「はい、向日町公平探偵事務所」
と、俺が応えたところで、電話はぶつりと切れた。
「ねえ、これで三回目でしょう」
薫が俺にそう言った。
薫はソファーに寝そべったままだ。
ソファーから飛び出た左足に、ずっとマルコンがじゃれついているというのに。
「いや、これで四回目だよ」
「えっ、だって」
「君はさっき眠ってたじゃないか。大きないびきをかいて」
「大きな、は余計よ」
薫はマルコンを撫でるように蹴ると、胸ポケットから煙草の袋を取り出した。
「ライターある」
「ごめん、今禁煙中なんだ」
「嘘」
「ほんとに」
「ふうん」
薫は煙草の袋をポケットに戻すと、仰向けになった。
「で、誰だと思う」
「電話の主が」
「だいたいの目星はついてるんでしょう」
「そうだね、全く見当がつかないってことはないよ」
「さすがは向日町公平ね」
「だけど、今一つ確信が持てなくてね」
「どうして」
「どうしてって、あいつはとっくの昔に死んでるからさ」
薫は乾いた笑い声を上げて、
「どうやって死人が電話をかけてくるのよ」
とからかうような口調で言った。
「そうさ、それが問題なんだ」
俺は、デスクの上の古い黒革の手帳をゆっくりと開いた。
「でも、鍵がここにある。謎を解く大きな鍵が」