(CLACLA日記)

>おのれの力の限界をみつめながら、精一杯の仕事をしているときには、誰だって絶望するだろう。
(中略)絶望にたえながら生きていくのが人生である<
『花田清輝評論集』<岩波文庫>所収、「人生論の流行の意味」より。


 どんよりとしたお天気だったこともあり、毎週恒例の洗濯は明日以降に延期することにする。

 臼杵陽の『イスラエル』<岩波新書>を読み進める。
 第3章の「ユダヤ国家の誕生」を読み終えた。

 14時過ぎに外出し、まず下京図書館で『飯沢匡喜劇全集』1<未来社>と黒岩比佐子の『歴史のかげにグルメあり』<文春新書>を返却し、予約しておいた『飯沢匡喜劇全集』2<未来社>を借りる。

 それから京都芸術センターで用件を片づけたのち、依頼されていた仕事に関する打ち合わせを3時間以上行う。

 で、その後1時間ほど打ち合わせ以外の立ち話をし、再び京都芸術センターに寄ってから、夕飯用の買い物をすませて帰宅した。

 遅めの夕飯後、今日の打ち合わせの総括(メモ書き)をすませる。

 『イスラエル』を読み進める。
 第4章の「建国の光と影」を読み終えた。
 イスラエルの誕生のあらましや、アイヒマン裁判の政治的利用など、学ぶところ大である。

 『飯沢匡喜劇全集』2を読み始める。
 越路吹雪出演の新派用に書かれた『2対1』の第一幕を読み終えた。

 今日は、打ち合わせ時にスイートポテトを食す。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!

 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2009-10-24 23:11 | CLACLA日記