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『BUNGO ~ささやかな欲望~』(告白する紳士たち編)

☆『BUNGO ~ささやかな欲望~』(告白する紳士たち編)

(2012年10月1日、梅田ガーデンシネマ1)


 もう20年も近く前になるか。
 『文學ト云フ事』という深夜番組がフジテレビ(関西テレビ)で放映されていた。
 日本の文豪たちがものした名作佳作の中から毎回一作品をとり上げて、映画の予告編風な映像を交えながら解説していくという内容で、若き日の大高洋夫の活躍(『みずうみ』の回)や、フレンチポップ『T’en va pas』をカバーした原田知世の鼻にかかったエンディングの歌声が、どうにも懐かしい。
 「文豪が残した傑作短編を、将来を担うキャストと、気鋭の映像作家たちが描く、6つの恋物語」という惹句のついた『BUNGO ~ささやかな欲望~』のうち、「告白する紳士たち」編を観始めてすぐに思い出したのも、その『文學ト云フ事』だった。
 もちろん、あちらはあくまでも予告編風の映像であって、こちらはまごうことなき本編なのだけれど、だからこそあの頃感じた、ああ本編が観たいのに、という物足りなさがようやく埋められた気がしないでもない。

 で、「告白する紳士たち」編などと名乗っているからといって、「俺はお前が好きなんだ! アイウォンチュー! アイニーデュー!」、なんてべたな展開を想像したら大間違い。
 まあ、岡本かの子の『鮨』に坂口安吾の『握った手』、林芙美子の『幸福の彼方』ってラインナップを目にしただけで、単純なラブストーリーでないことは、すぐにわかってしまうだろうが…。

 まずは、『鮨』(関根光才監督、大森寿美男脚本)。
 橋本愛演じる鮨屋の娘と、リリー・フランキー演じるちょっと謎めいた中年紳士(皆から、「先生」と呼ばれている)の一瞬の感情の交差、というか齟齬が切ない。
 回想シーンが効果的で、特に少年役の男の子が魅力的なのだけれど、若干文学を(戦前を)コスプレしているように感じたことも事実だ。
(一つには、市川実日子のキャラクターもあるのでは。リリー・フランキーのキャストも含め、原作を超えて岡本かの子と岡本太郎の関係が意識されているのかもしれないが)
 高橋長英、佐藤佐吉、マギーなども出演。

 続く、『握った手』は、山下敦弘の監督に向井康介の脚本。
 短編集という映画のつくりや向井さんの脚本という枠をまもりつつ、山下監督らしい仕掛けもけっこう施されていたのではないか。
 その分、原作の持つ歯噛みしたファルス的な要素が、少しウェットなものに変化していたような気もするが。
 山田孝之、成海璃子に加え、黒木華が重要な役回りを演じていた。

 最後は、谷口正晃監督、鎌田敏夫脚本による『幸福の彼方』。
 正攻法というか、非常にオーソドックスな、そして細やかで丁寧な演出であるからこそ、造り手の側の伝えたいことがよく伝わる作品になっていたように感じた。
(映画オリジナルのエピソードがもっとも書き加えられているのは、この『幸福の彼方』のような気がするが、造り手の意図を考えればそれも充分に納得がいく。そしてその点からも、同じ林芙美子原作による成瀬巳喜男監督の諸作品を思い起こす*)
 波瑠(とてもとても魅力的)、三浦貴大という若い二人や、でんでんばかりでなく、その他の出演者たちも強く印象に残る。

 今回は諸々の事情があって残りの三作品(「見つめられる淑女」編)を観ることができなくて、とても残念だった。
 いずれにしても、数々の制約の中で文藝作品や近過去(戦前や戦後すぐ)を扱った作品を製作することについて考える上でも、非常に興味深い作品だと思う。

 そういえば、夏休み中の公開だったら、「読書感想文」とちょうど重なって、高校生なんかにぴったりだろうにと思ったんだった。
 なんだかもったいないな。


 *追記
 『鮨』、『握った手』、『幸福の彼方』、いずれも「青空文庫」に入っているので、ご興味ご関心がおありの方は、そちらのほうをご一読いただきたい。
by figarok492na | 2012-10-01 21:43 | 映画記録
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