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オリ・ムストネンが弾いたベートーヴェンのピアノのための変奏曲・舞曲集

☆ベートーヴェン:ピアノのための変奏曲・舞曲集

 独奏:オリ・ムストネン(ピアノ)
 録音:1995年10月16日、17日 ロンドン・ヘンリー・ウッド・ホール
    デジタル・セッション
<DECCA>452 206-2


 フィンランド出身のピアニスト、オリ・ムストネンの実演にも接したことがある。
 2001年11月16日の大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウスでの来日リサイタルがそうで、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第15番「田園」、11のバガテル、ロンド・ア・カプリッチョ、幻想曲とブラームスのヘンデルの主題による変奏曲とフーガが並んでいたが、いずれも清新な演奏だった。

 今回は、そのムストネンが弾いたベートーヴェンのピアノのための変奏曲・舞曲集を聴く。
 なお、このCDは、同じDECCAレーベルとの変奏曲集に続く2枚目のベートーヴェンで、その後RCAレーベルにディアベッリの主題による33の変奏曲他とピアノ・ソナタ第30番他の2枚のアルバムを残している。
 おなじみ『庭の千草』(の原曲)などを盛り込んだ6つの民謡主題と変奏曲、7つのレントラー、創作主題による6つのやさしい変奏曲、ロンドハ長調、ハイベルのバレエ『邪魔された結婚』の「ヴィガーノ風メヌエット」の主題による12の変奏曲、メヌエット変ホ長調、6つのエコセーズ、6つのバガテル、ピアノ小品ロ短調と、ロンドと6つのバガテルを除くとあまり有名ではない作品が収められているが、ムストネンのピアノ演奏だと、そのいずれもが個性あふれて魅力的な音楽に聴こえてくる。
 ムストネンのベートーヴェン演奏の特徴を挙げるとすれば、フォルテピアノの影響もあるだろうが、一つ一つの音を細かく跳ねるように響かせつつも、それをぶつ切りにすることなく、大きな音の流れとしてつなげていく。
 また、強弱の変化にも非常に敏感だが、それでいて音の透明感は全く失われない。
 さらに、楽曲ごとの丁寧な腑分け、把握が行われていて、音楽の見通しがよい、ということになるだろうか。
 快活で軽やかな6つのバガテルなど、ウゴルスキの演奏ととても対照的だ。

 ベートーヴェンのくどさ、しつこさにはうんざり、という方にこそお薦めしたい一枚。
 暑い時期には、なおのことぴったり!
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by figarok492na | 2015-07-31 16:43 | CDレビュー

アナトール・ウゴルスキが弾いたベートーヴェンのピアノ作品集

☆ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番他

 独奏:アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)
 録音:1992年1月、1991年7月
    ハンブルク・フリードリヒ・エーベルトハレ
    デジタル・セッション
<ドイツ・グラモフォン>435 881-2


 アナトール・ウゴルスキの実演には、かつて一度だけ接したことがある。
 1993年10月8日、ケルン・フィルハーモニーでのルドルフ・バルシャイ指揮ケルンWDR交響楽団の定期公演でブラームスのピアノ協奏曲第1番を弾いたときだ。
 まるで蛸が吸盤で岩盤にへばりつくような、身を屈めて手だけ伸ばすウゴルスキの姿勢にありゃと思っていたら、オーケストラの堂々とした伴奏がひとしきり終わってピアノのソロが始まったとたん、僕は彼の世界に惹き込まれた。
 一音一音が十分十二分に意味を持つというか。
 ブラームスのリリシズムやロマンティシズムがウゴルスキというフィルターを通して、繊細丹念に再現されていくのだ。
 呆然というほかない、演奏が終わったときの不思議な感覚を今も覚えている。
 加えて、アンコールのスカルラッティのソナタも素晴らしかった。
 遅いテンポで細やかに語られる音楽の美しさ。
 同じ契約先のドイツ・グラモフォンからイーヴォ・ポゴレリチのソナタ集がリリースされていたこともあってか、ウゴルスキのスカルラッティが録音されなかったのは、返す返す残念だ。

 で、今回取り上げるのは、そのウゴルスキがピアノ・ソナタ第32番などベートーヴェンのピアノ作品を演奏したアルバムである。
 ウゴルスキのベートーヴェンといえば、作家のディーチェが自分の新作の付録として録音を要求し、そのあまりの出来栄えのよさに正式にリリースされることとなったデビュー盤のディアベッリの主題による33の変奏曲が有名だが、こちらのアルバムも、ウゴルスキというピアニスト、音楽家の特性がよく表われた内容となっている。
 それを一言で言い表すならば、作品を通しての自問自答ということになるかもしれない。
 そしてそれは、華美なテクニックのひけらかしではなく、自分自身の納得のいく音楽、演奏の追求と言い換えることもできるかもしれない。
 例えば、ベートーヴェンにとって最後のピアノ・ソナタとなる第32番のソナタ。
 第1楽章のドラマティックな部分も悪くはないが、ウゴルスキの演奏の肝は一見(聴)淡々と、しかしながらあくまでも真摯に歩んでいく第2楽章の弱音の部分にあると思う。
(だから、第2楽章のちょっとジャジーな音型のあたりははじけない。というか、慎み深く鳴らされる)
 その意味でさらにウゴルスキの特性が示されているのは、作品番号126の6つのバガテルだ。
 ここでは確信を持って非常に遅めのテンポが保たれている。
 4曲目のプレストでも、表層的な激しさよりも感情の変化が尊ばれる。
 そうすることによって、作品の構造そのものもそうだけれど、音楽自体を支えている土台に対してウゴルスキがどう向き合ったかがよく聴こえてくる。
 さらに、そのゆっくりとしたテンポは、おなじみエリーゼのためにでも持続される。
 その静謐さには、哀しみすら感じるほどだ。
 最後は、「失くした小銭への怒り」の愛称で知られるロンド・ア・カプリッチョ。
 この曲は、全てが解き放たれるように、とても速いスピードで弾かれる。
 けれど、もちろんそれは「俺はこんなに速く弾くことができるんだぜ」といった自己顕示の反映などではない。
 作品が求めるものと自分自身が求めるものとが重なり合った結果が、この演奏なのだ。

 正直、ファーストチョイスとしてお薦めはしない。
 だからこそ、強く印象に残る魅力的なアルバムでもある。
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by figarok492na | 2015-07-31 13:02 | CDレビュー

CDレビューをアップした一日(CLACLA日記)

 どんよりとした感じの強いお天気。
 陽光や青空は見えつつも。

 今日も今日とて気温が上昇し、暑さがとてつもなく厳しく、とてつもなく激しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 テレビやラジオ、新聞では都合のよいところばかりが切り取られている感なきにしもあらずだけれど(ただし、テレビは直接観ていない)、国会中継を拾い聴きするかぎり、安保法案に関する安倍首相以下政府側の答弁の無様さには本当に開いた口が塞がらない。
 アメリカ政府の意向はそこまで強いのか。
 いずれにしても、このような信頼のおけない政府による信頼のおけない法案に賛成することはとうていできない。
 安保法案には反対だ。

 TPPに関する交渉が進んでいる。
 そもそも自民党はTPPに反対だったのではないか。
 嘘つきペテン、ここに極まれりである。


 昨夜、KBS京都でAKB48のオールナイトニッポンを聴いたりしながら、4時半近くまで仕事関係の作業を進める。
 オールナイトニッポンは、川栄李奈の卒業特集で、同期(だそう)の小嶋菜月と名取稚奈の三人が出演していた。
 それにしても、名前に「な」の字が多いな。


 午前中、仕事関係の予定をすませる。


 午後、ABCラジオの『桑原征平粋も甘いも木曜日』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』について考えたり、川本三郎の『小説を、映画を、鉄道が走る』<集英社>を読み進めたりする。


 ブルーノ・ヴァイル指揮ターフェルムジークが演奏したハイドンの交響曲第82番「熊」~第84番<SONY>を聴き、CDレビューをアップする。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、フォルテピアノのアンドレアス・シュタイアーが弾いたハイドンのピアノ・ソナタ第35番~第39番、第20番<DHM>を聴きながら、雑件を片付ける。


 夕飯後、シュタイアーが弾いたハイドンのピアノ・ソナタ第34番&第33番他<同>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、シュタイアーが弾いたハイドンのピアノ・ソナタ集のCDレビューをアップしたりする。


 『小説を、映画を、鉄道が走る』を読了する。
 ああ、面白かった!


 続けて、志川節子の『春はそこまで』<文藝春秋>を読み始める。


 今日は、ローソンの手包みチョコバナナクレープを食す。
 壬生のローソンストア100で、50円引きだったもの。
 バナナとホイップクリーム、チョコを包んだクレープで、まあまあ美味しうございました。
 ごちそうさま!


 湧いて出る ツイート乞食 銭の狗


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2015-07-30 23:14 | CLACLA日記

シュタイアーが弾いたハイドンのクラヴィーア・ソナタ集VOL.2&VOL.3

☆ハイドン:クラヴィーア・ソナタ集VOL.2&VOL.3

 独奏:アンドレアス・シュタイアー(フォルテピアノ)
 録音:VOL.2 1991年9月9日~12日
    VOL.3 1992年6月8日~11日
    リントラー・クルトゥールゼントルム
<DHM>05472 77186 2(VOL.2) 05472 77285 2(VOL.3)


 アンドレアス・シュタイアーがドイツ・ハルモニアムンディ・レーベルに録音した3枚のハイドンのクラヴィーア・ソナタ集のうち、第35番~第39番と第20番の第2集、アリエッタと12の変奏曲第1番、第34番、アンダンテと変奏曲、第33番、皇帝讃歌『神よ、皇帝を護り給え』による変奏曲の第3集を聴く。
 ハイドンのソナタといえば、ソナチネ・アルバム=初心者のための教材というイメージがどうにも付きまとうが、このシュタイアーのフォルテピアノ演奏で聴くと、そんな思い込みも一発で吹き飛んでしまう。
 例えば、第2集の冒頭に収められた第35番の第1楽章を聴いて欲しい。
 それこそソナチネ・アルバムでおなじみの作品だけれど、飛び跳ねるような音楽のなんと美しく軽やかなこと!
 聴いていて、本当にうきうきしてくる。
 同じ第2集の第38番の第1楽章もそう。
 作品の持つ明るさ、愉しさ、活き活きとした感じが存分に再現されている。
 と言って、シュタイアーは浮かれ調子の馬鹿っ調子で好き勝手手前勝手に弾き倒しているわけではない。
 テンポ設定や強弱の変化等々、作品の構造の把握の的確さに秀でている点は、やはり高く評価せねばならないだろう。
 また、ソナタの緩徐楽章や第3集の変奏曲などにおける叙情性、歌唱性への充分な配慮も忘れてはなるまい。
 弦楽4重奏曲第77番「皇帝」の第2楽章ともつながる皇帝讃歌による変奏曲の静謐さ、真摯さも強く印象に残った。
 ソナチネ・アルバムにうっとうしい想いをさせられた方にこそ強くお薦めしたい、とびきりのアルバムである。
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by figarok492na | 2015-07-30 22:56 | CDレビュー

ブルーノ・ヴァイルが指揮したハイドンの交響曲第82番~第84番

☆ハイドン:交響曲第82番「熊」~第84番

 指揮:ブルーノ・ヴァイル
管弦楽:ターフェルムジーク
 録音:1994年2月15日~19日、トロント・グレン・グールド・スタジオ
     デジタル・セッション
<SONY>SK66295


 今日ほど、真の中庸の道を歩むことのむずかしく、それにもかかわらずまたそれの必要なときもないことがわかる。
 中庸の道とはもちろん現状維持のことではなく、革命にさえそれはあるのだ。
 それは折衷でも妥協でもなく、いちばん思慮と勇気の要る道なのだ。

 とは、今は亡き林達夫の言葉だが、カナダのピリオド楽器オーケストラ、ターフェルムジークをブルーノ・ヴァイルが指揮して録音したハイドンの交響曲ほど、この言葉にぴったりの演奏もないと思う。

 このアルバムには、パリのアマチュア・オーケストラ、コンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピックの委嘱で作曲された、いわゆる「パリ・セット」のうち、前半の3曲が収められているが、ヴァイルとターフェルムジークは、祝祭的な第82番、劇性に富んだ第83番、優美な第84番といった各々の作品の性格はもちろんのこと、大編成の管弦楽のために大いに腕をふるったハイドンの音楽的な仕掛けを的確に再現している。
 例えばそれは、「熊」というニックネームのもととなったとされる第82番終楽章のドゥイーンドゥイーンという音型や、「めんどり」というニックネームのもととなったとされる第83番第1楽章の第2主題、第84番終楽章の急緩強弱の変化など、挙げ始めるときりがない。
 そして忘れてならないのは、こうした諸々が、実にさりげなく、一つの作品、一つの音楽の流れを壊すことなく表現されていることだ。
 ニコラウス・アーノンクールや、彼の薫陶を受けたトマス・ファイが指揮したハイドンの交響曲には、そのアクロバティックなまでのめまぐるしい表情の変化を愉しむ反面、ときとしてわずらわしさを感じることがある。
 その点、ヴァイルの快活なテンポを保った楽曲解釈は、何度聴いても聴き飽きることがない。
 ターフェルムジークの明晰でまとまりのよいアンサンブルも、そうしたヴァイルの音楽づくりによく合っていると思う。
 録音も実にクリアで、聴き心地がよい。
 古典派好きには大いにお薦めしたい一枚だ。

 返す返す残念なのは、ヴァイルとターフェルムジークによるハイドンの交響曲の録音が、中途で頓挫してしまったことである。
 30番台~第92番まで(つまるところ、ザロモン・セット以前)の交響曲、それが贅沢なら、少なくとも70番台、80番台と第91番、第92番「オックスフォード」はなんとか録音しておいて欲しかった。
(なお、ヴァイルは、ライヴ録音によるカペラ・コロニエンスシスとのザロモン・セットをリリースしているが、オーケストラの特性もあってか、ターフェルムジークとの録音ほどには魅力を感じない)
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by figarok492na | 2015-07-30 17:19 | CDレビュー

ああ、鳥栖のシュウマイが食べたい!(CLACLA日記)

 一応青空が見えていると思ったら、突然の雨。
 雷鳴も轟く。

 今日も気温が上昇し、暑さがとてつもなく厳しくとてつもなく激しい。
 蒸し暑い蒸し暑い蒸し暑い!
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 参議院の安保法案に関する特別委員会の国会中継を連日拾い聴きしているが、安倍首相以下政府側答弁のいいかげんさ、上っ面さは本当に度し難い。
 そして、前言が安易に覆され、あれやこれやがどんどん付け加えられていく怖ろしさ。
 これでは、やはり安保法案に反対せざるをえない。

 新国立競技場の問題に関して、文部科学省の局長が更迭された。
 まさしくトカゲの尻尾切りの一語である。
 下村大臣の更迭が先決だろう。
 こういう連中が道徳だのなんだのと偉そうに口にすることの恥ずかしさ。
 オリンピックとパラリンピックは、返上してしまったほうがよい。


 昨夜、NHKのラジオ深夜便や、フォルテピアノのメルヴィン・タンが弾いたシューベルトの即興曲集<EMI>を聴いたりしながら、4時少し前まで仕事関係の作業を進める。
 ラジオ深夜便の午前1時台は、「深夜便 落語100選」。
 五明樓玉の輔が演じた『星野屋』(もしかしたら小朝さんの弟子かなと思って調べてみると、やっぱりそうだった)と、立川談四楼が演じた『三年目』が放送されていた。


 朝早く起きて、仕事関係の予定をすませる。

 その後、ヒュー・ウォルフ指揮セント・ポール室内管弦楽団が演奏したレスピーギのボッティチェリの3枚の絵、鳥、リュートのための古風な舞曲とアリア第1&第3組曲<TELDEC>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 昼食時、昨夜のシュウマイの残りがあることを忘れてごはんを食べ終えてしまったため、レンジで温めずそのまま食す。
 これもまた悪くない。
 ただし、同じ冷たいシュウマイならば、鳥栖駅・中央軒のシュウマイがとびきりに美味しいと思う。
 仕事の関係で父が鳥栖乗り換えで長崎に帰って来るときに、お土産としていつも買ってきてくれたものだ。
 あっさりとした味付けで硬めの食感、あれは何個でもぺろりと食べちゃえる。
 ああ、中央軒のシュウマイが食べたい!
(鳥栖駅のシュウマイに頭がいったのは、後述『小説を、映画を、鉄道が走る』を今読んでいるからかもしれない)


 午後、ABCラジオの『桑原征平の粋も甘いも水曜日』を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、川本三郎の『小説を、映画を、鉄道が走る』<集英社>を読み進めたりする。


 ヴェルナー・エールハルト率いるコンチェルト・ケルンが演奏したヴィルムスの交響曲第6番&第7番<ARCHIV>を聴き、CDレビューをアップする。
 先月の誕生日に購入して15回ほど聴いたまま、レビューをアップするのを忘れてしまっていた。


 夕方になって外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、グレン・グールドが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」~第10番<SONY/BMG>を聴いたりしながら、雑件を片付ける。


 夕飯後、ミハイル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団が演奏したロシア・序曲集、オリヴァー・ナッセン指揮クリーヴランド管弦楽団他が演奏したストラヴィンスキーのバレエ音楽『妖精の口づけ』全曲他<ともにドイツ・グラモフォン>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、『小説を、映画を、鉄道が走る』を読み進めたりする。
 ああ、旅がしたい!


 今日は、甘いものは食さず。
 我慢我慢。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2015-07-29 23:39 | CLACLA日記

ヴィルムスの交響曲第6番&第7番

☆ヴィルムス:交響曲第6番&第7番

 管弦楽:コンチェルト・ケルン
(2003年2月14日~17日/デジタル・セッション録音)
<ARCHIV>474 508-2


 オランダの作曲家、ヨハン・ヴィルヘルム・ヴィルムスは、1772年に生まれ1847年に亡くなっているから、ちょうどベートーヴェンと同時期に活躍したということになる。
 実際、このアルバムに収められたいずれも短調の第6番ニ短調と第7番ハ短調の二つの交響曲を聴けば、古典派から初期ロマン派の端境というか、ヴィルムスが置かれた音楽史的な位置がよくわかるのではないか。
 ともに4楽章で、劇性と緊張感に富んだ第1楽章、メロディカルで叙情的な緩徐楽章、といった作品の構成もすぐにベートーヴェンを想起させる。
 管楽器のソロなど作曲的工夫が随所に聴き受けられる上に、表面的には粗い感触ながらも、その実技術的には的確で精度の高いアンサンブルを造り上げているヴェルナー・エールハルト率いるコンチェルト・ケルンの演奏も加わって、なかなかの聴きものになっている。
 ただ、ところどころもって回った感じというのか、ベートーヴェンのようにある種の破綻や逸脱も含めて全てがきっちり決まりきらないもどかしさ、もっささを覚えたことも事実だ。
 そのもどかしさ、もっささをどうとらえるかで、若干好みがわかれてくると思う。
 ケルンのドイツ放送ゼンデザールでの録音は、非常にクリア。
 コンチェルト・ケルンの演奏のスタイルにもよく沿っている。
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by figarok492na | 2015-07-29 16:49 | CDレビュー

嘘つきは政治家のはじまり(CLACLA日記)

 どんよりとしたお天気。
 夕方前、強い雨も降る。

 気温は今日も上昇し、暑さがとてつもなく激しく、とてつもなく厳しい。
 蒸し暑い蒸し暑い蒸し暑い!
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 参議院の特別委員会で安保法制の審議が始まったが、安倍首相ら政府側の答弁には全く納得がいかない。
 詭弁にもならぬ駄弁を繰り返すばかりだ。
 それに、中国や北朝鮮の脅威を強調し始めたけれど、それじゃあなんでミサイル攻撃の対象となるはずの原子力発電所の再稼働を政府は推し進めようとしているのか。
 どうにもこうにも怪しい。

 そうそう、目くらましの八百長猿芝居には注意しておかないと。
 誹謗中傷や妖計、フレームアップ等々、何が起こるかわからないし。


 明け方5時40分頃に就寝するも、9時過ぎには目が醒める。

 で、アントネッロ・マナコルダ指揮カンマーアカデミー・ポツダムが演奏したシューベルトの交響曲第5番&第6番<SONY/BMG>、フォルテピアノのメルヴィン・タンが弾いた同じくシューベルトの即興曲集<EMI>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 正午過ぎに外出し、仕事関係の用件を片付ける。


 帰宅後、ABCラジオの『とことん全力投球!!妹尾和夫です』(途中まで)や、ヒュー・ウォルフ指揮セント・ポール室内管弦楽団が演奏したレスピーギのボッティチェリの3枚の絵、鳥、リュートのための古風な舞曲とアリア第1&第3組曲<TELDEC>、ラルキブデッリが演奏したモーツァルトのディヴェルティメントK.563他<SONY>、ニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したサリエリの『まずは音楽、お次に言葉』&モーツァルトの『劇場支配人』<TELDEC>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進めたり、『水の上で歌う』を書き進めたり、真嶋雄大の『グレン・グールドと32人のピアニスト』<PHP>を読み進めたりする。
 『水の上で歌う』は、原稿用紙に換算して60枚分を超えた。


 途中あまりの眠さに、1時間半ほどうとうとする。


 18時過ぎに再び外出し、夕飯用の買い物をすませる。


 帰宅後、先代の古今亭志ん朝が演じた『寝床』と『刀屋』<ソニー>を聴きながら、雑件を片付ける。


 夕飯後、フォルテピアノのアレクセイ・リュビモフが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第21番「ワルトシュタイン」<ERATO>、マナコルダのシューベルトを聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 『グレン・グールドと32人のピアニスト』を読了し、川本三郎の『小説を、映画を、鉄道が走る』<集英社>を読み始める。


 今日も、バウムクーヘンを食す。
 昨日のいただきものの残りなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 それにしても、あれだけ嘘やペテンを重ねて恥ずかしくはないのだろうか。
 それこそ嘘つきは泥棒のはじまりではなく、嘘つきは政治家のはじまりだ。


 明日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2015-07-28 23:18 | CLACLA日記

大切な予定をすませる 『フェイク・ショウ』の撮影に参加した(夜明けのCLACLA)

 晴天から曇天へ。

 気温は今日も上昇し、暑さがとてつもなく厳しく激しい。
 皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


 参議院の本会議が開催される。
 これから安保法案の審議が再び行われる。

 デマや誹謗中傷が繰り広げられる今日この頃。
 それだけ追い詰められているということだ。


 昨夜、4時近くまで仕事関係の作業を進める。


 朝早く起きて、仕事関係の予定をすませる。


 その後、ニコラウス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団他が演奏したサリエリの『まずは音楽、お次に言葉』&モーツァルトの『劇場支配人』<TELDEC>を聴いたりしながら、仕事関係の作業を進める。


 午後、大切な予定をすませる。


 その後、ラルキブデッリが演奏したモーツァルトのディヴェルティメントK.563他<SONY>、フォルテピアノのアレクセイ・リュビモフが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番「悲愴」&第14番「月光」&第21番「ワルトシュタイン」<ERATO>を聴いたりしながら、『水の上で歌う』を書き進めたり、真嶋雄大の『グレン・グールドと32人のピアニスト』<PHP>を読み進めたりする。


 19時少し前に外出し、仕事関係の用件を片付けてから錦湯さんへ。
 月亭太遊さんのネオラクゴ企画、ネオラクゴ・フロンティアsection41を愉しむ。
 詳しくは、前回の記事をご参照のほど。
 ああ、面白かった!

 で、21時半頃から、予定通りyoutubeドラマ『フェイク・ショウ』の撮影がスタートする。
 作道雄君の丁寧な指示のもと、出演の月亭太遊さんや桂あおばさんの落語シーンなどを中心に撮影が進んだ。
 詳しくは、観てのお愉しみ。

 撮影終了後、軽い打ち上げにも参加し、相当遅めの夕飯をすませ、3時過ぎに帰宅する。


 今日は、バウムクーヘンを食す。
 いただきものなり。
 なかなか美味しうございました。
 ごちそうさま!


 以上、7月27日の日記。


 今日がいい日でありますように!
 それじゃあ、おやすみなさい。
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by figarok492na | 2015-07-28 05:04 | CLACLA日記

ネオラクゴ・フロンティアsection41(月亭太遊さんのネオラクゴ企画)

☆ネオラクゴ・フロンティアsection41

 ゲスト:桂あおばさん、石村一也さん(回転ハッスル)
(2015年7月27日20時開演/錦湯)


 おなじみ桂あおばさんに加え、回転ハッスルの石村一也さんを初ゲストに迎えた今夜のネオラクゴ・フロンティア(月亭太遊さんのネオラクゴ企画)は、終了後のyoutubeドラマ『フェイク・ショウ』の撮影にエキストラとして参加する方たちがお客さんの約8割を占めるというちょっと特異な雰囲気でスタートした。

 で、まずはそんなご新規さん多数の雰囲気に応じて、太遊さん、あおばさん、石村さんがフロンティアについてやら、『フェイク・ショウ』についてやらのトークで40分以上盛り上げた。

 が、もちろんこれだけで終わってはネオラクゴ・フロンティアではない。
 あおばさんが2丁拳銃の小堀裕之さん作による新作『ハンカチ』を披露する。
 『ハンカチ』といえば、すでにsection27(今年の4月13日)にあおばさんがかけたネタだが、話自体がよくできている上に、あおばさんの研鑚も目ざましく、お客さんの笑いがツボごとにきちんと起こっていた。

 そして、太遊さんの新作は『プロポリスマン』。
 なんや駄洒落やないかと思うなかれ。
 実は相当含みのあるタイトルであり、内容の作品だ。
 かつて『北の国』からで菅原文太が演じる男は「誠意って何かね」と問うたが、その伝でいくと「正義って何かね」と問うのが、この『プロポリスマン』ではなかろうか。
 そして、とってもおかしくて、とってもずるい仕掛けつき。
 大きな笑いを生み出していた。

 最後は、「神話としてのビックリマン」のタイトルで、石村さんがビックリマンチョコ・シールの世界について熱く語った。
 当年46歳になる当方にとってビックリマンチョコといえば、折り畳んだ千円札(それも伊藤博文の)とかコンセントとかスイッチといった「どっきりシール」をまず思い起こしてしまうのだけれど、今夜のビックリマンはその後爆発的ヒットとなった「キャラクター」シリーズに関して。
 圧倒的とすら呼べるシールのコレクションに、石村さんの達者なべしゃりが加わって、これまた実に愉しかった。
 それにしても、ビックリマンってそんな広大な世界観が造り出されていたんだ。
 それこそビックリ!
 時間の関係で少し駆け足気味に終わったため、ぜひまた石村さんにはビックリマンの奥の深さを存分に語っていただきたい。

 と、変則的なネオラクゴ・フロンティアもまたよきかな。
 ああ、面白かった!
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by figarok492na | 2015-07-28 04:42 | 観劇記録