作品の執筆そのものを除いて、小説などの公募で一番苦手なのが、800字以内で梗概を記せというよくある決まりである。
いや、何ゆえ梗概、いわゆる粗筋が必要とされるかぐらいはこちらにも充分過ぎるほどにわかるし、800字以内にまとめろと言われればそれなりにまとめられないわけでもない。 ただ一方で、800字以内でまとまるようなことならば、はなから原稿用紙300枚分かけて書きはしないよ、という気にもなってしまうのである、実際のところ。 そしてそれは、自分自身が書き上げたもの、表現したものに対してだけでなく、他者が書き上げたもの、表現したものに対しても感じることだ。 さしずめ、昨夜観た、下鴨車窓の♯7『王様』(田辺剛さん脚本・演出)などは、その最たる例ではないかと僕は思う。 もちろん、この『王様』についても、その梗概、粗筋を記そうと思えば記せないことはない。 それどころか、たとえ実験的な要素を多分に含んでいるとはいえ、田辺さん自身が明言しているように作品の物語性が堅持されていることは確かなのだから、表面的な筋を追うことそれ自体は、非常に容易だろう。 けれど、そうやって表面的な作品の筋を追うことで、逆に見落とされるもの、見失われるものはあまりにも大きいとも僕は思うのだ。 そう、これまでの下鴨車窓の一連の作品がそうであったように、もしくは、それ以上に、今回の『王様』は、観る側にとって目をこらし耳をすませることが必要な、仕掛けに仕掛けられ、巧みにたくまれた作品だったように僕には感じられた。 なお、そうした仕掛けの一つとして、田辺さんの創作活動においては初めての経験となる「引用」がまず挙げられるだろうが、個人的にはそれが、単にテキスト内での引用に留まらず、作品の結構、構成、演出全てにわたって意識的に為されているように思われたことを指摘しておきたい。 (例えば、『ハムレット』を引用するということそれ自体が「引用」であるといった) いずれにしても、『王様』は、下鴨車窓の一連の作品の主題の再現や田辺さんの私戯曲的側面、演劇的批評性や現在の諸状況に対する危機意識、さらには演劇的宣言が明確に示された意欲的な作品となったのではないか。 少なくとも、今回の『王様』は、田辺剛という劇作家、演出家と下鴨車窓の大きなメルクマールとなるはずだ。 僕が観たのは、ダブルキャストのうち筒井加寿子さんがメインとなる回(もう一方は、高澤理恵さんで、こちらも気になる。ちなみに、メインは主人公の意味ではない)だったが、河合良平さん、岡嶋秀昭さん、鈴木正悟さん、藤原大介さんら演者陣は、静と動、硬と軟の振幅の激しい擬(偽)古典的なスタイルをはじめとする田辺さんの意図によく沿った、「虚と実の皮膜」すれすれの大胆な演技を繰り広げていたと思う。 また、川上明子さんの舞台美術、魚森理恵さんの照明、小早川保隆さんの音響、權田真弓さんの衣裳も、作品の世界観によく合っていたのではないだろうか。 特に、演劇活動に携わっている人たちには強くお薦めしたい作品であり、公演である。
by figarok492na
| 2010-12-19 14:58
| 観劇記録
|
ブログパーツ
カテゴリ
全体 CLACLA日記 クラシック音楽 創作に関して コンサート記録 観劇記録 映画記録 今月のエンタメ CDレビュー バスに乗り遅れろ 狂甘糖糖員の記録 一日一枚 欧州音楽日記 真実はかく佯る 妄想映画館 雑感 その他 カルタ遊び 落語・ネオ落語記録 未分類 以前の記事
2016年 12月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 フォロー中のブログ
【こぐれ日乗】by 小暮... 小路をぬけて旅気分 たんぶーらんの戯言 みなと横浜、音楽三昧 ベ... コンサート日記 アルケミスタの日常 By The Thames 庭は夏の日ざかり まちかど芸術 雑記 Y'sRoom 黒猫チッチのひとりごと 石丸謙二郎 眺める/3 laienhaftes ... Rakastava (移... 日本妖し巡遊紀行 高島拓哉 TAKUYA ... 笛吹き千佳の日記@台北 MusicArena ヴァイオリニスト大島莉紗... まめびとの音楽手帳 新・はんきちのつぶやき 石井麻理のエッセイ ~... 木曜通信 大内山薫のバロックヴァイ... メモ帳
最新のトラックバック
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||